「釉」に想う

「釉掛け」つまり素焼きの土器同然に釉（うわぐすり）を掛け炉内の1200度超で15時間（私の場合）ほどの焼成器体の表面をガラス化することで器を丈夫にし水分の浸透を防ぎ器に長い命を与える妙薬が釉薬なのです加飾にもなりつつしかしそれに止まる作用ではありません器の性格にも関わってくる大事なのです
一般的には大きな甕に入れた釉薬に器を浸して塗布するのが馴染み深い方法ですが他にないわけじゃありません筆で塗るのも　柄杓で浴びせるのもひとつの方法ですがこうしてスプレーガンを使う噴霧塗布も知られた手段です私の仕事は殆どガンを使っています



その理由は他の方法では難しい限りなく薄く釉の被膜を作りたいからです

吹きつける前はこんな感じですが


吹きつけるとこうなりますそれでも下の色も紋様も微かに浮かんでいます甕にどっぷり漬けるズブ掛けにすれば殆ど真っ白に見えるほど厚くなります
予めレジメにしておくと「釉薬が厚いと光るが　厚けりゃ汚れない薄けりゃ光らないが　薄いと汚れる」
これがキーワードです


茄子紺とは云え使えば見込みには様々な料理が盛られますからもし何もしなければ油や醤油などで僅かに汚れる可能性がありますそれを避けて表面がキラキラするほどに光沢をつければ汚れは入ってきません光沢はガラスと同じなので撥ねつけてくれるのです
この糸抜き茄子紺の麦藁手は紋様の細かさと茄子紺の濃紺のお陰で汚れには強いからガラス化させる度合いはなるべく低くして出来るだけ光らせずさり気ない品性の確保に気を使いたいのが作家の本音ためにズブ掛けをせずにスプレーで薄目を狙っているのです
ところが　この作品の場合なら薄く掛けさえすれば多分望みが叶うでしょうが自分で企てたこととはいえ「汚れ」と「光り」の加減が相反する器を作ってしまうことがあります


汚れに弱い白の部分と光らせたくない黑の部分「汚さずに且つ光らせない」その手段は？
つい先日多少複雑ですができなくはないのでその準備をしながら間違えてえらく手間取りました


線紋を施した部分は黒地に白い化粧土噴霧緑色のテープを貼った部分は黒地に更に黒の絵具を塗る予定でマスクしました
この状態で線紋部分に釉薬を薄くスプレー掛けした後緑色のテープを外して黒地の上に黑絵具を筆差しする
これで汚れない白と光らない黑が手に入るのです最初からの段取りをちゃんと整理して複雑でも間違いなく運べば予定した成果が叶ったはずですがひとつ躓くとえらいことになり思いがけないやり直しを迫られたのでした


さりながら釉薬を薄い厚いだけで論ずるのは無意味大事なことは釉薬の性質を知って　自分の望む表現にどうつなぐかが大事です
これは自作の天目釉を厚くズブ掛けして弱還元のガス窯で焼いたものですこの釉薬を紋様を浮かすために使うつもりはありません何もせずにこの漆黒の輝きがあればそれで充分丁寧にロクロを挽いて形に少しでも品性を残せればあとは天目が与えてくれる美しさです表現とは　何かをすることだけではなく何をしないかを含めた決断であるべきです
料理を盛って微塵も汚れず　この輝きが箸をつける料理の瞬間を照らしてくれそうです
陶工が板前に捧げる深甚なる敬意とでもそれだけで充分です


一方これは市販されている黑のマット釉で焼いた花入れですレシピは判りませんがカオリンなどを入れて光沢を排除したマットかもこれはこれで日々の使い勝手が気楽そう使うほどに僅かに黑から離れ瓦のような錆びを見せてくれます
教室が繁忙だったころ新しいことへの挑戦とばかりこの黑マット釉に様々な別釉を重ね掛けして流れや混色を試す材料として活躍した黑で黒子みたいな黒釉
色々楽しませてもらったものです


最後に最近多用するHus-10の黒色絵具と黒素地のグラデーションによる線紋の茶碗今は殆どこのタイプを作ります光らせない黑ですが汚れない黑でもあります


新宿柿傳ギャラリーの個展で使ったお気に入りの写真です

昨日焚いた窯が冷えるのを待つ間久しぶりに自室コックピットに落ち着きPCに向き合ったら今日もまたこんな長文になってしまいましたご迷惑な話しだったに違いありません

しかし最近少々老いを感じる歳にもなり自重して丁寧に過しながら　それでもやがて遠ざかる日のくるのを予感し
やきものに関する僅かな経験を整理しながら同好の仲間になにかお役に立つことがあればと願うものもあります一日も早いコロナ禍を逃れ安心して過ごせる世の中の再来をこころから願っています

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