蝉しぐれ

深として窯にひとなし蝉しぐれ　　哲郎しんとしてかまにひとなしせみしぐれ


古い句帳で見つけた拙句今となれば何年前の話だったか定かに非ず多分何度も通った益子でのことだと思うあそこには濱田庄司さんの今は焚くこともない登り窯が明日にでも焚けそうな装いのまま眠っている平日ならほとんど人影もない
きっとそんな日を綴った一句
鬱蒼とした木立の中でひとしきり蝉しぐれに洗われて「閑かさや岩に染みいる蝉の声」芭蕉きっとあの閑けさを味わった日のことだ
直ぐ目の前の組合で粘土や釉剤などを仕入れるためだがその帰りにここによって遥かなる名手の往年に浸るのも悪くない
この蓋板をめくれば濱田さんの轆轤

初心のころに窯の火をおとした早朝少し仮眠してから益子・笠間に出向くのは定番の気晴らしだった
「窯を焚いたらなるべく窯から離れろ扉を開けたくなる誘惑から逃げるならこれが一番」加藤唐九郎さんの随筆にあった一節お世話になったひとことである
火を落とした登り窯は周辺の物音を吸収して例えようのない閑けさを醸す帰宅するころには前夜の窯焚きの興奮は収まっているのだった
私の親父が愛用した濱田さんの湯呑み

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