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<   2019年 04月 ( 24 )   > この月の画像一覧

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2016年の秋の夜更けに
我が家の「桃次郎」は静かに旅だった
後になって判ったのだが
その一か月ほど前に「そら」も逝ってしまっていた
「きっとふたりは一緒だからせめてそれが慰め」
そらクンのお母さんはそう言った
我々夫婦も同じ思いだ

左がコーギーのそらクンで右が柴の桃次郎
ふたりは無二の親友だった
男の子同士だったが会えば舐めるようにハグして離れなかった
そんなわけで
両家の家族たちも自然に親しくなっていった

おつきあいが始まったころ
朝の散歩に出てそらクンの家の前を通ると
ふたりのラブコールと一緒に玄関から出てきたのが
そら家のお嬢さんで遥さんという少女だった


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ロクロを挽いているのがその遥さんである
当時小学校の4年生10歳だったはずだ
躊躇うこともなくパジャマのまま飛び出してきて
そら&桃次郎の取っ組み合いを一緒に眺めたものだった
実にあどけなく可愛い少女で
「寂しいからおヨメさんにいっちゃダメだよ!」って
からかっていたのだが
いつの間にかお嫁にいってしまっていた
隣りで眺めているのが新婚のムコ殿
手前が遥さんのお母さんである

そもそもこのお母さんが
私の娘と一歳ちがいくらいでしかないので
遥さんは孫みたいなものである

実際の孫たちはまだ幼いのでそんな気がしないのだが
年齢でいえば遥さんほどの孫がいてもおかしくないわけで
やはり歳をとってしまったことを実感するのである

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高校時代のクラスメイトだった彼は
しょっちゅう遥さんの家にきていた
それを嬉しそうに話すお母さんの様子は
若いふたりを心から信じる優しさで
この家の温かさが判っていた
だからゆっくりとふたりで愛を育て
保育士の免許を取り そして晴れて結婚したのだった

今日はかねてからの約束で
結婚のお祝いに陶芸体験をプレゼントすることにしてあった
本当は遥さんのお父さんも来るはずだったが
仕事が入ってしまって3人だったが
結構楽しんで遊べたみたいだった

聞いたら隣駅の駅前に住んでおいでのようだ
「なんだそれならいつでも遊びにおいで!」
「ただしひとつだけお願いがあるんだ!」
「それはね・・」
書くと長くなるから また次に!!」

10歳の可愛らしい少女は
23歳の美しい新妻に変貌していたところまでで
今夜はシツレイ!



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糸抜き線紋酒器 自作



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by touseigama696 | 2019-04-29 21:27 | ●愛しきものよ・・ | Comments(4)

今月号の表紙に

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陶遊5月号(NO172)がつい先日発売になった
数週間前電撃的な取材で翻弄されたが
20頁近くを割いた誌上ワークショップで
私の作品が紹介されている 慣れているとはいえ 
これだけの量を編集するのは決して容易ではない
馴染みの編集子さんに
似たような仕事をしていたよしみとはいえ
まことに驚嘆の限りである

これだけのボリュームであれば
作家としてはもっと丁寧な仕事をすべきだろうが
嵐に翻弄されるのもパッションと思ってただければだ


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その上 取材の作品が何と表紙を飾っている
作家冥利に尽きる扱いに多謝だが
大勢の読者の目に触れて
僅かでも作陶のヒントになってくれることを
密かに願うばかりである

色々な技法を試したりはするものの
それらの全てが商品化につなるとは限らず
面白いかなと思いながら
必ずしも完成度の高いものばかりではない

最近の陶芸愛好家のみなさんは
結構幅広く技法の研鑽もされていて
解説の細部にもご質問がでることもしばしばで
編集子さんとの打ち合わせも火花が散るが
 それがまた新しいヒントにもつながってゆくようだ
勉強させてもらっているのは
多分作家の側だと思うことしきりである


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一方
連載のエッセイ「窯だ!行進曲」も10回目
いつの間にか1年半になる
粘土に比べればペンは軽いが
その分責任は重い

陶芸に興味をもっていただけるには?
いつもそれを視点に多面的な話題で
他芸とのコラボレーションが起きればと願っている

似ていても卓球がテニスに提供できる技術は
決して多くはないだろうが
およそ異業種であっても染織が陶芸に
提供できる技法は少なくない
そうしたコラボレーションの多様性を考えながら
書き続けられればである



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表紙に載った一枚
石ころの断面で叩いたマチエールに
白墨を彫った繋ぎ紋をあしらった皿




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by touseigama696 | 2019-04-28 00:11 | ●工房便り | Comments(4)

少年老い易く学成り難し

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           お借りした写真です
       

『子曰く 吾十有五にして学に志す 三十にして立つ
四十にして惑わず 五十にして天命を知る
六十にして耳順う 七十にして心の欲する所に従いて 矩を踰えず』

これ論語による孔子の教え
ひとの一生を考えればこんなもんかと言ってる


「論語読みの論語知らず」という言葉もあるが
一方で
「読書百辺意自ずから通ず」とも言う

寺子屋時代の子供たちは意味は解らずとも
毎日論語を音読して暗記した
百回も読んでりゃ暗記も出来るが
意味も通じるようになるさ
これが寺子屋だった

少々乱暴な括りだが
子どもたちは体を使って覚えておけば
やがて頭でそれを実践するようになるさ
そんな意味合いだったのだ

古希も遥かに過ぎてしまった昨今
「心の欲する所に従えども矩を踰えず」
やりたいようにやっても
あまり出鱈目ににはならない歳
そういうことだが果たしてそうだろうか 
いささか戸惑うものもある
「少年老い易く学なり難し」
こっちのほうがピンとくるのだ

されど晩節の一路を歩きながら
しみじみ思うことは
人間にとって一番大事なものは
幼い日々に身に着けたものだ

一言で言えば
「食べることと覚えること」
それも闇雲に食べ やみくもに覚えることだ

美味しいか不味いかではなく
好き嫌いなく何でも食べられること
意味は後回しでいいからひたすらに暗記し
海馬から大脳皮質に記憶の限りを送り込むことだ
残念なことに少年期にそれを自覚するのは難しい

還暦の六十歳を迎える耳順の頃
一番有難い個人的資産は
何でも食べられる丈夫な体と
思い出せるものの多い知識の宝庫だと思い知る
知恵は知識を具材にした料理だからだ

私の場合
頭の方はいささか不安でもっと叩き込んでおけば
大脳皮質を働かせることもできたろうに
今更手遅れだが
食べる方なら今でも多少はひとに威張れそうだ

何度も病いと戦ってはきたが
どうにか負けずにこられたのは
まさしく
何一つ好き嫌いのない食生活のおかげ
そんな気がしている

「少年よ大志を抱け!」
どうするかって?
何でもかんでも
「一杯食って一杯覚えろ!」
当分それでいい
歳とって役に立つのはこのふたつ
いずれ分る日が来るさ


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松灰釉花入れ 旧作





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by touseigama696 | 2019-04-27 08:43 | 〇老いゆく日々に | Comments(6)

老いゆく日々に・・

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「父は高齢になってから鬱状態だったと 
今振り返れば思います
もっと心のケアにも気を配るべきだったと 
今更ながら申し訳なく思っています」

このブログでも長いこと親しくおつきあいしている
ニュージーランドでファームを営むBBpinealleyさんが
内視鏡検査に触れて書いた昨日の記事に
こうコメントしてくださった

ご自分の御尊父のことだから書けても
一般論としては言いにくいことかもしれない
しかし
老人の晩節に目を配れば 最も大事な視点のように思う

ついこの間までの元気だった自分が
日々に衰えゆく現実を知らされるのは
老いと知りつつもやはり憂鬱なことだ

体に起こる疾病としての「死に至る病」は
可能性として受け入れるしかないことを
充分に理解もし こころの深いところで
それなりの覚悟は作れるが
どうしても腑に落ちなくて悩み苦しむのは
極めて具体的に昨日までできたことが
今日できない劣化を思い知る
あのひたひたとせまる失望感
それこそキルケゴールの言う「死に至る病」
つまり「絶望」で それが憂鬱の根源なのだ

余談だがキルケゴールのこの本 読了してはいない
高校時代挑戦して余りの難解に
それこそ絶望して投げ出した覚えがある

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閑話休題
老人が長生きする世の中は医学的には
報われた社会だと感謝もするが
しかし
長生きが必ずしも幸せとシンクロできないとしたら
そしてそれが憂鬱がもたらす絶望の仕業かもとすれば
贅沢と言われそうだが
身体の長生きと同時に心の長生きをもたらす処方を
生命科学は更に一考二考してほしいものだ 

俗に云えばフィジカルには強くなったスポーツ選手に
それに相応しいメンタルを作ろうとするあの進歩が
これからの老人の長命を支える大事な処方だからだ

BBpinealleyさんによれば 
例えば昨今の抗鬱剤はピンポイントで進歩しているとか
個体に応じて幸福度を探ってくれる処方が
失うものを補って 「これだけあればなんとかなるさ」
そんな思いで暮らせる社会になってほしいと切望するのである


今日からこのブログに新しいカテゴリー
「老いゆく日々に」を新設した
時に応じて
77歳になる老人が押し寄せる晩節のあり様を書く
一番差し障りのないところじゃなかろうか

真っただ中のひと
やがて来るひと
遥かに遠いひと

色々ご意見があったらコメントでどうぞ!


BBpinealleyさんのブログはこちらから



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ろう抜きと同じ技法の皿 自作





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by touseigama696 | 2019-04-26 08:28 | 〇老いゆく日々に | Comments(6)

憩室

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「憩室」
3年前の今頃 こんな言葉は知らなかった
けいしつと読むが勿論「休憩室」ではなく
ましてや麻雀屋さんの看板でもない

難しいこと書けば
内腔性の食道とか胃・腸などの臓器の壁面にできる
祠みたいな突出物で 基本的には無害だけど
時折り原因不明で出血して
患者をおどかしたりするのだそうだ
「大腸がん」ここら辺が悪役で登場する可能性もあるからだ

一昨日の朝 突然便器が赤く染まって
「今のところ放っておいても問題ないでしょう」
3年前のあの日にはそう言ってもらえた下血も
今回も同じものだと勝手に判断するわけにもゆかず
年初に入院して別の疾患で治療してもらった近所の
大きな病院で外来診察を受けたのが一昨日

「CTの所見なら多分前回と同様の結果だと思うけど
念のため内視鏡の検査しておきましょうか
幸い明後日に空きがあるから来ますか?」
そういうわけで
慌ただしくもでも早いに越したことはない検査が今日だった


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検査前日の昨日から食事が制限され
指定の三食でいささか足らずの不満も我慢した

そして今朝の8時には
昨晩作りおいた2ℓの下剤を2時間で飲みながら
トイレ通いして腸の清掃をしたのだった

考えて見れば
大腸の内視鏡検査は今回で三度目
最初は胆のう切除の手術が目的での内視鏡だったから
入院ベッドからトイレ通い 二度目が外来ロビーで
3人ほどの患者さんと同じことをした

そして今回は何と
過去2回は病院でしたことを自宅でやるように指示された
まぁ自分専用のトイレもあり
誰かと取りっこになることもないから
これはこれで結構なことなのだが
最後にトイレを済ませて病院に駆けつける際
残りの下剤にいたずらされないかを心配する羽目になったが
幸いなことに何事もなくて済んだ
妻の運転する車で10分足らず
こういう時は近いことが一番有難い

2ℓの水分を2時間で飲むのは苦痛だが
やれば何とかなるものだ


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3時半から30分ほど
腹の中の四角いベースみたいな腸を
スケート靴が滑るようにカメラが走った
若いドクターだったが
きっとゲームでも名手じゃなかろうかと思うほど
腸内の景色は高速で移動していった
自分でも眺めることができ 前回を思い出しながら
一緒にモニターを見ていたが
「見つかれば取りますね!」と言われていた
ポリープを見つけたわけでもなさそうで
何事もなく終わり 案の定

「前回同様問題になる所見はありませんでした
きれいだから多分2~3年は大丈夫そうですね」
ご託宣があって幸いなことに難を逃れたのだった

加齢による原因を特定し難い症状は色々あって
そうした劣化とつきあいながらの余生
良いことも悪いことも
何が起きても不思議ではないことが日常だとして
生かされてる時間を精一杯生きるしかないのだ

3年前のこの検査のときは
本気で最悪のシナリオを思い描き
それなりの覚悟を作ったことを思い出す

令和の招来を間近にして
同年輩の昭和が日に日に消えてゆく
それぞれにみんな立派に生きて立派に死んでゆく
成ろうことなら倣うべしである


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木の葉紋の色絵鉢 自作




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by touseigama696 | 2019-04-25 00:42 | ●エッセイ | Comments(20)

アクセルとブレーキ

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例えば高速道路で車を運転してるとしよう
見通しの良い直線道路で
大分前方に渋滞の最後尾が見えてきて
アクセルから足を離したとする すると
エンジンブレーキが作動してゆっくりと減速されるが
この時右足はどこで次の加速のために待機するんだろう

三カ所あると思う
一つ目は 今まで踏んでいたアクセルの上
↑の写真なら右のペダルの上だ
二つ目はブレーキの上 左のぺダルの上である
そして三つ目はふたつのペダルの前の床の上
オートマチックの車ならこんなところだが
床の上は走行中ともなれば咄嗟の反応が心配で
避ける人が多いに違いない

その上で
アクセルの上でそのまま待機するか あるいは
ブレーキの上に移って まさかの急ブレーキに備えるか
このどちらかになるような気がする

私の場合 若い頃から習慣としてブレーキの上にしている
どんなに短い距離のエンジンブレーキでも
右足はブレーキの上に移動する
この位置にいるのは 例えば無謀な割込みがあったとしても
瞬間に踏めばブレーキが利く
もしアクセルの上で待機してるとなれば
右足を左のブレーキに移動して踏まねばならぬ
僅かでも時間はかかるし 移動という行動が必要になるわけだ

先日のニュースで
ブレーキとアクセルの踏み間違いで事故を起こした運転手さんが
「ブレーキのつもりで踏んだのに車が止まらず
何でブレーキが利かないのかと更に踏み込んだらぶつかった」
と供述したとあって やっぱりかと思ったのだ

アクセルの上で待機していた右足で
ブレーキを踏むために左に移動したつもりでも
咄嗟の行動では距離が足らず アクセルの上のまま
ブレーキのつもりで踏み続けたのじゃなかろうか

「咄嗟に踏む」と「咄嗟に移動して踏む」では
当然ながら時間も判断も複雑になってくる
若い頃なら可能な瞬時の判断力 行動力も
老いれば決して容易ではない

「こんなに強くブレーキ踏んでるのに何で利かないんだぁ~!」
そこで起きてる錯覚と焦りの深さが他人事ならず胸に響く

非常時に備えて如何に合理的に
短い時間と単純な手順で事態に立ち向かえるか
できるなら若いうちから望ましい習慣を身に着けておくべきなのだ

だから私は絶対に事故を起こさないと
断言するほど己惚れるつもりはないが
もうひとつ習慣にしようと心がけてきたことがある

車を動かすときは
前進だろうが後退だろうが
アクセルは二度踏みで踏み込むことにしている
つまり
最初の一回でほんの軽く踏んでみると
車体が予定してた方向に軽く偏るのが判る
それが予定通りの前進なら
二度目でしっかり踏んでも間違いは起こらない

一度目の試しなしにいきなり踏み込んで
予定外に後退でもしようものなら
パニックはブレーキの話と同様である
「ナンデ後ろなんだよ!!」
気づく前に車は何かにぶつかる羽目になるのだ

数日前 こんなことを書いた
「どんなときにもあわてずに運転しましょう」
「あわてず」の根拠は「予定外のことをしない」ということだ
そして
全ての行動に こうすれば「予定内」という
道筋をつけて走ることだ
可能な限りそうすべきなのだ

踏み間違い事故で晩節を汚してしまう老人が増えてきた
決して他人ごとではない
どんなに注意深くしても不慮に遭わぬ保証はない

電車の運転手さんが
「信号 アオ~っ! 進めぇ~!」
みたいに復唱しながら走るあの様子を
出来れば真似たいものである



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小鉢 自作





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by touseigama696 | 2019-04-22 17:47 | 〇わたしの流儀 | Comments(4)

上皇陛下と京都

 
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            お借りした写真です


退位された上皇は
京都にある仙洞御所内に造営して
ここにお住まいになさっては如何?

歴史的には仙洞御所は上皇の居所だったが
幕末に焼失して以来再建されずにきたようだ
この際仙洞御所内に現代建築の粋を集め
歴史をつなぐ新御所を建て上皇がお住まいになれば
京都が生きる歴史を取り戻すことにもつながるのではないか
大きな意味がありそうだ

東京の皇居は今上天皇が 京都の仙洞御所は上皇がと
おふたりが新旧の都に住み分けることで
携わる皇室行事にも分かり易さがもたらせよう

上皇の手を煩わせることなく国事行為が行われ
その上で
世界各国の賓客が上皇との会見を望まれたり
またその必要があるときは
新幹線のぞみ常設便に特別車両を接続して運用すれば
日本の新幹線の絶好なパブリシティーにもなるし
京都が日本の古都であることと同時に
国際都市としての機能も併せもつことになる

訪れる各国賓客は京都市民の歓迎を受けながら
京都御所で上皇ご夫妻と会見し
国宝の桂離宮で茶を喫し 修学院離宮を散策する
まさに日本文化の粋をご覧いただく機会になる

日本の優れた良さは東京の現代性だけではなく
京都に代表される古い文化の継承にもある

退位による上皇の規定は
この先にも生かされて
今上天皇に過剰な負担を強いずに
先端科学技術の国でありながら
世界に無二の古い文化を大事にする国としての
象徴となっていただけるように思うのだ

調べたらこうした意見も既にあるらしい
時間をかけて考えてみたらどうだろうか?


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鉄釉四方鉢 旧作





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by touseigama696 | 2019-04-21 09:16 | ●エッセイ | Comments(0)

親切と便利

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大きなセダンで通勤していた頃の話
大型乗用車のひとつだったから
色々と親切便利サービスがついていた

でもだから便利と思うものは少なく
余計なお世話だ!の方が多かった
多分今はないと思うが 代表的なひとつ

運転席のドアーを開けると開いてる間中
「ドアガアイテマス!・・ドアガアイテマス!」
を連呼するってサービスだった
「分かってら~な 
でもさ開いてなきゃ荷物が出せないんだよ!」
そのつど罵ったものだが
このいらいらストレスが事故を誘発すれば
親切&便利サービスなんていってられまい

ついでに書けば
エンジンをかけると途端に
「カードが挿入されてません」の連呼もある
ETCカードのことだが
高速ばかり走るわけじゃないし
入れっぱなしにすれば
車上荒らしの餌食もなろうから
必要に応じて出し入れするが
この手のサービス 親切にすればするほど
認知症のタネにならないかと心配にもなる

便利と親切は
思慮に欠ければ逆効果なことも多い
好意ではあってもかなりな部分で
知的な善意に支えられる必要があるのだ

どうしても運転者に声をかけるとすれば
私ならこう考える

エンジンをかけたときだけ
優しいゆっくりとした声で
「どんなときにもあわてずに運転しましょう!」

それだけでいいし それだけがいい
事故防止のための
運転者義務の殆どはこの一言にあると思うからである


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糸抜き木賊紋どら鉢 自作





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by touseigama696 | 2019-04-20 09:51 | ●世相あれこれ | Comments(0)

内部集中と外部集中

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今日は助手の〇原さんのことで一項ですが
話の枕にちょっとしたエピソードを紹介しましょう
以前にも別の切り口で書いた覚えのある話ですが
今日のテーマである集中と関係してきます

かの有名なプロ野球の野村克也さんは
現役時代はキャッチャーでした
頭脳プレーの名手で
「野村の褒め殺し」は当時でも有名でした

その試合当ってる敵方バッターが打席に入ると
野村捕手の作戦が始まります

「いいグリップだねぇ~
今日大当たりなのはそのせいだな
忘れるなよその感じ」

構えたバッターにそっとつぶやくのです
これだけ しかも褒めてます
相手選手も文句は言えません 褒められてるんですから

そして
「俺のグリップってそんないいのかな?
あの野村さんに褒められちゃうと
その気になっちゃうな」

さっきまで無意識だったグリップが
やたら気になってバットが自然に振れなくなります
あえなく凡打 野村捕手の思う壷です

結論的に言えば
バッターの集中の対象がボールから体の構えにずらされて
無意識でバットが振れなくなってしまったのです
つまり
ボールへの集中が高まれば
身体は無意識にボールに合わせ 
グリップは最適な捩じりでそれを捕まえるのです

ここが今日の話題なのですが
運動科学的に言うと
外部集中(ボールへの意識)を
内部集中(グリップへの意識)に変えてしまったのが
野村捕手の褒め殺しボヤキというわけです
内部集中よりも外部集中を意識する方が
前述の通りパフォーマンスは上がります

百足(ムカデ)に
今どの足で歩いてるの?って聞いたら
途端に右左を間違えてつんのめったって例えと似てて
複雑な体の動きは無意識でないと混乱するのです
そこをつっついた野村の心理学
流石に大打者です

グリップのことは忘れてボールに集中しろ
大事な時にこれができるのがプロなんでしょう


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大皿を挽く〇原さんは目下悪戦苦闘中です
集中が皿よりも技術に傾いているからです

陶芸教室の生徒から工房の助手んさんとして
いずれの日か独立してプロを目指す今
今までは趣味の遊びで作ってた大皿を これからは
仕事として確率高く完成させるために
あれこれ技術の細部を確かめる気分に迫られているようです
無意識でしていたことを確かめようとすると
案外細かいことが不正確なことに気づくものです
そして
ろくろの上の皿から意識が離れ
自分の体の動きや手順ばかりが気になるのです
見ているとややいじり過ぎが目につきます
これも避けられない一里塚
やがてはまた皿に集中するようになり
以前よりも完成度が上がることになるはずです


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〇原さんの過去作品ですが
目下この掻き落とし技法による
アラベスク紋大皿がテーマで
この秋の公募展を目指しています
ロクロで失敗した何枚かの皿を乗り越えて
内部集中から外部集中にたどり着いて
出品作が完成することを見守っているところです
彼の実力なら十分可能性のあることです

話は戻りますが
野村克也さんの褒め殺しで
死ななかった選手が一人いました

野村さん曰く
「それが実は長嶋なんだよ 彼にも同じこと言った
いいグリップしてるね!ってね
でもね
その打席であいつまたホームラン打ったのさ

後になって聞いたら
ノムさんに褒められて嬉しかったから
あのグリップのまま打ったんだ
ありがとうございました・・だってさ」

野村さんも流石だが
やはり長嶋さんはただ者ではありません


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糸を貼って波状紋を完成させた大皿
この上に白化粧を吹きつけますが
経験法則で
何ccの化粧泥を何周吹きつけると
決めてあります
でも迷うこともしばしば

「いつもの通り」
そう思える日が一番安定した結果になるのも
集中の仕方なのです




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by touseigama696 | 2019-04-18 06:02 | ○陶芸雑感 | Comments(6)

正常値と基準値

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昨日は浅草のかかりつけ医の主治医のもとへ
今年初めての血液検査の結果がでてました
1月の末に腹直筋血種などという珍しい病名で入院
その予後の時期でもあったから
体調如何と思ったけれど意外に平常でした

全部で26の検査項目のうち
赤血球がらみの5項目が基準値を割っているのですが
主治医曰く
「基準値の分岐に接触した近似値で病的な所見なし」
なのだそうです

この「基準値」は以前は「正常値」と言ったのですが
そうなると枠からはみでたら「異常値」となって
如何にも病気みたいな雰囲気になってしまうので
あくまでも基準値のお隣さん程度の評価のほうが
現実的だということになったのだそうです

そもそも基準値の基準は
健康なひとの95%がこの範囲という枠で
5%のひとは健康なのに基準外の評価になってしまうのです
そうしてみると5%以内と思しき私は
全項目で病的異常はなしということになりました
5項目の基準外が教えてくれている情報は
やや貧血傾向の許容誤差のうちだそうです

誰もが気にする心臓 肝臓 腎臓 膵臓 
コレステロール 血糖値 中性脂肪 前立腺がんマーカーetc
全てが基準内ということで
血液検査上はno problem というわけです

言うまでもなく
血液検査が健康管理の全てではありません
血液で分からない発病も色々ありますが
でも大きな判断材料のひとつには違いありません
リアルタイムで血液に含まれる物質如何が
病気を予見させることは充分あり得て
主治医はその微変に(?)を感知してくれるわけです
数十年にわたって保管された私のカルテを
読み続けていてくれてこその信頼を
何より有難いことだと思っているのです

つい先週畏友の室伏クンを失って
命の儚さをしみじみ思います
有限であればいずれ誰もが通る道ですから
徒に忌み嫌っても仕方ないことで
良く生きるは好く死ぬこと
日々僅かな掟を守りながら 生きてる間は
自由に動ける体を維持してゆきたいものです


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冷やし中華をドラマチックに盛りつけたと
marrone-marroneさんに仰っていただいた
昨日の鉢はこのタイプ
30㌢近い径がありますが
見込みは少し深めで小さく切ってあり
料理がこじんまりに見える寸法
でもそこそこボリュームがあって
お腹いっぱいは保証できます(笑)




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by touseigama696 | 2019-04-17 08:51 | 〇わたしの流儀 | Comments(6)

50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・


by touseigama696