半ば泥みて半ば泥まず

　「名碗は語る」林屋晴三著　世界文化社

還暦を間近かに手を染めたやきもので20年足らずで2万個超の茶碗を挽いた陶芸家がいた三重の偉才川喜多半泥子である素封家の当代でありながら銀行家であり政治家でもあったそれでいてそのどれをも凌駕するほどに稀代の陶芸家でもあったのだ
彼の号半泥子は「半ば泥（なず）みて半ば泥（なず）まず」が元で京都の名刹の住職から授かったもののようだ今に熱中する性分ゆえ何ごとにせよ半ばでほどほどにが良かろうの意味だ
なるほどなのは2万個が意味するものにある改めて↑の写真をご覧いただきたい
「2万個挽いてこれですか？」少しロクロを挽く方ならお判りだろうが要するに決して巧いとは思えないのだしかしそれならなぜに現代の数寄者として盛名を発しておられた林屋晴三氏の著書に近現代の茶碗の先達こそ半泥子とまで書かれる所以は奈辺にありやだが実はそこに半泥子の真骨頂がある

つまりなにひとつ教えずとも2万個挽けば誰だってそこそこ巧くなる職人さんたちが育つ道でもあるからだそれでいて巧くないとしたら才能の問題ではない巧くなるまいという強い意志が働いたからだ手慣れで挽く技巧を排し自らのこころに添う形とその精神にのみ手を止めてシッピキをかけたのだ
ひとの気持ちを惹きつける茶碗を作りたい
俗に云えば「ヘタうま」であるヘタでも忘れがたい魅力ってやつだあと一手で巧い器になるは不要なのだ
これはもう技術ではない哲学というべき掟なのだ
半泥子の茶碗だけを数揃えた展覧会を見たことがある二、三客とは全く違って見えるたった今ロクロで挽いているかのように動いてるしあと一手を見据えている惹きつけられるとはきっとこれだそして
これこそ「遊びごころ」の極致かもしれない決して座興の遊びではない手慣れの共感を求めず信念としてのヘタうまを並べ尽くして揺るぎない共振に誘う閑さ深い感銘に浸ったのを思い出す
更に感銘を受けるのは周辺の方々の伝聞によれば半泥子さんは極めて研究熱心な探求者であり一方で彼の茶碗は使わなければ解らないという用途への回帰を促すリアリティーを失っていないことだ
それでいて・・それでいてであるが彼はその2万個の茶碗をひとつも売っていない喜ぶひとに無償で譲っていたのだ突き抜けた本気は衝動ではない微動だにしない哲学が長い時間を支えてきたのだ
「ヘタうま」「遊びごころ」
滅多に口にするのはやめた

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