60年と15秒

昨日の続き・・濱田庄司さんにまつわる有名な伝説があるその物語の背景になる写真を探していたら何と50年近く前の録画に収録されていたそこで早速だが動画から一部をお借りして今夜はその伝説について書いてみることにした


この一条の黑線が物語の主題である大皿に柄杓ですくった釉薬を流し掛けて線紋を描いたところである
ここから昨日ご紹介したお弟子さんの瀧田さんが書いた記述にふれてみよう
濱田さんが得意としてきた釉の流し掛けを見学したいという依頼があったどうやらそれが外国の客人であった承知してご覧にいれることになったここから瀧田さんはこう書いている

「柄杓に汲みとった釉を上から流しながら巧みに壺や皿に意匠としてとらえる手法で素早く釉の流動をとらえねばならない簡単なようだが熟達を要するものであるまず大皿を地面に置いて1ﾒｰﾄﾙほど向うから柄杓の釉を滴らしながら一気に大皿の上を引っ張り描く躊躇いもなくまさにアッと言う間に仕上げる
ご覧になった客は濱田さんにこう質問したという「これほどの大作にたった15秒ほどでは物足りないのでは？」
実はこの伝説諸説があって私が聞いていた伝聞によれば少々下世話な話だが
だから諸説が生まれたのだろうか
「あっという間の15秒で完成となるとこのお皿の値段結構お高いんですね」質問はこうだったという説だ真偽のほどは定かではないが瀧田さんの気遣いによるペンの遠慮を想像し外国人の客でもあれば
この方がリアリティーがありそうだ
しかし大事なのはそこではないこれに対する濱田さんの答えはこうだった
「なるほど確かに・・ただお見せしたのは15秒ほどですが私はこれを習得するまでに加えて60年を費やしましただから60年と15秒
それがお見せした技法なんです」互いに充分理解し合えたとか


昨日書いたことにつながる気がするのは柄杓一本の仕事で15秒で見せられるとなれば真似事なら誰にでもできるかもしれないしかしそれがいいものを生むには60年の加算が要るそういうことではなかろうか

実は動画をカメラで撮ったのがこれ速くて画面中央では撮れない左下の丸いものが柄杓でそのへりから細く流しながらほぼ一瞬で流し抜かないと1カ所にドボッとこぼれるだけである
かつて柄杓を持って庭で試したことがあるが到底線状になどなってはくれなかった60年加算の意味も十分理解できることなのだ
自分にできた技術なら他の誰かにもできるしかしそれを60年継続して繰り返す努力は技術ではない仕事を頭から手に下ろし数の言い分に耳を傾けるそのひたむきがあればもしかしたら釉の流し掛けも
身につけられるかもしれないそのひたむきな60年を濱田さんは教えようとしていたに違いない
瀧田さんの著書の表題は「昨日在庵　今日不在」である濱田さんの好んで揮毫する二行だが三行目に「明日他行」として異郷に旅立たれたとか
「昨日はいたけど　今日は留守そして明日はどこへやら」
天上でゆっくりと自粛しながら
悠久の時間を惜しみなく投じて今もなおいいものを作ろとして研鑽一途ではなかろうか

杉浦澄子著　「陶芸家との対談」（下）雄山閣　1975　　　　　　　　　　　　　　からお借りした写真です

お借りした別の写真でこの流し描きによる大皿をご覧にいれようこれは大筆で描いたものではない柄杓の縁から伝わるように流したもの曲げたり細くしたりその自在な力強さは見せるには15秒でも
身につけるには60年かかっても不思議ではない

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