火に祈る

これもひとえに個人的な癖だろうが何ごとにせよ私は大詰めらしき頃合に自分の仕事場を片付け始めることが多いそれも一つの気分転換でもあるからだ
昨日の午後さて明日から窯詰めの準備にかかるか・・と決め終日座り続けた作業台周辺をきれいにした大掃除というほどではないがそれでも小ざっぱりしてその気になるのだ

陶芸はその最後に窯の火の洗礼を受けねばならない陶工がどんなに丹精込めようが火は極めて直截にダメ出しを告げる歪み・割れ・切れ・潰れ・破裂無残な結果に憐憫の情はない一方で巧く作ればそれも簡潔に認めるそして全ては自己責任だと教えるのだ
およそ忖度とは無縁の世界大詰めをいかに差配するかどんなに慎重にしても過ぎることはない

美術工芸に関わるそれぞれの専門領域にはそれなりの空気があるだろうが個人技なればの自立は避けて通れない仕事の最後に座り直すのは九割九分に残った一分の怖さへの
祈りみたいなものかもしれない

年々歳々僅かであっても技術は進歩してる筈だと思いながらも同じ作業に費やす時間は大して短くはならない
贔屓目に云えば巧くなった分丁寧にしようとするからかな

しかしこの「丁寧」は曲者でもある「丁寧」と「過度」の間の線引きは難しい
願った調子のでない作品を眺めながら時々感じるものは「もしかしたらやり過ぎ？」これだ丁寧はあっさりやらねばならぬ足し算を否定する根拠はここにもある

バリの補修をしながら次の窯では顔料塗布の筆数をひとつ減らして焼いてみようそう思うのだがテスト抜きのひと窯は少々躊躇う次回こそ豆窯でテストだ

この10枚のコンテナにはおよそ80個の作品が入れてある明日釉薬を吹きつけて明後日に火を入れる予定なのだ

2月にオファーがあってから2ヶ月半日常的な器が殆どだからロクロ挽くだけなら左程の時間はいらないが糸抜きの加飾はそうはいかない一日かけて数枚しか・・もある

それでもこれでいいと思いきれるものは多くない今日送り出した作品は昨日のものよりまだ少しましだとしてそうだとしたら一昨日のあれはもっと恥ずかしいことになり後年名を為した名工が大抵口にするあのセリフ
「昔買っていただいたあの作品　新作と交換してくれません？」あんがい作家の真実の声なのだ
だが大抵断られるらしい「若い頃の下手な作品の方が話のタネになるからね！」ここでも忖度はないのである

明日は一日掛かりの釉掛けになるコンプレッサーの音の傍でマスクをしながらの吹きつけ以前にはあまり好きでないマスクだったが今は違う　この1年でマスクに慣れたからだ

無事に焼けてほしいここだけは祈るしかないそういう世界なのである

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