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籠城の秘策?


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そもそもは不遇のGW突入寸前に
一通の絵葉書を頂いたことから始まった

特段に用件があってのことではなく
久しぶりの時を経て
「コロナ見舞いだけど元気?」と書いてくれている
差出人は地元の旧友で
一目も二目も置く建築家の栗生明クンである
今や日本の建築の重鎮のひとり
平等院の宝物館「鳳翔館」を設計したのが彼で
日本芸術院賞を受賞している

多忙な筈の彼が少し年長の私に
さり気なくコロナ騒動を気遣ってくれるのが
この上なく嬉しくて
そうか籠城を余儀なくされた今だからこそ
日頃の無沙汰を詫びて
少し思いを込めた手紙を書き送るには
絶好の機会ではないかと思い立った
最初の一通は勿論栗生クン宛である


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毎年の賀状に拘らず
風の便りがあったりなかったり
アドレス帳をめくりながら
気になる友人をみつけて10通ほど書いた
顔を思い浮かべながらのよしなしことなど
たまにはゆっくりとこれもありだ
おまけに
丁度残っていた大皿の写真などを用いて
陶芸家であることを思い出してもらう機会でもある


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GWが明けた昨日何通かの返信が届いた
籠城は私だけではなさそうだ
そのせいでいち早くの返信のような気もする
それも嬉しい


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その中の一通
中高の同級生近藤達也クンの末尾を読んで
慌てて裏がえした


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何と絵葉書ではなく
古い写真を葉書に仕立て直してあり
末尾にこう書いてある
「これは昭和34年5月の修学旅行
高崎山でのスナップで君と私です」

この時のことは今でも覚えている
いきなり猿に飛びつかれ
餌を強奪された一瞬だったのだ
大きい声で言うのは何ですが
案外可愛いでしょ(笑)
16歳ですもんね
あのころ喜寿77歳なんて
想像もしませんでしたね


昭和34年 61年前の今頃
ふたりは高校2年の春だった
やはり時代は隠せない
生真面目に学ランと制帽である
修学旅行とはいえ汽車バス船を乗り継いで
九州・奈良・京都と一週間がかりの旅
行きの長崎までは汽車で25時間
新幹線だの飛行機だのを使う今どきとは
大違いの難行苦行なのだった
わざわざ手のかかることをしてくれて
やはり少年期からのつきあいは有難い

母校では近藤クンは大秀才のひとりで
去年までのおよそ10年を
「独立行政法人医薬品医療機器総合機構」と
まるでジュゲムみたいな組織の理事長だった
通称PMDAをパンダと読ませたのは理事長だと聞いた

名称の柔らかさとはおよそかけ離れて
日本の薬事行政の頂点に立つ組織で
もしも
去年リタイアした彼が今現職だったら
このウィルス騒動にどう対処したか
同級生としてはかなり興味深いものがあるが
同時に体が無事では済むまいと安堵することでもある


「グチャグチャな組織だから引き受けたのです」
近藤は「少し調べて即決した」と言った
PMDAの状況を把握してもなお 
いや把握したからこそ即決したのだ
一体なぜ? 彼は楽しい出来事を思い出すように
笑って話を続ける

「強い野球チームの監督より最下位のチームの監督の方が
面白いでしょう しかも国内は勿論
世界にも影響を与える可能性を持つ組織の
立て直しがミッションだと知って血が騒ぎました
マイナスからのスタートだから気も楽です
打診はむしろグッドニュースでした」

↓に彼へのインタビュー記事をリンクしてみたが
その中で彼はそう言っている
今問題になっているトップリーダーの責任論
最下位チームを率いて試合をしようとしたら
責任を背負わずには一試合も戦えまい
血が騒ぐとはそうした強い覚悟あってのことなのだ

それでいて思い出すことがある
クラス会の宴席でのこと
医師といえどもオペが必要な病になることもある
その時近藤クンが漏らした一言
「怖いよぉ~!」だったとか
彼の専門は脳神経外科である

報道によれば
近藤クンの理事長就任は
当時の舛添要一厚生労働大臣の任命だったとか
毀誉褒貶それも色々だが
「次の理事長は現職の医師から選ぶ」
厚労大臣はそう言って彼を選んだのだそうだ
けだし慧眼であったと私は思う

栗生クンがくれた絵葉書のsay helloから
思いがけない旧交への水遣りができた
自重籠城はまだ簡単には解放されそうにない

ならば夕食後のひととき
遠い日の思い出を探って
ペンを持って便せんやはがきに向かい
忘れた漢字などを思い出しながら
初夏の夜更かしなど如何だろうか
わざとらしい医療陣賛歌のドンちゃんテレビより
ほっとするものがあるように思えるのだ



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Commented by BBpinevalley at 2020-05-09 07:13
絵葉書を書く、、、いいアイデアですね。
以前は楽しみにしていた時間です。
旅先では、絵葉書に向かって友に語りかけるのは、特にくつろげる時間でした。
いつの間に消えたか、あの時間----

高校2年生でもう随分お背が高かったのですね。
猿も飛び上がるのが大変だったことでしょう。
制服も特注のおあつらえ?

Commented by touseigama696 at 2020-05-10 00:27
BBpinevalleyさん
ありがとうございます
手紙書くってこの期間ならではと
自分でも好い思いつきだったと
思っています まだ続けています

この年齢のころは183センチでした
今は縮んで179センチくらい(苦笑)
学ランはオーダーでした(笑)
不経済でしたね 大学に行くころになって
新宿の伊勢丹が大きなサイズのコーナーを
作ってくれて既製品が着られるようになりました

Commented by PochiPochi-2-s at 2020-05-10 15:06
こんにちは。
この期間にせっせとはがきを書いて旧交を温める。
いいですね。
私もはがきが好きです。
若い人や同じ年の人たちとはどうしてもLINEやメールが便利なので
ついそうなりますが、基本的には手紙やはがきが好きです。
出すのも貰うのも。そこに余韻のようなものがあるように思えて。
そして90歳前後の高齢の人たちは断然葉書派が多いです。
行間を読む楽しみもあります。またはがきを書きたくなりました。

学生服姿の写真を見ながら昔はそうだったなぁと思っていました。
お写真は修学旅行の時のものだとのことですが、私の従兄弟(s.19生)も
いつもどんな時でも学生服を着ていました。たとえ家族で近場に花見
に行く時でも学生服に学生帽でした。唯一の”よそゆき“だったようです。
今では考えられませんが。

青春時代の楽しかった思い出ですね。
Commented by jyon-non at 2020-05-10 15:44
16歳にして堂々の風格ですね。身長も高くていらしたのですね。(^^♪お猿さんが飛び乗るなんてさぞかし、びっくりされたことでしょう。(*^^*)      

それにしてもこの同級生の方が、何十年もこのお写真を眺めては、愉しくなっていらしたのではと、思いますと、その方の人生に素敵なプレゼントをtousei様がなさっていたことになりますね。(^^♪
Commented by touseigama696 at 2020-05-12 06:06
PochiPochi-2-sさん
ありがとうございます
葉書に返事があってそれもやはり嬉しいですね
賀状はどうしても数が多くてゆっくり書けませんから
こうした時期に時間を使うのがよさそう
まだ少し時間がかかるでしょうから「
これからも書いてゆくつもりです
昔は学ラン一着で何でもこなせたのは
やはりまだ貧しかったからなんでしょうう
便利ではあったけど夢のない生活でしたね

Commented by touseigama696 at 2020-05-12 06:09
jyon-nonさん
ありがとうございます
この写真は私も持っていたはずで「
探せばでてきそうですが
思い出深いものでした
一週間着た切り雀の旅でしたが
着替えがない分荷物が軽かったかも(笑)
帰宅した晩は17時間爆睡したのも覚えています(笑)
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by touseigama696 | 2020-05-08 21:03 | 〇わたしの流儀 | Comments(6)

50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・


by touseigama696