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<   2019年 08月 ( 17 )   > この月の画像一覧

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隣り町の大きな陶芸教室のご依頼で
久しぶりに糸抜き技法のワークショップをしました

日本陶芸展で受賞した折に
笠間にある茨城県陶芸美術館主宰のワークショップ以来
8年ぶりくらいのことです

前日 作業の冒頭を自分で手がけ
マスキングと最初の波を作って持参しました
そこから先を貼りながら解説する予定でしたが
10数人という人数は
全員がご自分で貼って頂くことも出来そうだと
私が暫く貼った後 それぞれ試してもらいました


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その表情と手つきを拝見してると
遥か遠い日々を思い出して懐かしい気分になりました
真剣を促す緊張 ぎごちない手 力の入った指
どんな技術も最初はここからなのです


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次に自分の番のお隣りさんも
私の見本を見比べながら
「ヒヤァ~難しそう!」
慣れてしまった私が忘れていたこの一言が
15年ほどの時間を思い出させてくれました


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初めての経験とおっしゃりながら
この手つきはただ者ではありません
糸の軌跡は僅かに乱れていますが
慣れたらきっと上手になる手さばきです


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通ってらっしゃるみなさんは
既に10選手ばかりとか
色々な技法を学んでおいでのようですが

実技の前に暫らく時間を頂いて
私の持論「趣味なら本気で!」をお話し
「命懸けの陶芸で命を失った方はいませんよ!」
似たような年配のみなさんを煙に巻いて
4時間ほどのワークショップは終ったのでした

これもまた久しぶりに
「口で陶芸をした」ことになりそうです


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糸抜き波状紋大皿 旧作

写真映りの悪い一枚ですが
作った波は気に入っています



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by touseigama696 | 2019-08-31 09:14 | ○陶芸雑感 | Comments(0)

手間を楽しむ

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作ってる紋様は大して難しいものではありませんが
糸の上でハサミを使って糸をはみ出さずに切る作業は
目がボンヤリ終いには痛くなるような苦痛が伴います

どうしたらいいかを色々工夫しますが
昨日ひとつ発見しました
「特殊カッターを一寸違った角度で当てて返す」
これだけでは何のことやらでしょう
いずれ写真にして書いてみますね


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ところでこの作業 どうやっても面倒を避けることはできません
しかし よく判ってやってることなので決して嫌いではありません
ただ急ぎの約束をしたりすれば
エライこっちゃで慌てふためくことになります

独創とか個性とかに視点を置くと
簡単にできるものの中には偶然を頼るのでない限り
殆どそれらは見つからなさそうです
そしてどうせなら
その面倒を楽しんでしまう呑気こそが
個性発見への旅の道連れ
長続きの秘訣かもしれません

何事によらず
「もっと簡単にできる方法ないかな?」つまり
便利を金科玉条のように唱えて暮らす日々は
独創と個性を掲げるライフスタイルとは
程遠い境地に留まるに過ぎません

時々比類のないこだわりの精神で
独特なライフスタイルを築いている
個性的な人生を見せてくださる方がいますが
そうした人々に共通するのは
簡単を求めないイマジネーションの高さ深さです

「これって今まで見たことない」
そんな作品にであったら
こう考えてみてはいかがでしょうか

「これって今まで誰も気づかなかったか
気づいたとしても誰にもできなかったからだろうか?」
独創と個性の住処はきっとこの辺りに違いありません


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この糸抜きにしても
同じ結果を生むにはもっと簡単な方法もあるにはあります
でも面倒を理由に簡単の誘惑に乗ることはしないつもりです

むしろ
もっと手はかかるが見て楽しめるなら挑んでみよう!
日に数個の進捗にめげずに立ち向かうのは
そんなつもりだからなのです

こんな糸貼りをしていて
ひとつ面白い逆説をご紹介しましょう

「今私が感じる一番難しい糸貼り技術は
フリーハンドで引く直線です」

その根拠は
「この自然界に・・自然には直線は存在しない」
自然にさえ作れない直線が
簡単に私に引ける筈はなさそうだ

そう思いながら
糸に立ち向かう毎日なのです


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自作の湯呑みです
秋が近づいて こんな雰囲気は如何でしょうか
これも糸を使っていますが直線ではありません(笑)



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by touseigama696 | 2019-08-29 09:09 | ●工房便り | Comments(2)

いろどりの秋

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夏の暑い間作り続けた茄子紺の木賊紋
秋めいてきた季節を感じて
少し彩色の器も作り始めました

紋様の一部に色を差していませんが
それもひとつの趣向
余白があってもいいかな・・?です

盛りつけで色を乗せてくださいな!・・とでも


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糸を貼るのは手間取りますが
こうして模様が出来てくるのを眺めるのも楽しいことで
勝手に動く手指に任せていると
それらしい雰囲気がでてくるものです



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裏面も貼ります
裏と表をつなぐのが案外厄介で
皿を裏返しながら片手で糸を走らせるのですが
行き先が揃わないと体を為さないところもあって
何度もやり直す羽目にもなります
でもまぁ苦労するから楽しみなのかもしれません


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焼けばこんな雰囲気です




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by touseigama696 | 2019-08-28 08:50 | ●工房便り | Comments(0)

神話の功罪

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前回の東京オリンピックが開催された1964年のこと
社会部の新聞記者だった叔父が
「おい 婆さんを新幹線の試運転に乗せてやってくれんか!」
そう言って招待券を2枚渡されたことがある
婆さんとは叔父にとっては母親
わたしの祖母のことである
大学時代のことだった

完成を間際にした新幹線は
東京~大阪の間で試運転を繰り返し
大半の客車には試験器材がぎっしり積み込まれ
技術者たちが真剣に操作していたが
連結してる客車の一部は
関係者の試乗を許すイベントになっていたようだ

それまでの東海道線とは別世界の高速走行だったから
祖母の手を取って大坂まで3時間ほど
街に出て昼食をとり帰路もまた3時間
東京大坂が日帰りできることを実感したのは驚きだった
やがて東京オリンピックの開会に合わせて
華々しくデビューした新幹線 あれから55年が過ぎた

その全期間「死亡事故ゼロ」
記録は今もなお続き
世界の鉄道史に燦然と神話を築いている

勿論日本の技術立国を証明するハイテクでもあるから
こうした神話が生まれ長らえるのは大事なことである
しかし
最近の出来事を眺めていると些か不安がもたげる
技術とその保全に視点が置かれるというより
神話を守ろうとする情緒に傾き
あってはならないミスへの緊張感が希薄になってはいないだろうか

そもそも日本のハイテク神話は
技術の高さだけでなくそれを一身を賭けて守ろうとする
職人魂こそが原点だったような気がする

そこまで気にするか?
関わる職員の全てが手を下す作業の
その極細部にまで神経をとがらせる使命感こそ
安全神話を支える職人魂だったように思う
多分そうした魂の叫びで言えば
「ミスだって大きな罪悪」きっとそう言うに違いない

つい先週のことだが
新幹線のドアーが走行中に開いてしまった
極めて単純なミスだったらしい
幸いなことに安全神話に傷はつかなかったが
その後この事故はどう生かされようとしているんだろうか
殆ど偶然に近い幸運で人身事故には至らなかったが
幸運が守った安全神話は
あっという間に
不運がもたらす神話崩壊を招く
運不運に頼らぬ使命感こそが
この先の運命を担うと思うべきである

今となれば遠いが ⛏(つるはし)一本を手にして
深夜の線路を叩きながら歩き続けた職人さんたちを思い出す
どんな精密なPCよりも「オレの耳の方が上さ!」
「いま傷ついてる線路をみつけることじゃない
ソロソロ傷つきそうな線路を探すのがオレの仕事」
そんな矜持が聞こえてた

機械の良さを否定したりはしないが
人間の底力を忘れてほしくはない
AIは機械にも矜持はあるといいそうなところまで来てる
しかしだからこそ
ここ一点では決して譲らぬ人間の意地
それを「魂」と思いたいのだ

この先百年経っても
走行中のドアーは決して開いてはならない
そう誓ってほしいものである


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粉ひき花入れ 旧作



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by touseigama696 | 2019-08-26 08:44 | ●エッセイ | Comments(2)

職人っぽさ

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見込みのど真ん中に穴を開けた小鉢風
食器でも使う形ですが
ここでは小さな盆栽鉢の予定で作っています

昨日はひとつひとつ必要に応じて
隅々に手を加え仕上げました
数日中に素焼きします

ほぼ80個近くあって
素焼きは7~8時間で済みますが
その後の糸貼りが大変です
7~8時間では10個足らずしか進まないからです


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こうした仕事の場合は
ともかくコツコツと繰り返してゆく以外
近道はありません

毎朝同じ時刻に工房に入って
日がなじっくりと静かに
日が暮れてゆく中で幾つかが積みあがってゆきます

同じことを飽きずに繰り返す
それが職人芸の全てとは言いませんが
職人らしさの一端には違いない筈です


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昨日は
カップに合わせて新しいデザインの
ソーサーを作り始めました
余白はこれから埋める予定です


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この皿は
上の壺と同じような上がりになります

糸を貼るのも面倒ですが
4色ほどの色を筆で差すのも細かい作業になります


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これは定番のカップ&ソーサーです
慣れていればやはり時間は短くて済みます

必要な時間が様々に違って作業が複合する陶芸
乾燥させる 素焼きする 加飾する 釉掛けする
そうした別々の一連を組み合わせて
一日を比較的無駄なく過ごすのは
やはり芸術的なモチベーションなどというより
職人っぽいルーチンと言った方が似合いそうです


今日の分を乾かしながら昨日の分を削り
素焼きの窯を監視しながら加飾に精出したり
結構気を遣う段取りの世界なのです


私は子供のころから
家に出入りする職人さんが仕事するのを
見てるのが好きでした
大工さん 左官屋さん 畳屋さん
手慣れた職人さんが
全体を見渡しながら流れるようにこなしてゆく仕事
そのリズム感が大好きで
合い間に挟む掃除が絶好の休止符になって
一日の終わりが綺麗に収まるのを
子ども心に感心したのを思い出します

さりながらあれから70年
どうやら掃除下手の職人で終わりそうかな
こころせねばと思う朝なのでした



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by touseigama696 | 2019-08-24 08:35 | ●工房便り | Comments(2)

昨日の代官山です

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今東京で最もお洒落な街と評判の代官山
聞いてても近年訪ねる機会の少ない街でもありました
しかし
来てみればなるほどのおしゃれが判ります


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少し曇っていて僅かに暑さを凌げたせいか
代官山の駅前はこうして若い人で賑わっています


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私の向かう先はココです
Gallery Mus


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約束の時刻に間があったので
通り道のカフェル・コルドン・ブルーの
イートインでランチをしました


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メニューはCroque Monsieur
写真がそれですが読み方も忘れました
コルドン・ブルーはフランスなのです
従って食べたことも初めてですがでもとても美味しかったです

これから時々代官山に来るようになれば
段々に分かることかもしれません
ここはお洒落な街なのです
独りでゆったりと本を読みながら
隣りのテーブルでランチをしていた大人の女性
気のせいかやはりとてもお洒落でした



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今月から私にはお馴染みになるギャラリーがここです
この道を左に行けばすぐ近くに
近頃有名な蔦屋書店があります
本と戯れながらなら一日中楽しめそうなお店です


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窓越しにやきもののギャラリーだと判ります


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大きなギャラリーというわけでなく
大物ばかりが展示されてるお店でもありませんが
オーナーさんの意向がきちんと映っているギャラリーです


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個性的でありながらも楽しく使える器
「取り説」の要らない使い勝手こそが
器の命なのかもしれません


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お買い上げの皿のための桐箱を納めて
用件が済んだころから
ひっきりなしに来客の続く時間でしたが

それを拝見していると
お客さんがどんな器に興味を感じるか
とてもよく分ります
作家にとって最も大事な情報です
「次作に生かす」
直接ギャラリーに伺って現場を見ることの意味は
ここにあると思っています

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新人作家の那須紺シリーズ
どうやら目につきやすい場所においてくださってます
多謝です

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オーナーさんのひとコマ
She is working nowというわけです

この街は
在日各国大使館が点在するあたりから遠からずでもあって
外国の方が沢山住まっている様子でもあり
オーナーさんは
日本語・英語・中国語を駆使しての応接
流石です


大昔
世界各国在日大使夫妻を取材する番組を担当して
この辺りを走り回ったことを思い出します



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秋の訪れを予見して
季節に見合う作品を準備することにします

もし代官山においでになったら
是非一度ご覧いただければ幸いです



Gallery mus 池田知由美

https://www.gallerymus.com/

Tel : 03-6452-5159
address : 〒150-0033
渋谷区猿楽町20-13-103

11:00~17:00 月休
(代官山蔦屋書店そば)




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by touseigama696 | 2019-08-22 10:52 | ○ギャラリー | Comments(0)
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去年の秋 
20年続けてきた陶芸教室を閉じた
散々思い悩んだ末の決断だった
春先の入院がきっかけだったかもしれない
ともかく急速に劣化してゆく体力に
自分でも少し呆れた
でもそれが目の前の出来事なら受け入れるしかない

そして体は楽になったが 一方でふと曜日を見失う
いつもの仕種 例えば
教室に模様替えするための掃除が
明日が何曜日かを教えてくれていたのだ


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しかし明日のために片づけねばという
プレッシャーはなくなった
だから 工房はドッ散らかったままでもいい


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一人で4台のロクロを使ってもOK
1台を掃除して使いまわす必要はない
今やってることに集中できるってことなら
実に有難いことだが 散らかったままが広がる
何処かでは帳尻を合わせる必要があるが
でも独っきりの気儘はやっぱり楽である


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今日も挽いたり削ったり そして貼ったり目一杯働いた
だからいつものように散らかった
片づけるのも億劫だ


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子どもの頃
我が家の目の前はお豆腐屋さんだった
そこにイサムちゃんという男の子がいた
私よりひとつ年長だったが仲良くしてた

今も一緒だが私は片づけるのが苦手
勉強机の上はいつでも散らかってた
でも夜になるとイサムちゃんが我が家にやってきて
私の机をきれいに片づけてくれるのだった
弟のように可愛がって面倒みてくれたのかもしれない
今思えば申し訳ないことだったが
イサムちゃんのお陰で
勉強机はいつもきれいに整頓されてた

今もしお隣さんだったら
また面倒みてもらえるだろか?
元気なら今年78歳

「お~い!イサムちゃ~ん!
遊びにきてよぉ~!」


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今日 この皿のための桐箱が届きました
箱書きして納品します
多謝です



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by touseigama696 | 2019-08-20 06:37 | ●工房便り | Comments(2)

不思議な記憶

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終戦記念日は毎年必ず巡ってくるが
年々歳々戦争の記憶は薄れてゆく
あれから74年 それも自然なことなのだろう

しかし
私にはどうしても不思議な記憶があって
この記念日が来ると時々思い出すことになる


この写真は父方の祖父である
明治11年に生まれ昭和35年に亡くなっている
82歳 あの頃では長命の方だった
今朝の話はこの祖父にまつわる記憶なのだ

私の頭の中にある記憶の映像を
そのままに書いてみよう

縁側が開け放たれた座敷の角に
火鉢を据えて新聞を読む祖父が見える
それも見上げるような角度の先に祖父がいるのだ

というのも
庭の隅に掘られた防空壕の中に私がいるからである
入り口は狭く地面の高さのままに
ふり返った先が祖父ということになる
多分母親だと思うが
写真の現像で使うあのホーローのバットに
幾つかの握り飯を乗せているのが見える

祖父はというといつもの通りの姿
防空壕に入るのを潔くせぬ老人の意地だろうか
今まさに空襲の気配という緊張はない

こう書けば年寄りたちには判るだろうが
終戦間際の東京空襲のひとコマとしか思えない
しかしその時私は3歳の幼児なのだ
あまり記憶にないのが普通の筈である
どうしてこんなに鮮明な映像が頭にあるのか
実に不思議な気がするのである

よくある話なら写真を見て刷り込まれた記憶だが
後に類似する写真を見た覚えもない
第一空襲を避けて防空壕に入るのを写真で撮るか?
カメラなど持ってる時代ではなかったし
物見遊山のできごとではないのである


昭和17年生まれの三歳児が
こんなに明瞭な画像で記憶に残せるとしたら
そこに居合わせたとしか思えないが
そうした事実を祖父は勿論両親からも聞いたことがなく
今となっては確かめる術もない

実はこれ以外にも
幾つか3歳児未満の時代の光景が私の脳裏にある
生きていた頃母親に訊ねると
「もし覚えているとしたらお前が2歳のころだよ」
そんなこともあって
この防空壕の話は夢と現の狭間で
リアリティーを探し続けてきたことかもしれない

それも74年経って
この写真の頃の祖父の歳を越えた
仲々男前な祖父で
若い頃は歌舞伎役者もどきだったと
祖母が言っていたが
静かで物腰の優しい祖父だった
私をクンづけで呼ぶので恐縮した覚えがある

日がな火鉢の傍に坐して
キセルで煙草を吸いながら新聞将棋を楽しんでいた

「あいつは勿体ないことをする」と言って
親父が火鉢でもみ消した煙草を
ハサミで細かく切ってキセルに詰めていたのが懐かしい

不思議な記憶 不思議な思い出である



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新作のカップです


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by touseigama696 | 2019-08-18 09:36 | 〇忘れ得ぬ「思い出」 | Comments(2)
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今日の画像は全てお借りしたものです
お許しください


日本人に最も馴染みの深い世界地図はこのアングルだろう
北極が上で北 南極が下で南となる

ある時
「世界地図はこれだけじゃないよ
逆さまに見る地図だってあって
それで見ると
世界はまた違った面が見えるかもね」


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例えば
日本列島と大陸の関係を普段はこう見てる
日本は背中に日本海を背負い
太平洋を正面に顔を向けて暮らしてると言えそうだ

背中の日本海は
西は対馬海峡で東は間宮海峡で口を閉じ
一寸見には湖のようでさえある

しかも上の広い地図で見ればわかるように
日本列島は小さな島国でしかないが
大陸の目の前で寝ころべば
結構長い海岸線で視野を妨げそうだ

地図の天地を逆さまにすればという仮説は
ここでなるほどと思わせるが
それが次の写真である

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日本列島ひとつで
背後のロシア・中国・韓国・北朝鮮の
四つの国の海岸線に向き合っている
大陸側の海岸に立てば
左右の殆どで日本列島が長々と続いて見える筈

ロシアはもっと東に 中国はもっと西に
太平洋に繋がってはいるが
ロシアはアメリカ 中国は東南アジア諸国と隣接して
太平洋の出入りは決して広くない

今日の素人地政学的考察の仮説でいえば
「いささか日本列島は目障りだろうな」これが直感である

ここでもう一つ気になることがある
これこそお借りしないと使えない写真だが
次の一枚がそれだ


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通信衛星で撮った写真だろうか
上の地図が写真になっている しかも夜だ
見ればわかるように
日本列島は東側つまり太平洋側で明々と明るい

一方大陸側は
韓国を除けばロ・中・朝ともとても暗い
韓国は日本より狭いから国土の殆どが明るいが
他の三国は気候上のことをあってだろうがやはり暗い
同じく日本列島も日本海側は決して明るくはない

でももし日本列島がなくて太平洋が開いていたら
多分歴史的には別の展開になった筈である

巨大湖を共有する歴史的生成を経ながら
しかし共生しているようには見えないのは
単に自然の脅威だけではなさそうだ

遥か東方のアメリカに正面を見据え
太平洋への出入りの広さを十分に生かして
太平洋側に国の基幹都市を並べて発展を遂げてきた日本
「どっち向いてるの?」「勿論あっち!」って
そんなこと言いそうな構えに見えたりもする

これから先100年の計を考えるなら
日本海側をもっと明るくして
極東アジアを
この湖を互いに渡り合って仲良く交流しませんか!
が大事になるのではないだろうか

単一領土で全方位を海に囲まれた日本列島
どことでも友好的になれる地勢を持っている
生かさぬ手はないと思うのだ

太平洋側がこれだけ明るくなったのはアメリカのお陰でもいい
なら極東アジアと仲良くして日本海側も明るくする
それもあっていいではないか

「目ざわり」ではなく「優れたリーダー」として
或いは信じられる仲間として極東に繁栄を生み出すために
日本にできることを考えねばならぬと思う

昨今の極東5国の不穏な気配は
眼前のとげを抜く抜かないの問題ではない

大きな傘の下からではなく
お天道さまに顔を晒して誠実に
信頼を作ろうではないかと呼び掛けてほしいものである
日本海湖はそうした意味でなら
5国にとっては貴重な共有資産であり
共生の舞台であるべきなのだ

日本には北前船の歴史がある
呼び戻して日本海湖を帆走させ
新しい歴史が生まれることを願うのだが


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北前船が復活したら
是非積んでってくださいますよう!





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by touseigama696 | 2019-08-16 09:55 | ●エッセイ | Comments(4)

ロクロ技術の右と左

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以下5枚の写真は
生粘土で器をロクロ挽きし 然るべく乾燥させた後に
粗削り 仕上げ削りを行い
 きれいに清拭した素焼き待ちのもの


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「ロクロ技術の右と左」と題した右と左の意味は
こんな切り口のつもりである

ロクロは基本的には
円運動を利用して丸いものを作る道具
言い方を変えれば丸いものしかできないとも言える
真円はロクロの頂点であり同時に限界でもある

そのことを頭に置いて考えるロクロの右は
限りなく真円なものを作ることで
もう一方の左は
その真円を外して歪みを加える作り方である

どちらも技術である
でありながら
ロクロ技術を身に着ける段階では
下手な間は「左」で経験を積んで「右」になる
しかし
上手くなって「右」の領域に近づく頃
無性にそれが嫌になる
真円はつまらない そんな気分に襲われる
俗に云えば「崩した挽き方」
真円を避ける手つきを覚えて
非対称の器を作りたくなるのである

うまくゆけば味があるなどと評判をとることもあるが
下手の言い訳に終わることだってあるのだ


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少し乱暴な言い方かもしれないが
土の性質と釉薬で完成させようとすると「左」に傾き
加飾で作品にしたい場合は「右」を好むとでも云えようか

土と釉薬の場合 掛けた釉が形状に影響され
厚く発色したり流れたり歪みがもたらす変化が生きる
同じ器面に絵や紋様で加飾しようとすれば
紋様のシルエットが綺麗なラインを描けず
いびつな鏡に映った花になってしまう


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そうした経験を沢山積んだ上で
自分のロクロが何を狙うのか
技術以上の必要に迫られて
変貌を遂げてゆくことになり
ロクロに向かう姿勢が変わってくる
右と左の問題ではない
つまり作品全体に関わる形としてのロクロ
そこがど真ん中だと解って来たような気がする

私の場合で言えば
今向かっているロクロは限りなく真円に近く 
シルエットに微塵の破たんを見せず
無傷にすっきりとして軽やかな姿でいてほしい
それが願いのロクロである


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以前のように
日に100個200個を厭わずはもう遠い
5個10個の日々でも
後に貼った糸がすっきりと抜ける表情がほしい

このところの日々を見ていると
実に寡作な作家になってしまったようだ
でも
納得のゆく作品を作るには
最早量産は無理だと思うようにもなったのである


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これもロクロで挽いたものです



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by touseigama696 | 2019-08-13 16:10 | ○陶芸雑感 | Comments(2)

50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・


by touseigama696