カテゴリ:○陶芸雑感( 194 )

ろくろ&ピアノ 


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病みあがりともなると
何でもなかったことが何でもありそうで
出来そうだったものも出来そうにない不安にかられる
更に加齢に縛られて身体はいよいよ窮屈である

何でもなかった頃に書いたやれば出来そうなロクロの話
結構今でもそうだな!って思えて
だからここに再掲してみることにした

以下は
2003年 エッセイ集「折々の折り」に
『ろくろ&ピアノ』と題して書いた一文である


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ろくろの高速回転に腕力をぶつけ
大きな力で土を殺している場面

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力には頼らぬが ろくろの回転を利用して
遠心力と求心力で高さを確保しているところ
この高さが皿の大きさの決め手になる

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ろくろの回転を落とし
右手とスポンジのデリケートなタッチで
見込みに綺麗なシルエットを作ろうとしているところ


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ろくろ&ピアノ 「折々の折り」より 2003/5/13


今日は久しぶりに60㌢の大皿を挽いた
ロクロに乗せた15㌔の土は撫でるだけではついてこない
手順に従って力を使い分けるが この加減には大きな幅がある
顔を真っ赤にして土と相撲とる力
馬の背に乗って馬を説得する手綱の力
幼子の頬を撫でる柔らかくて優しい力
この使い分けが大皿の成否を握ってる

土に直接触れてその力を使うのは指だが
だからと言って力の源は必ずしも指ではない
どこで力を生むのかと問われると さてと思うが
しいて言えば臍下丹田の腹だろうか
足腰で支えた腹を踏ん張ることで力を生む
そしてその力を肩 肘 手首の関節を通して指に伝え
身体全部で土に向かうとでも言えばいいのだろう

それは丁度ピアノの発音の仕組みと似ている
ピアノは
鍵盤を叩いた指の力がフェルトのハンマーで弦を叩き音になる
原理は簡単だが 実際にはこの仕組みをアクションといって
複雑な仕掛けになっている 原理で言えば
シーソーの一端を指で叩くと反対側の一端が跳ねて弦を叩き音になるが
これだけでは音が荒々しくてデリケートな音楽表現が叶わない
フォルテッシモはだせてもピアニッシモは無理かもしれないのだ

それを解決するのがハンマーアクションである
鍵盤からハンマーまでの間に幾つかの関節を作って
鍵盤に加えられた指の力をダイナミックで繊細な音に変える仕組みなのだ
だからこのハンマーアクションのためにピアノメーカーは
それぞれに工夫と違いを凝らし個性をアピールすることにもなる

余談だが
ピアノという楽器の名称の語源はイタリア語で
「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」意味は
ピアノからフォルテまで強弱のつけられるチェンバロ
この中のピアノだけを残して詰めたってわけだ

弦を爪でひっかいたチェンバロにはできなかった強弱表現を
ハンマーで叩いて可能にした発明が
後に楽器の王様と言われるピアノを生んだのである

本題に戻れば
ロクロに乗せた土への力は身体を使ったアクションなのである
腹で作った力を肩・肘・手首を通過させて
土にフォルテとピアノにして伝えるアクションと思えばいい
土殺しの荒々しいフォルテッシモも
仕上げのデリケートなピアニッシモも
完全に制御された力であるためには
身体全身を使い意識を集中して向かわねばならない

僅かな力の違いで土が死なず 形になる寸前で崩れる
一見格闘技のように見える大物挽きも
実は極めて音楽的な表現に似て微妙な力の組合せなのである


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物が大きくなればなるほど
パワーとデリカシーの振幅も大きくなる
自在に制御して狙った姿をものにする悦びは
やはり大物の面白さといえる

力のある時代に挑んで損のない技だと思う
大きな物が挽けると 小さなものの質が良くなる
付加価値とでも・・・





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by touseigama696 | 2019-02-01 10:53 | ○陶芸雑感 | Comments(0)
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ロクロで造形するとき
決して本質的な命題ではなくても
それでも
形の美しさをもとめながら
やはり・・そこはかとない色香ってものに
無関心でいいとは思えない

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とりわけ
丸壺のように柔らかな球形を求めれば
たとえ器にせよ・・馥郁とした妖美は
用途とは別の美しさをもたらしてもくれよう


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難しいのは
行き過ぎて下卑ることだ
ほのか・・と例えたいのは
そうした思いからのようだ

一塊の土を・・細い筒に伸ばし
細長柄で胴を膨らませ
何処にも不連続のない柔らかなシルエットを描く
その成り行きに
できれば色気が漂ってくれれば・・と
密かに願ったりするのである


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柿の実にも・・枇杷にも桃にも
僅かに対称を外れ
肩の力の抜けた穏やかな曲線がみえる
それがほしい!

そんなことを願いながら
ロクロ前で悪戦苦闘する日々なのである





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by touseigama696 | 2018-06-03 23:38 | ○陶芸雑感 | Comments(0)

人間味・・って

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もし・・ロクロが下手だったら
丸い壺を挽いても丸くはならない
水平に輪切りにしてみれば・・すぐ判る
真円ならどこでも一致するはずの切り口が
輪切りにした時と同じ位置でしか合致しないはずだ

下手だったらと書いたが・・実はどんなに上手くても
全点で合致する真円を挽けるひとは・・滅多にいない
輪切りにした壺は・・一点でしか合致しない
それが普通なのだ

さて・・とても興味深い言葉に出会った
先日お邪魔した柿傳で
ご店主の安田さんからいただいた・・機関紙「茶の湯」
去年亡くなられた林屋晴三さんの追悼号で
その中に

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これも先日触れた現代志野の第一人者
鈴木蔵さんが・・こう書いておられる

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        写真は「名碗を観る 林屋晴三著」世界文化社刊より 


志野の国宝「卯の花墻」を評して
林屋さんが述べられた所感のようだが

「・・この造形を輪切りにした時に
重なるところは一カ所しかないこと・・」
と賛美しておられる

この言葉の真意や如何に?である
ほっとけば真円に至らず
どの道一点でしか重ならない造形が
この茶碗では正にそうできているでは
賛美に値しそうにない・・とすれば
一点での重なりが美であるには
目指したものが真円であり
限りなく丸く作ろうとして
なお至りがたく僅かにずれた歪みこそが
人間味といえば人間味であり
「見る場所によって表情が変って
いろんな風景を連想させる」・・に帰結する
そうした文脈のように思えるのだ
そう思って見るせいか・・この茶碗
他に見る志野に比べて・・端整な作りに映る

「染めでできる僅かなムラを・・狙ってはいけない
機械のように正確に染めたくて
でも・・どうしても叶わず
僅かに残るムラだけが
かろうじて味として許される限界
最初からひとのすることだ・・仕方ない
それはダレた仕事でしかない」

遠い昔
江戸小紋の職人さんが
そう言っていたのを思い出し
同根ではなかろうかと・・暫らく考え込んだ

もしこの推論が外れてないとしても
丸いものは・・どこまでも丸く
真っすぐなものは・・限りなく真っすぐに
できればそうしたいと願ってきたが
僅かなゆるぎ・ひずみに美が宿る
まだ到底そう思える域にはいない
たっぷりと日暮れて
しかし全く当てのない道は
どこまでも遠いのである





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by touseigama696 | 2018-04-17 09:16 | ○陶芸雑感 | Comments(0)

抹茶碗の存在感

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これもご注文いただいた茶碗
今朝挽いて・・昼には削った
嘘みたいに・・気温は春以上の夏日
うっかりしたら乾き過ぎそうだ

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糸抜きで紋様を施し
茄子紺で染めるつもりでいる
抹茶碗で何より気にかけるのは・・存在感
点てる人と‥服むひとの間に
短い時間で強いつながりをつくるのは
単なる器にできることじゃなさそうだ

点てた茶を移し入れる器ではなく
思いを込めて・・器の中で茶を点てる
ここに抹茶碗の存在感がある
一期一会‥言葉にすればきっとこれだ

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その一期一会に・・作り手も陰で添う
だから
好い茶碗になってくれたらな・・と
願うのだ





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by touseigama696 | 2018-04-05 06:32 | ○陶芸雑感 | Comments(0)

私のサブカルチャー

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黑ベースのキャンバスに
糸抜きでgoldをエアブラッシュ

色々なキャンバスに
色々な絵具で試している

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基本的にはモノクロが好きだが
下地に別色を置いて
僅かに変化させてみたいと思って

これは写真では判らないが
黑のスペースには赤を下地に置いた
実物は・・僅かにグラデーションしてる

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ホルベインの絵具がきれいな色で
不透明なのを生かして
ローラーでのばしてみた

色使いを考えながら・・楽しめそうだ

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夕方から・・これ一枚糸を貼った
紋様は定番の「波」・・既に何枚か作ったが
色を変えてパターン化してみようかな

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『糸抜きキャンバス・アート』
糸を貼って加飾することを共通のコンセプトにして
陶芸とのコラボレーション
私のサブカルチャーにしようかな

段々面白くなってきた



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by touseigama696 | 2017-11-27 19:01 | ○陶芸雑感 | Comments(2)

還元の窯


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現在地に転居したとき・・それまでのガス窯を捨て
酸化専用だった電気窯を・・酸化・還元両用に変えた
窯場の広さの問題で・・ガス窯が大き過ぎたからだ

しかし‥その頃から
私の仕事は・・酸化焼成に偏ってきた
だから今の仕事は・・全て酸化で焼いている

転居間際の旧房時代の作品の写真を見て
還元焼成が懐かしく蘇る

これらの作品は
弱還元のガス窯で焼いたものだ


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日本陶芸展に初出品して初入選した作品が
黑天目で六客の組鉢だったから
このやきものが・・私の出発点みたいなものだ

今も・・黑に拘ってはいるが
それは全く別のコンセプト
こうして・・少し古い写真を見てると
また還元をかけてみたくなる

でも長時間焼成になりそうで
体がもつか・・自信があるわけじゃない


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でも・・今でもこの天目釉の還元は好きだ
工房に置きっぱなしのガス・ボンベ
たまには使わねばと思いつつ
日々の酸化焼成に追われて・・放ったままだ

放ったままの物や事が・・増える
ちと・・寂しいものがあるな



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by touseigama696 | 2017-08-23 02:20 | ○陶芸雑感 | Comments(0)
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いただいたコメントに返信を書きながら
ふと・・その実感を書いてみようと思った

多くの場合
老いの実感は・・きっと体で始まる
痛いの痒いの・・動かないの
はたまた皺だシミだ・・白髪だの
目にみえるものから・・意識する
だが・・そうしたものは
やがてそれにも慣れてしまい
さしてこだわらずに暮らしていけるものだ

一方で・・鏡には映らないが
ある日・・かなり痛烈に
しかも・・大きな喪失感を伴って
襲ってくる「老い」がある

心のことであり・・頭のことでもある
例えば・・同じ一日を過ごしながら
「出来たことって・・これっぽっち?」

「一日」の量感が・・頭の中と目の前では
大幅に乖離してしまうのだ
用意した袋は・・できることを遥かに超えた大きさで
出来た仕事は・・袋に見合わずちっぽけでしかない

ひとことで括れば・・仕事を
想定してなおまとめる「力」を・・失ってゆくのだ
この喪失感には・・思いのほか傷めつけられる
目だの耳だのというのとは・・また違う

僅かにでも・・克服しようと思えば
ひたすらに時間をかけ・・気持ちを集中させて
執念を燃やすしかないのだ

軽々とできたことが・・軽々とはできなくなる
失った量が・・質の劣化につながらないよう
必死の執念を燃やし
改めて・・古希も半ばを過ぎた老いを
過不足なく理解して生きるしかない

だから・・今朝も夜明け前に起きだして
朝飯前にひと仕事しておこう・・なのである



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by touseigama696 | 2017-05-11 04:27 | ○陶芸雑感 | Comments(0)

『無一物』・・長次郎

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21か月もの長い準備期間を頂いて
個展のオファーをお受けした一昨年の秋
最初にしたことは・・優品を見て歩くことと
この二冊の書物を座右に置き
じっくりと読み耽ることだった

茶懐石の名店を抱える柿傳ギャラリーでの個展は
茶陶を避けては通れないから
腰を据えて勉強せねばと・・思ったからだ


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冒頭を飾る長次郎の茶碗「無一物」
ある勉強会で著者の林屋晴三先生が
この茶碗から汲むものの何と多いことか
じっくりと見つめてごらん
そう仰ったことが・・こころに残る

個展開催が二か月後に迫った今
ふり返れば
この茶碗から受けた影響は
思いのほか大きいことに気づいている

何の変哲もなく
一点の芯で立つ静かな居住まい
無意味な作為を離れ・・部分は全部を支え
全部は部分を・・ふっくらと包んでいる
姿が何かと調和するのでなく
姿が姿のまま調和している

もし写そうとしたら
どこから始めて・・どこで終わる
メビウスの輪のように
全ては連結して居場所を見失う

姿を目で追えば・・きっと見失う
この姿を再現したかったら
それを可能にするのは
目ではなく・・指の腹でさぐることだ

それには・・心当たりがある


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これは自作の木工パイプ
原木をやすりで削りだしたものだが
左右シンメトリーの卵形は
目では測れない


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目をつぶって
親指と人差し指で横腹を持ち
軽く回転させたとき・・指が感じる原木の抵抗を
そこだけ・・めのこに削ってゆくと
いつの間にか・・卵になるのだ
経験で覚えた

今・・ロクロを挽きながら
思うことは・・そこだ
目で崩して面白味とするのは止めた
目を閉じるが如くに・・指に神経を集め
動かさぬ指の間から生まれる端整な真円
それを茶碗と思うことにしている

俳句で言えば・・一切の説明の排除
端整は・・単刀直入がいい
美しい茶碗
願わくば・・そうしたものが作りたい

21か月の内19か月が過ぎた
陳腐だが・・光陰は矢の如く走り去る
少年老いやすく・・技成り難し
因果な仕事なのだ




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by touseigama696 | 2017-04-24 23:16 | ○陶芸雑感 | Comments(2)

テニスとゴルフ

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テニスとゴルフ・・下手だったが
どちらもしたことはある
でも・・今はもう見るだけだ

テニスの錦織クン・大坂さん
ゴルフの松山・石川クン
近頃は日本にも・・世界的な選手が現れ
テレビで追いかけるのが・・実に楽しい

どちらもボールを使う個人競技
共通するものもあるが
まるで違った性質をもつスポーツでもある
静止球を・・自分のタイミングで初動するゴルフと
鉄砲玉みたいな高速球に・・瞬間で反応するテニス
この違いだけでも・・選手の資質はきっと分かれる

更に・・試合の仕方にも大きな違いがある
テニスは・・目の前の一人に勝って前に進む
準決勝を勝たずに・・優勝はないのだ

一方で・・ゴルフは
大勢の中で一気に勝ち負けが決まる
前日まで30位だった選手が・・
最終日の夕方には優勝ってことも
在りうるのがゴルフだ

今日の相手が当面のライバルなのが・・テニス
そして
誰がライバルなのか分からないのが・・ゴルフ
球聖ボビー・ジョーンズは
それをこんな風に例えた

「私は・・オールドマン・パーに出会ってから
試合に勝てるようになった」

つまり出場選手を相手に戦うのではなく
そのホールに定められたパーの数に勝とう
それがパー爺さんということであり
自己ベスト・・パー爺さんが教えるものはそれだ

テニスに・・パー爺さんはいない
アドレナリンに助けられて
目の前のライバルに勝つ・・それも緊張だし
極めて冷静に自分の技術を信じる自信
ゴルフは・・選手に別の緊張を強いるのである

どちらも
名手の戦いでは・・実に見ごたえがある
若い選手の台頭を楽しみにする日々なのだ


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個展の準備に緊張しながら
12月ともなると
来春の公募展への用意も必要になる

陶芸は・・ゴルフタイプの緊張だと思う
目の前にライバルはいない
いつでも自分との戦いである

冷静に自己ベストに向かうしかない
最後にものをいうのは・・体力
その厳しさを・・段々に実感させられる毎日である




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by touseigama696 | 2016-12-01 06:02 | ○陶芸雑感 | Comments(0)

侃々諤々

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昨晩は・・陶葉会の懇親会が開かれた
展覧会が開かれれば・・大抵
会期中に一度はみんなで集まり
ひとしきり・・陶談に花が咲く

伝統窯業地を持たない千葉県の陶芸は
土地でつながる縁がないから
こうして・・人で結ばれる絆は
個人技としての陶芸の奥行きを膨らませてくれる
老若・新旧を問わず・・一人一人の芸域に
切磋琢磨するチャンスなのだ


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本気の40人が集まれば・・陶談は自ずと
侃々諤々(かんかんがくがく)である
言うまでもなく・・その様は
喧々囂々(けんけんごうごう)ではない

長年にわたる経験が生み出すノウハウを
問われれば披瀝して惜しまず・・そこにまた
新しい知識が重なり合ってゆく
親睦とはいえ・・実に貴重な機会である

昨晩もそうだった
たまたま私のテーブルは・・磁器作家が集まった
陶器が主軸の私が・・直接体験する話題ではないが
しかし・・土や釉を巡る議論は
何に目をつけ・・どう活路を見出すか
そのアプローチは・・とても勉強になった


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ともすると
孤独な日々になりやすいこの仕事
ひとりでないと叶わない強度の集中と
一方で
侃々諤々が醸してくれる・・気を許した友情
ない交ぜになって・・それが
作家集団としての陶葉会の真価のような気がする

ライバルでもあるが・・根本は同志
昨晩も・・受賞を祝ったり
正会員認定を祝ったり
誕生日まで祝って
酒とともに・・花も飛び交ったのだった



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by touseigama696 | 2016-11-27 06:44 | ○陶芸雑感 | Comments(0)

50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・


by touseigama696