転ばぬ先の杖

「腐っても鯛」50数年前しんまい社員が自腹で買った最初の車がこのおんぼろセドリックだった
ただおんぼろとはいえ当時としては社長車以外には滅多に装備されてない冷房装置がついていたウィンドウに「冷房」のシールが貼ってあるこれ見よがしの「あれ」である真夏に窓を閉めて走る権利つきというわけそれがウリで知人から半ば強制的に押しつけられて買った車だった
短い期間だったが新婚の妻の涼し気な横顔と共に
腐った鯛の有難みが懐かしいあの年　湘南の海は暑かった


こっちはつい数年前に買っておきながらそれより一寸あとの数年前に処分した私の最後の一台である
ポンコツで始まって軽自動車で終わった私のカーライフ仕事がら早朝深夜に耐えるため殆ど電車知らずの車移動だったから何台も乗り換えてはきたがあくまでも手段であって趣味ではなかった
軽自動車の一台前に大き目のワンボックスに乗ったがその取り回しに苦労を感じる力不足を知って運転キャリアの終焉の程遠からずを感じたが

2年前の春車からの撤退は自らの意志で決めるべきと
強く意識した事件が起きた
元工業技術院の院長に関わる目下係争中の事故である最愛の妻と共に幼い娘をも失った夫の無残無念
自分がこの事故の加害的当事者だったら・・
報道に触れる度に心底恐怖に襲われたこの事故発生後明らかに自分の運転に忍び寄る不安を強く意識するようになった
誰にでも起こりそうな悪意なき不注意も悪意がなければ咎めずでは済まないほどに重大な結末の中に放りこまれるその時人間は絶対に正義を貫けるか？自信を持って答えられる人は多くないはずだ不注意には悪意を持たないと云えても結果から逃避して悪意にすり替わることは事故の瞬間の千分の一秒で起こり得る
逃げたら終わり　嘘ついても終わりこの後悔をせずに安堵の寿命を願うならどこかで自ら運転を放棄し免許証を返納するしかないこれは規則の問題ではない自覚の問題なのだ
その気も悪意もなかったとしても只々一瞬の惑いで奈落に落ちるその忸怩の惨めさを相応の年配者たちに深刻に考えさせる事故だった
来年80歳の私1964年に取った私の運転免許証は来年の更新で60年になるこの間速度違反や駐車違反幾つかの規則違反で切符を切られたが物損・人身に関わる違反はせずに済んだ殆ど毎日を車で通勤していたことを思うと無事故は何よりの幸運だった
残された余命にこの種の悔いは残したくない来年の更新はせずに歩いて過ごす人生に戻ろうそう決心して日々少しづつではあるが歩いている
たった今も殆ど車には乗らず必要なら妻の車に乗せて貰う日々である不便はある　しかしあの慚愧に勝る不便などありばしない
正義に近づく最善の道は悪事から遠のくことだ
転ばぬ先の杖平たく言えばこれに尽きる


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