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桃青窯696

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50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・

カテゴリ:●エッセイ( 465 )

     
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私はなぜ渡辺茂夫さんを知らないんだろう?
なぜ覚えていないんだろう?
この映像から彼の短い人生をひも解いてみて
どうしてもそれが判らないことに気づいた

渡辺茂夫・・1941年生まれ
42年生まれの私とは一歳違いでしかない
そして
ここに録音されたアヴェ・マリアは
彼が13歳の時の演奏・・同じころ
私もヴァイオリンの稽古をしていた
勿論彼我の差は計りようもないほど大きいが
でも同じヴァイオリンのことだ
彼の存在を知っていてもちっとも不思議でないし
むしろ・・覚えていない方が不思議なくらい
センセーショナルな天才ヴァイオリンニストだったのだ

14歳で巨匠ヤッシャ・ハイフェッツに認められ
ジュリアードに入学しているが・・戦後間もない頃に
日本の天才少年が辿れる極めて狭い王道が
彼には不運な結果となって
16歳の年に脳障害を患って帰国
そのまま演奏はおろか・・一言も発することもなく
1999年58歳で亡くなってしまったとある

この凄まじくも壮絶な人生は
折々に報道されていながら
それでも・・私は知らなかったことになる

母の歳ほどの諏訪根自子さんが
天才ヴァイオリンニストだったのを知っていながら
同じ世代の彼を知らない
どう考えてみても腑に落ちないのである







彼の演奏を何度も繰り返して聴いた
ヴァイオリンという楽器は
もっとも人声に近いと言われてきたが
この演奏を聴くと・・それを強く感じる
音を演奏しているというよ入り
歌を弾いている・・それも実に情感に満ちてである

緩やかな運弓で少ない音符を演奏することは
超絶技巧で目の回りそうな奏法より難しいかもしれない
驚嘆よりも感動・・15歳の少年には既にそれがあった
今日に比べようもなく稚拙な録音技術の時代に
でも深く胸を打つ演奏である

その運弓の要とも言うべき弓の持ち方で
彼はジュリアードの巨壁に打ちのめされたとも言われる
全身全霊で厳しい養父の稽古に耐えた彼の技術は
ジュリアードの権威でさえ曲げられない高みにいた
それでいて彼だけが意のままにできる技術は
権威への抵抗としか映らなかったんだろか
教えることと習得することの間にある
時に魔物のような執念が悲劇を生んだのかもしれない

渡辺茂夫さんを知らなかったことを深く恥じて
聞けるものを聴いてゆこうと思う





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by touseigama696 | 2018-12-22 16:48 | ●エッセイ | Comments(2)
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今もあるのかどうか知らぬが
昔JTBが発刊する雑誌に「旅」があった
戸塚文子さんは
この雑誌の編集長を務めた
女性編集者の草分け
旅行家としても盛名をはせた

大分昔の話だが
その戸塚さんがテレビでだったか対談で 
こんな話をされたのを覚えている

「私には弟がいます・・学生の頃からそうでしたけど
女の子の私には門限がなくて・・弟にはあったんです
普通と逆でしょ!・・母が決めたんですけど妙でした
それで・・あるとき母に聞いたんです
「何故?」って・・母の答はこうでした

女の子のあなたに門限がないのは
もしあなたが油断して夜遊びしたとしても
そして何かがあったとしても・・それは被害者でしょ
殆ど自分の責任でもあるわけね
でも息子が夜遊びで失敗するとすれば
なるのは加害者
誰かを被害者にする可能性があるから
自分の責任だけではすまないかもしれない
だから厳しくしたの」

この話
単に戸塚家だけの特異なルールとして
面白いお家ねで済ませていい話題じゃない
極く一般的な常識に従うだけでなく
その常識の逆説にも心にとめるべき真理があるかもしれない
両面で考えないと身勝手な結論になりそうだ
モンスターママの出現は・・後のこと
我が子の利益のみを軸にした過保護に偏らないために
戸塚文子さんの母の躾けは心に留めおきたいものだ

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ここまで書いたのは先週のこと
ふと・・このエピソード間違いなく戸塚さんのこと?
記憶違いがないだろか?
最近の私の大脳皮質もガタがきてそうで心配
アマゾンで調べた「ドライ・ママ 戸塚文子」を
急いで取り寄せたら・・今朝届いてた

亡くなって数年後の1962年に書かれた本書
もしかしたらこのエピソードも載っているかと
速攻で速読・・1時間半後には読了
まだできるんだ!・・この速攻の221頁
でも・・マンマでは載っていない

しかし読後感でいえば・・まず記憶に間違いはない
こうした育て方をされる「ママ」だと確信したのだ

「女の子にも経済力を、男の子にも家事能力を、
口には出さなかったがこれが結果的には
ママの教育方針になっていた」

「好きなところへ就職していいよ、何でも
なりたいものになるさ。(私の)借金とこれとは
別だからね。」

どちらも自己責任と自立・・門限と同根の話だ
間違いなく戸塚さんの母のエピソードだと確信できた

蛇足だが・・私が一番感銘した彼女の逆説は
「私が雑然と片づけておいたものを、
おまえは整然と散らかしたな」・・だった

そんなわけで
状況証拠だけで物証はないが
戸塚文子さんの母のエピソードとして
アップすることにしたのだった

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おまけに・・もう一つ思い出す話
我が家の息子が小学生だったころのこと
父兄と先生の懇話会で・・ある母親がこう言った

「うちの息子は・・ほうれん草が食べられません
なので・・お願いがあります」

「どう話せば食べられるようになるか
教えていただけませんか」・・と続くのかと思ったら

「そこでお願いなんですが
給食でほうれん草を使うのをやめてください!」

唖然とした覚えがある
時代としてのモンスターママの出現以前に
個としてのモンスターママを意識した最初のできごとだった





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by touseigama696 | 2018-12-20 13:09 | ●エッセイ | Comments(4)
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地上約140㍍高層マンションの41階
そこが・・彼ら夫婦の隠居所である
隣県にある本宅とここを行き来し
アーバンとカントリーの二種類の日々の使い分け
豊かな老後である

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去年も同じことをしたが
高校時代のクラスメイト三人がそれぞれ妻を伴い
この隠居所にほど近い
月島の馴染のもんじゃ焼きでランチを楽しんだ


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天空の主の手さばきで一年ぶりにもんじゃを味わった
陽射しはあったがやや肌寒い土曜日
鉄板で焼いた魚介や肉と野菜
程よく刻まれてもいて老人の腹には具合がいい
土曜日の昼さがり軒並みのもんじゃ屋さんは賑わっていた


去年もそうだったが座ってみれば
女三人と男三人に分かれてしまい
ここでも私立男子校の悪弊が名残りを晒している
もっとも妻たちも孫の話題の方がましのようでもあった

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目的のひとつは豊洲市場の見学
マンションの眼下に見えるのがその全貌である

天空夫人の心づかいのCake&Coffeeで
暫く男同士の「悪口雑言罵詈讒言」の思い出話に花咲かせ
やがて豊洲市場に初見えの仕儀ともなった

大昔東銀座に通勤していたこともあり
築地時代の市場も馴染みではあった
あの頃だって既に老朽化してた筈だが
豊洲の新市場 直感的には失望だった

無理もない 無秩序な古めかしさは
それが衛生上不適なのは承知で
でもまるで飛行場に来たみたいに
整然としてコンクリートに包まれるのは
想定しない違和感がある
中店の食堂にしてみても
廉価お食べ得の満足感は予期できそうにない

この豊洲が肌に馴染むような印象になるには
きっと50年先の使い古し感が必要だが
コンクリート建築に古代仕上げって技法はなさそうだ

12歳の初対面から64年
少年期・青年期・実年期・老年期
共に古代仕上げに余念のなかった我ら三人
健在でいてくれる妻たちに
せめて復元仕上げの暇と手間賃を献上し
いよいよ美しからんことをである





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by touseigama696 | 2018-12-09 12:15 | ●エッセイ | Comments(0)
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この写真にキャプションつけるなら
『沈思黙考』がいい

近頃
沈思黙考の似合いそうな人間を見かけることは少ない
行動でしか評価を得られない動画的な世の中だからだろうか

だとしても だからこそ
じっくり考え水平線の向こうの見えざる明日を説得する
そうした人物が必要な気がする

いつの世にも・・説得力のない者は動きたがる
だから
国家的な指導者を行動力で評価してはならない
沈思黙考の成果をどう言葉にして説得できるか
言葉で世界を動かせる力なしには
世界を預けることはできないからだ

毎朝の世界のニュースを見ていて
人間同士が争っている間も
自然界は人間を絶滅危惧種たらしめるべく
それこそ沈思黙考で狙っているというのにだ





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by touseigama696 | 2018-12-06 09:59 | ●エッセイ | Comments(4)
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午前3時のコックピット・・おおよそ毎朝の風景
起きてベッドメイクして・・体重測定 血圧測定 着替え
あとは6時半ころの朝食コールまでの間
読んだり書いたり・・気ままに過してる

どちらかと云うと直接照明よりも
ちょっと勿体ないが間接照明が好き
いま欲しいところだけ明るいのがいいのだ

今頃の夜明けは少し冷やりとしているが
パソコンの放熱のお陰でぼんやり温かいのもいい

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1960年代初頭
大学時代の頃だが・・この二冊を必携に
夜行列車でしばしば京都通いをしていた
庭を見にである
学生の趣味としては誠に渋い

何故?と言われて明確な答えはないが
今の京都を歩けば
名刹はいかにも名刹で敷居が高く
縄張りのこちら側しか歩けず見ることも不自由だが
往時の寺にはまだそこまでの構えもなく
極々身近に・・古刹が肌の温みを感じさせてくれていた

伽藍はいうまでもなく
本尊の仏にせよ関わる仏具といい
それらはもの言わず身じろぎもしないが
そうした中で・・庭は往時をそのままに呼吸をしている
庭師が手を貸す仕種を見ていると
床屋さんの椅子に座って亡父が生き返るような思いなのだ

季節が移ろえば・・装いも変わり
暑さ寒さが・・それぞれに別の居心地を醸す
巨石の庭石の9割が地中に埋まり
石組みとして見える景色は・・ほんの僅か
庭は・・作庭の時のままに姿は変わっていない
方丈の端に立てば・・腕組みした小堀遠州が立っている
指図する声が聞こえそうだ

「何度も大きな地震に晒されてきたけど
この庭石・・ピクリともしてないんだよ」
腰掛けられそうな小石も・・堀り起こせば背丈を越える
庭が生き続けるとはそういうことと聞いたのは
深泥の圓通寺でのことだった

大きな筏の水面下に縄で括った巨石を四国から運ぶ
今では考えられない荒仕事だが
それも人知のひとつ・・庭の命も逞しかったようだ

寺門の開くのを待ち・・庭を訪ねて歩いた早朝の京都
あれから半世紀が過ぎたが
圓通寺の石も・・お隣の正伝寺の石組も
たった50年・・微動だにしていないんだろう

激変の世相とは別に・・その動かざる頑固に
どこかで拍手したい気分になるのだ

3時過ぎに起きたいつもの朝・・3時間ほど過ぎた
そろそろ朝食コールがありそうだ
これも動かざること・・いつものままにである





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by touseigama696 | 2018-11-30 06:29 | ●エッセイ | Comments(0)
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この痛み1年ほど前から続いていた
いささか苦痛で医者にかかった
9月末のことだ・・2ヵ月になる

今日・・担当医は「治癒!」と言った
「でも座りっぱなしを避けて・・30分に一度は
立ち上がったりして姿勢を変えてくださいよ
再発防止だからね」

まるで腰痛のように思われるかもしれない
どっこい違っていた・・我が人生初めての疾病
何と・・診断名は褥瘡だったのだ
これでジョクソウと読み・・床ずれのことである

尾てい骨のすぐ下あたり
最盛期には座るのも厄介なほど痛かった
しかし・・あせもを化膿させたくらいにしか考えず
褥瘡とは正に想定外だった

普通は・・長期にわたって寝込み
体位変換ができないか・・怠ったりするとできる
ふり返ってみても
寝込むどころか・・夢中で仕事した去年の慌ただしさ
床ずれとは・・誤解を生みそうな話じゃないか

しかし・・待てよ!
あの必死の秋が床ずれの原因になるとすれば
理由はひとつで・・納得するかもしれないのだ
つまり
寝(ね)込んだではなく・・座(ざ)込んだ(こんな言葉ない?)

去年の6月
新宿柿傳ギャラリーで個展を開催させていただいた
出品した100点余りを作るのに・・1年半を費やしたが
会期後の追加のご依頼は60点ほど
それも3カ月以内を心がけたから
そこから先は・・座込みだった

ロクロを挽く時間は立ったり座ったりだが
糸を貼りだしたら・・殆ど身動きもしない
座りっぱなしは連日早朝~深夜に及んだ
真夏の盛りでもあり・・あせももできたはず
きっとあれが・・床ずれの原因だったに違いない

しかし・・もしそうだとして
一所懸命仕事してできた床ずれは
暇座りでできるより・・遥かに有難いことである
褥瘡ができるほどの・・あの集中と根気は
もしかしたら・・今では自信ないかもしれない
してみると
僅かに残っている褥瘡痛・・治さずにおこうか
せめて自戒の目印に


写真のボートは・・シングルスカル
これならお尻が滑るから・・床ずれなしかな?
こじつけの写真でした




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by touseigama696 | 2018-11-28 23:27 | ●エッセイ | Comments(2)

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写真を撮るとき・・ふと思うこと
薔薇が薔薇であるために
花弁のシルエットの全てが鮮明である必要はない
狙いすました数本のラインが
オブラート1枚の薄いスライスの中で
鋭く自我を主張してくれたら
薔薇は薔薇以外の何にも変身したりはしない

茫洋としたソフトフォーカスの厚みの中に
オブラート1枚のピントをつくる
それが薔薇の薔薇たるコアなのだ
もしかしたら・・人間の生き方にも言えそう

1枚のオブラートが作れれば
あとはぼんやりしてる方が多分暖かいよ





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by touseigama696 | 2018-11-19 06:09 | ●エッセイ | Comments(2)
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この写真は・・グーグルでたどり着いたパリの路地裏
住所を辿ったら・・何やら雰囲気に見覚えのある一角に出た
左上にPIZZAの看板のある店の下
赤いドアーが住所とほぼ一致したのだ
54 Rue des Acacias Paris 17e
Bar Etoileバー・エトワール
そのバーがここにあったことになる
1970年・・48年前の話である

バー・エトワールは
我々が欧州を取材する時の兵站基地
ここからワンブロックにあった
typical木賃タイプのスターホテルに滞在して
このバーで経営者のルリ子・エミ子姉妹の世話になり
アジの開きに白米のご飯だの・・熱燗の日本酒だの
夜ごと癒しては貧乏旅行に耐えたのだった

取材途中で体調を壊し1週間ほど
クルーから外れてスターホテルに逼塞していた私は
バーの常連で・・女性カメラマンの広〇さんから
「気晴らしに買い物でも行く?」と誘われた
連れていってくれたのがルイヴィトン
シャンゼリーゼの日航の近くにあった店は
とても静かで丁寧な応対
日本人お断り騒ぎはまだ先のこと
初めて見るモノグラムにジャポニカを感じながら
それでも妻と母に幾つか土産を買ったのだが
広〇さんは
「日本人で今これ使ってるの岸恵子さんとデヴィ夫人くらいかな
でもね来年はきっとブームになるわよ」

本当にそうなってびっくり
あっという間に日本を席捲してしまった
渡したときはあまり喜んでる風でなかった妻と母が
急に使い始めて笑ったのを思い出す
もしかして妻は・・岸恵子さんとデヴィ夫人に次いで三人目?
そうかも・・と思うことにした

さてこのバー・エトワールでの忘れられない出来事が
もう一つある
広〇さんとの買い物デートの後
54番地の店に戻ったら・・エミ子さんが
「ニュースでね三島由紀夫さんが死んだんだって
詳しいこと判らないけど・・明日新聞が届けばね
どうしたんだろ?」
日本を留守していてはピンとこない話だったが
翌朝 日本からの新聞を見て仰天した
そこには目を覆う写真が載っていたからだ
脳天を蹴られたようなショックだった

昭和45年11月25日
あと一週間であれから48年になる
45歳で自決した天才作家
存命なら93歳
もしかしたらノーベル賞だったろうか

あのとき以来 パリに行ったことはない
それ以前に同じパリに行くための機内で心臓発作を起こし
アラスカで1ヵ月の入院を強いられ
その後遺症の心臓神経症に悩まされる8年の憂鬱が
既に始まっていたから・・これが最後のパリになったのだ
忘れられない11月25日である




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by touseigama696 | 2018-11-18 06:31 | ●エッセイ | Comments(0)
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アマゾンでこの本を見つけ・・取り寄せました
実は・・魂胆あってのことです

もう30年になると思いますが・・当時
ヨーロッパの城とか寺院を点描するのが趣味でした


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例えば・・こんな風にです
これはファティマの教会(ポルトガル)
初期の頃の作品で・・未だ曖昧な描き方ですが
ここら辺からはまって・・夢中になったものです

材料・道具となると
大き目な画紙と0.1㎜の油性サインペンだけ
あとは丹念にコツコツと叩いて描いてゆきます
点描による陰陽だけで表現するので
色彩は使いません

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これは1989年に描いた・・ローマのコロシアム
1㌢四方あたりの打ち込み数が・・数百回ともなり
かなり緻密に陰陽が表現できるようになったころです


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1992年に描いたミラノのドゥオーモ
ゴシック建築の最高峰とも言われる教会ですが
これを描いたのが最後でした

描き終えれば色止めのスプレーを吹きますが
描いてる最中に汗でも落ちれば滲んで・・アウト!
ですから・・上から下に向かって描きます
描いたところに触れずに続けるためです
写真を見ながらの作業・・全体の陰の濃さを考え
明暗のバランスを壊さないように・・気をつけたものでした

これは病院事務長時代の趣味でしたから
朝から晩まで描いてるわけにゆかず
45㌢×35㌢ほどの大き目な画紙に
完成までに1年近くかかったのを覚えています


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上記の本に出ている・・フランスのシャンボール城
当時既に描いたことがあるのですが
今では手許にありません・・描けばきれいな城なので
もう一度描いてみようかな!・・そう思い始めています

工房を改造して・・独りだけのアトリエに直しましたので
少しスペースが楽になりそうです
陶芸だけで毎日フルタイムで仕事したら
身体が持ちそうにないし・・それだけの需要もない筈

でも工房で一日のんびり過ごすには
趣味の復活も悪くないなと・・それが魂胆です
点描画・・俳句・・キャンバス・アート
時間をつなぐブリッジになってくれればと
密かに準備中というわけです

「所ジョージ式桃青窯秋山ベース」・・づくりとでも





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by touseigama696 | 2018-11-12 09:54 | ●エッセイ | Comments(6)
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工房で見るともなく・・聞くともなく
点けっぱなしのテレビが報じてた悲劇

高齢のご夫婦が・・松茸を取りに山に入った
詳しいことは判らなかったが
何かの理由で遭難してしまったらしい
結果として・・妻は
乗って来た車の近くで遺体となって発見された
そしてその日の午後・・夫も
少し離れた場所でやはり遺体で見つかった
車があったのだから
車中で救助を待てなかったんだろうか?
今となっては・・確かめようもない

この事故の報道を聞きながら・・ふと思い出すことがあった
遠い昔・・テレビの番組作りをしていたころ
一緒に取材して歩いたカメラマンのSさんから聞いた話である


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彼はカメラマンが本職だが
同じくらいのプロレベルでアルピニストでもあった
屈強な身体と極めてタフなメンタルの持主で
重い器材をホイッと肩に乗せ
一直線に被写体に近づく歯切れ良さは
実に頼りがいのあるカメラマンだった

彼の話とは・・こうだ
いつだったか冬山で遭難したカップルがいた
ホワイトアウトに巻き込まれ・・道を見失って斜面を滑落した
下手に動けばますます位置が判らなくなる
ふたりとも冬登山の経験者だったから
まず大きな樹の下に雪洞を穿って身を入れた
体温の確保が大事なのだそうだ

夜明けを待って・・彼は彼女にこう告げた
「君はここでじっとしてろ
おれは沢を登って助けを探してくる」

やがて道を見つけ救援隊とも出会えた・・ところが
案内して雪洞に戻ったら・・不幸なことに雪洞が潰れ
彼女は凍死していたという

この事故が報じられ・・彼は世論に叩かれた
大事な恋人を一人残して助かるなんて・・なんて非情な男なんだ
彼女がどんなに不安だったか・・思いやりってもんがない!
概ねそんな批判だったらしい
カメラマンのSさんは・・こう言った

「もし冬山でカップルが遭難したら
このとき彼がとった行動は正しいんだよ
二人とも助かろうとしたら・・これしかない

お互いがどんなに能力が髙くても
生死を分ける危機の時には
男女の特性を無視して同じことをすれば
二人とも死ぬ

この場合での男女の特性ってのはね
男の瞬発力・・女の持久力
平たく言えば・・筋肉と脂肪でもいい

男が急いで助けを探すのは
筋力のあるうちに瞬発力を活かすためで
女がじっとしてるのは
無駄に筋肉を使って燃料の脂肪を消耗しないためだ

冬山では
男は止まれば死に・・女は動けば死ぬ
それが掟なのかもな

だから・・慌ててふたりで沢を登るのも
心細くさせないために彼が彼女に寄り添うのも
どちらも間違いなんだよ
この場合での平等な行為は
ふたりが助かるために非情を情とする決断なんだ
結果は悲運だったが・・したことは正しい
きっと生き残った彼は・・そう思いつつも
忸怩たる思いに苛まれたにちがいないが
世間には理解してもらえない悲劇だったんだろね」

この話・・聞いたのは40年も昔のこと
今の冬山でも同じなのか・・確信はない

それでいて
松茸採りの老夫婦の事故で
妻は車の傍に倒れ・・夫が少し離れたところで死んだ
この様子を聞いたとき
もしかして・・二人はSさん説で行動したのかな
ふとそんな気がしたのだ

車内でじっとしてろよと言われた妻が
車の外で死んだのは・・夫を心配して佇み
その夫は・・さすがに老いには勝てず
遠くまでは助けを求められなかった無念の死

夫婦の間にあった情愛は
遠いか近いかでもなく
危険か安全かでもない
おれにできること
わたしにできること
それが等量でも等質でなくても
結果で評価されるべきことじゃない

男女平等の喧しい時代だが
男と女には・・応分の違いはある
同じことをすれば・・違いがでるが
違うことをすれば・・互いが生きる
手にする利益が同じなら・・それも平等ではないか

男女それぞれの特質を・・相互に尊重し
敬意を払って共存することが
男女平等の本質のような気がするのだが・・

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あんなに強靭な肉体を持ち
重いムービーカメラを抱えて
平然と山野を駆け巡ったSさん

実はもうこの世にいない
山に敗れたわけじゃない
私よりたった一歳上だけだというのに
難病に取りつかれて逝ってしまった

数年前
未亡人の申し出で・・骨壺を作らせていただいたが
カメラを入れるほどに大きくはない
今頃・・身一つで岩山でも登攀しているんだろか?







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by touseigama696 | 2018-11-09 12:55 | ●エッセイ | Comments(8)