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2019年 08月 13日 ( 1 )

ロクロ技術の右と左

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以下5枚の写真は
生粘土で器をロクロ挽きし 然るべく乾燥させた後に
粗削り 仕上げ削りを行い
 きれいに清拭した素焼き待ちのもの


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「ロクロ技術の右と左」と題した右と左の意味は
こんな切り口のつもりである

ロクロは基本的には
円運動を利用して丸いものを作る道具
言い方を変えれば丸いものしかできないとも言える
真円はロクロの頂点であり同時に限界でもある

そのことを頭に置いて考えるロクロの右は
限りなく真円なものを作ることで
もう一方の左は
その真円を外して歪みを加える作り方である

どちらも技術である
でありながら
ロクロ技術を身に着ける段階では
下手な間は「左」で経験を積んで「右」になる
しかし
上手くなって「右」の領域に近づく頃
無性にそれが嫌になる
真円はつまらない そんな気分に襲われる
俗に云えば「崩した挽き方」
真円を避ける手つきを覚えて
非対称の器を作りたくなるのである

うまくゆけば味があるなどと評判をとることもあるが
下手の言い訳に終わることだってあるのだ


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少し乱暴な言い方かもしれないが
土の性質と釉薬で完成させようとすると「左」に傾き
加飾で作品にしたい場合は「右」を好むとでも云えようか

土と釉薬の場合 掛けた釉が形状に影響され
厚く発色したり流れたり歪みがもたらす変化が生きる
同じ器面に絵や紋様で加飾しようとすれば
紋様のシルエットが綺麗なラインを描けず
いびつな鏡に映った花になってしまう


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そうした経験を沢山積んだ上で
自分のロクロが何を狙うのか
技術以上の必要に迫られて
変貌を遂げてゆくことになり
ロクロに向かう姿勢が変わってくる
右と左の問題ではない
つまり作品全体に関わる形としてのロクロ
そこがど真ん中だと解って来たような気がする

私の場合で言えば
今向かっているロクロは限りなく真円に近く 
シルエットに微塵の破たんを見せず
無傷にすっきりとして軽やかな姿でいてほしい
それが願いのロクロである


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以前のように
日に100個200個を厭わずはもう遠い
5個10個の日々でも
後に貼った糸がすっきりと抜ける表情がほしい

このところの日々を見ていると
実に寡作な作家になってしまったようだ
でも
納得のゆく作品を作るには
最早量産は無理だと思うようにもなったのである


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これもロクロで挽いたものです



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by touseigama696 | 2019-08-13 16:10 | ○陶芸雑感 | Comments(2)

50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・


by touseigama696