昭和の実話が伝説に

つい数か月前昭和の大投手が逝き昨日またひとり名捕手が旅立った
金田正一　野村克也野球少年だった私にも忘れられない伝説のふたりである
その真ん中にいてひとり天衣無縫を貫く長嶋茂雄との間の二つの伝説以前にも書いたが人生の機微にふれる大事なDNAを改めて書いてみたいと思う
4打席連続三振の金田正一vs.長嶋茂雄は別項に譲るとして今朝は野村克也vs.長嶋茂雄である




野村は不世出の名捕手であるその彼ならではエピソードがこれで相手は長嶋でなければ成立しないことろが味噌である
野村は試合最中ボックスに立つ相手選手の様子を観察しあらゆるチャンスを狙って心理作戦をぶつけるのが得意例えば「・・いいねぇ～そそッそのグリップ最高だよ！忘れるなよ！・・」
三冠王でもある野村から褒められた相手選手は悪い気はしない「野村さんに褒められちゃったそかぁこのグリップでいいんだ・・」
改めて自分のグリップを意識して見ることになる途端に今まで無意識だったグリップが「あれっ！確かこんなもんだったよな」となり振ってみたら空振り三振
野村の褒め殺しは有名だったついさっきまでの好調が吹き飛び褒められたグリップ探しであたふたすることになる捕手のインサイドワークつまり頭脳作戦にしてやられたことになるのだ
大方の主力選手はこの被害に遭ったらしい例外はひとり　それが長嶋茂雄だったという
野村曰く「いつものように好調を偲ばせる長所をみつけて褒めてやったのさ長嶋のことだから幾つもあるがその中の一番を狙って褒めてやった大抵はこれで沈没する予定だった
どうなったと思う？その打席でホームラン打たれたその上ホームインしながらあいつが言ったセリフがさありがとうございました褒めてもらって自信がつきました・・だとさあいつだけはダメだ　なにも通じなかった」
賢人と天才持ってるDNAの違いがはっきり見えて面白い勝負である見聞きしたものは何でも覚えておいて
必要な時に必要なだけ応用できるこれが賢人野村のDNA後の野村メモ・データ野球の根拠である
一方悲観的なことは一切気にせず勘を頼りに自分に益するものだけをしっかり使うそれが長嶋のDNA「ドヒャ!ってきたらドヴァ！って振るだけでいいのさ！」の根拠不明の感性野球がこれださすがの賢人も理屈抜きの天才には勝てなかったようだ
人生にも色々あって一流になるにはどちらも大変だが賢人タイプの方が僅かに可能性が大きいかもしれない



1965～6年のこと新米だったテレビ番組制作者の私は場所は忘れたがこの賢人野村克也選手を取材インタビューしたことがある最初の三冠王を取った直後だったことなるが私が20代半ば　賢人は30代なりたてころ
テーブル上に投げ出した豆だらけで水虫っぽい彼の足を挟んでインタビューしたがその行儀の悪さはなかなかのものもっとも今の私の年齢にして言えることだがそれっくらいの向うっ気がなけりゃテスト生入団から三冠王にはなれまい相手が誰であろうと睥睨できるほどの悪ガキ風情が必要な世界でもあるのだ
だから初対面の取材は決して好印象で終わったわけじゃないが後に指導者監督になってからの賢人は大好きである

野球選手としてなら足投げ出しのままでもいいどんなに行儀が悪くても成績出してりゃ済むしかし指導者となるとそうはゆかない自分が強ければいいのではなく選手を強くしなければ勝てないからである
悪ガキが賢人に変貌した最大のきっかけは私見だがきっと沙知代夫人のお陰である悪ガキを賢人に変貌させる剛腕
失礼を承知で言えばいわゆる良妻賢母では難しいに違いない姉さん女房の鉄拳制裁この効果を一番知っていたのが賢人本人世間がどう言おうと「俺のためだけのカミさん」妻に打たれて練り上げた人格が後に多数の若者を一流の名手に育てる信頼を生んだのだ
悪ガキ捕手が名将になれたのも評論家になれたのも文人になれたのも
賢人になれたのも総ては沙知代夫人あってこと同時にそのことを最もよく分かっていた賢人の深い自覚の故のこと
妻亡きあと2年と少々悪ガキの子供っぽさを残しながらしかし見事な死だった・・と思うのだ

実話が永遠の生命を得て伝説となる野村も金田もその意味でなら生きているのだ


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