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Just 50 years ago in San Francisco

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妙に短身痩躯風で・・小顔ならぬ大顔
おまけにとっちゃん坊やの居眠り顔
いいとこなしの写真だけど・・コレわたし
滅多に自画像をアップしたがらないのが
お分かりいただけるかもですが

ここでは・・この風体ではなく
後ろのチンチン電車のUターンが目当てなので
やむなく真実にあらぬ我が身の情けなさを我慢することに・・


実は日々愛読しているBBpinevalleyさんのブログ
『アメリカからニュージーランドへ」で
(ここでもリンクしていますので→でご覧になれます)
ご自宅のあるサンフランシスコの様子が紹介されましたが

その一枚目がチンチン電車の折り返し点の写真
確か私も撮った覚えがあるなと
昨日思いついて探しましたら
意外にあっさり見つかりました・・それがこれなのです

調べたら・・1968年の9月の撮影です
何とジャスト50年前の今頃というわけです
50年前の写真に・・26歳の私
遥かなる懐かしさが漂います

この年
自分が深く関わった番組企画を
自分でプロデュースしろの社命で
ディレクターとカメラマン二名の4人で
1㌦=360円のアメリカに渡ったのでした
言うまでもなく・・超貧乏時代の日本
でもいち早く飛び出した世界は・・面白かった
若いって・・貧乏が苦でなかったのですね


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サンフランシスコの一角・・ヘイトアッシュベリー
当時はヒッピータウンで
長髪にひげ・・バンダナに裸の上半身
まるでジーザス・クライストの集まりみたいな町でしたが
大きな一軒家にみんなでつるんで住まい
霊柩車をワンボックスのように使っていました

テレビ番組「世界の結婚式」・・その初回放映を
社会的背景を含めてヒッピーカップルに求め
ボブ&ポーラと一週間一緒に過ごして撮ったのですが

インターネットもスマホもなく
あるのは黑電話と大きな会社で借りるしかないテレックス
現地に着くまで殆ど情報など手にできない時代でしたから
短い滞在期間の間に
私はあらゆる手段でカップルを探し
取材交渉をして撮影するという・・綱渡り
26歳の新米プロデューサー
今思えば・・よくやったものです

「ミサック~ン!・・大学時代外国語は?」
「英語と第二がドイツ語です」
「そっかぁ!・・じゃ英語は大丈夫ってことか
通訳予算多分無理・・頑張ってな!」

こういう会社に勤めると
ほんと鍛えられるもんです



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運よく・・狙い通りのヒッピーのふたりに巡り合い
ビンボー結婚式だから・・外でしようと
牧師さんに頼んで・・ゴールデンゲートパークでの結婚式
23歳のカップルでしたが・・今どうしてるだろ?

新郎のボブが・・合い間に
私に言った言葉を・・今も覚えています
「キミとおんなじ世代だけど
キミらには戦争がないんだろ?・・羨ましいな」

召集回避がヒッピーを生んだ背景の・・ベトナム戦争
心底結婚の悦びを味わえない苦しさを
乗り越えて今穏やかな老後を過せているだろか?


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1968年 昭和43年11月7日
第一回放映が始まって2年弱99本まで
私が担当して作りましたが・・その先は
私が退職して後も・・更に取材は続き
なんと2002年 平成14年までの
34年にわたる長寿番組となり
ボブとポーラは・・放送期間中に銀婚式を越え
やがて金婚も遠からずだった筈なのです


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Just 50 years agoのサンフランシスコの街角
ここがどこだか・・さっぱり判りませんが
もしかしたらBBpinevalleyさんなら・・お分かりかもです


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最後に・・昨日もうひとつ
思いがけない出来事が起こりました

この写真の右・・録音機を肩に
カメラマンの脇で伏し目がちに写っている男性が
この取材のディレクターのFさんです

彼はフリーランスの演出家で
番組契約のスタッフでしたから
一時期を終えて別れて後
再会することはありませんでした
でもあの時代に一緒に海外で過ごした
濃密なつきあいは・・忘れることなく
どうしてるかなと・・時々懐かしんできました

昨日・・写真を見ながら
何とはなしにヤフーの検索に
彼の名前を打ってみました
苗字も名前も・・どちらも滅多にない文字なので
沢山いるとは思えない名前ですから
反応あるかな?・・と思いましたら
なんとその姓名で一件ヒットしたのです

それはどういう意味でかわからないのですが
ある町の電話帳の1頁で
文字列の中に彼の姓名があって・・住所と電話だけが載っていました
不思議な情報・・まるで私に電話しろ!と囁いているかのようです

それでも同姓同名がもうひとりいないとも限らず
少し躊躇いましたが・・思い切って電話しました
女性の声で・・姓名はその通りと仰るので
かくかくしかじかで
一緒に取材の旅に同行した話をお聞き及びありませんか?
と・・事情を話しましたら

「それは主人のことで・・私も承知しておりました」
正に彼だったのです・・さすがにびっくりしましたが
少しお話を聞いて・・色々分かりました

女性は彼の夫人で・・あのサンフランシスコの取材のときは
既に結婚していて・・渡航したのも覚えておいででした
ただ
私より一歳年長だったFさんは10数年前
66歳の年に他界されたとこのこと
折角たどり着いたものの・・再会はもう叶いません
ここでもやはり50年は長い時間です

ヒットした電話帳のそのページの住所は
同じ県内のほど近い町
電車で何駅かの距離でしかありません
長くお住まいだった様子で
知っていれば何度でも会えた距離
色々な意味で・・運命を感じる時間と距離なのでした
逢いたくて会えないひとが・・増えてゆきます

長文におつきあい頂いて・・多謝です




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Commented by BBpinevalley at 2018-08-27 12:38
飛んできました(笑)
私が最初に桃青窯さんのブログに行き当たった時に載っていた写真が2枚目の写真です。
霊柩車に乗るとは、ヒッピーらしいですね。
ちんちん電車の写真は、よく見ると、ターンテーブルのある場所が今と違います。
きっと、マーケットストリートの方まで路線が伸びたのでしょう。
どの写真も興味深く、夫と仲良く(?)拝見しました。

カメラマンのFさんのお話、感慨深く拝読しました。
ドラマですね。
Commented by touseigama696 at 2018-08-29 07:51
BBpinevalleyさん
ありがとうございます
昨日グーグルで今のヘイトアッシュベリー辺りを
画面散歩してみましたら・・きれいですね
ヴィクトリ風は・・この町に似合います
あの旅を懐かしく思い出しました
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by touseigama696 | 2018-08-27 06:32 | ●エッセイ | Comments(2)

50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・


by touseigama696