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チッコイ会社の伝説

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(本文とは関係なく自作のカップ&ソーサー)


1966年に入社して間もない頃
ベテランのフィルム編集者さんから・・こう言われたことがある

「おい!オマエはさ 呑むのいける方?」
「酒ですか? 自慢じゃないけどまるでダメ下戸です」
「ほぉ~っ・・じゃさ打つのは?」
「博打ならやりません・・麻雀も打ちませんし」
「ありゃ・・それなら小指かぁ?」
「それってあれ?ですか すんません 
ついこのあいだ嫁さんもらったばかりで・・」

「ほぉ~そうなんか そうだとしてさ
じゃオマエ何が楽しくて生きてんの?
この一言は今でも忘れません
よくある男の生き方のひとつでしょうから
もしかしたら私は映像の世界には一番不向きなキャラだろか

「ならこの会社創立以来初めての
大マジ社員になったろ!」
決して先輩編集者さんに盾突いたわけじゃありません
呑めない酒飲んだり 
打てない麻雀打つ方が余ほど面倒で無理なことでした

「デッカイ会社の歯車よりも
チッコイ会社で伝説に~!」

密かにマジナイを唱えながら
ややチャランポラン気味の会社で
唯一のマジ社員に取り組み始めました

大蔵省でマジやろうとしたらえらことです
周りはマジだらけでしょうし
第一頭の出来も違います
でも私がいた会社ならこれ狙い目です
他に見当たらないマジ人間
受けそうだと思ったもんです
どうすればいいかって?
体力まかせにひとの三倍仕事することです

取材に出る機中でひっくり返ってアラスカで入院したり
あのパリのど真ん中で具合悪くして寝込んだり
三倍仕事のツケを払いながら
それでも段々に伝説を作り始めていったのでした
会社からの評判は思の外よかったです
呑み屋の伝票だして経理から「ご苦労さん!」って
云われるの私だけでしたね

しかしやっぱりそのマジがたたって
医者から忠告されるほどに自信を喪失した体が原因で
会社をリタイアして10年くらい後
かつての後輩に会うために会社を訪ねたことがありました
私のあとのプロデューサーになったK君と話していると
近くのデスクに座っていた男性が声をかけてきました

「もしかして三崎さんてあなたのことですか?」
私より先にK君がそそ そうだよと答えました
何やらふたりで苦笑いしてる風でもあります

「実は私今Kさんの下でプロデュースしてますが
やたら仕事が多くて一人じゃできません!って
何度か泣き入れたんですけど・・」

「あのな ひと昔前だけど
ひとりで月間8本の番組担当したプロデューサーがいるんだよ
月~金の週5ベルト3本と週1を5本
オマエ今何本で参ってるの?」

「いっつもこれではぐらかされてきました
あなたの半分にもなってませんでしたからね
でももしどっかで会ったら
すっげぇなとは思いますけど
でもそんなの迷惑ですよ!って言いたくて
ずっと腹にしまってました
Kさんとのやりとり聞いてて もしかしたらって
やっぱりそうだったんですね・・」

云ってる割には顔は笑っていたから
「そかぁ~ゴメンナ!」で済んだ

この話も忘れない 嬉しかった
誰かが記録を作っておく
その記録を越えるためなら
また誰かが躍起になるもんだ
そうした躍起がつながらなければ
越えてゆく者もおらず
面白い会社に育つこともない
ささやかでも伝説とはそうしたものじゃないだろか
とりわけチッコイ会社ならなおのことだ
時間には限度があっても 能力には限りはないからね

他人の三倍仕事 今はそういう時代じゃない
法律で縛られることにもなって
体でつくれる伝説はないのかもしれない
頭と理屈で作るって 大変だろうな!
病みあがりで衰えゆく力を悲観しながら
あの時代で良かった ふとそんなことを思う

「それでも結構楽しんで生きてきましたよ」
今は亡き先輩フィルム編集者さんに
そっとそう言ってみたいものだ




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by touseigama696 | 2019-02-05 09:41 | 〇忘れ得ぬ「思い出」 | Comments(0)

50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・


by touseigama696