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可抗力・・?

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2005年1月19日・・7年前の今日
私は・・当時書き続けていたエッセイ「折々の折り」
「可抗力」と題して以下の一文を書いた

読み返してみて・・
あれからでさえ・・7年の歳月が流れたが
ここに書いた「検証」が・・
本気で実行されたとは思えない
そして・・去年東日本大震災が起きてしまった

規模が違うとはいえ・・幾つもの天災を経て
我々は賢くなっていただろうか・・?
政治にも・・報道にも
それらしき真剣さを感じることは・・少ない

涙を蘇えらせることが・・復興なのではない
涙をぬぐって生き抜く希望を・・作りだすことが
不可抗力への・・唯一の対抗手段なのだ

政治が・・それを作り
メディアが・・それを伝えよ!
今でも・・そう思う

折々の折り 2005/1/19より 「可抗力」

「不可抗力」って言葉があるが
寡聞にして「可抗力」は聞いたことがない 
人間の力ではどうしようもないことを不可抗力と言うなら
人間の力でどうにかなるものを可抗力と言ったっていいじゃないか
 
例えばイラク戦争の悲劇 これは可抗力の範疇だ
かかわる者の意志さえあれば防げるからだ
オウム・サリン事件だってそうだ 

一方 阪神淡路大震災 新潟地震 スマトラ津波 こいつは不可抗力である
どんなに人間が頑張っても地震や津波を封じ込めることはできない
精々できて予知くらいのことである 
 
沢山の人間の命が失われる大事件も
その根本をたどれば不可抗力なのか 可抗力なのかに分かれる 
当然のごとく 報道の在り様も分かれるべきだ
 
一昨日は阪神淡路大震災から10年の日だった
一日中どこかのテレビが取り上げ 10年前の悲劇をリプレイしていた
内容が殆ど予見できるものばかりで 垣間見て失望した 
 
何故なら 10年前の長田町の大火災をそっくりリプレイして
一体誰が何を得たり 学んだりできるのだろう。 
地震は不可抗力だと書いた
つまり 人間の力では防ぎようのない事故なのだ
だから 震災後10年を報じるなら それはあの日の悲しみを蘇らせることではない
蘇らせてみたところで地震を防げるわけではないからだ 
 
10年だろうが100年だろうが被災者の悲しみは消えはしない 
だから 少しでも忘れて穏やかな気持ちになれるためなら
そっとしておくべきことはそっとしておくべきである 
 
忘れていけないのは 日本のどこかにもし同じ地震が起きたら
今度はもっと悲劇を少なくするための手立てが作られてきたかの検証である 
既におきてしまった新潟地震に
阪神淡路から学んでものが活かされたかどうかの検証である 
それが不可抗力の事故から学んで報道し 世論を喚起すべきことなのだ。 
 
最初にイラク戦争は可効力の世界だと書いた
だから こちらの場合は 具体的な人々の悲しみを知らせ続けなければならない
そうすることが戦争を回避する力となるかもしれないからだ
命がけの戦争報道にはこうした意味がある 
 
やがて春になれば サリン事件も10年を迎える 
この事件は可抗力の事件である
つらくても当時の悲劇を思い返して 風化させないことが大事である 
 
地震で肉親を失った人々を訪ね
「あのときはつらかったでしょう 10年経った今振り返ってどう思いますか?」 
相変わらずの愚問で涙を誘うワイドショーの愚劣は ちっとも変わっていない 
極く一部の検証型の番組を除けば
誰に何を伝えようとするかの意義を忘れたテレビの不毛は情けない限りだと・・
そう思えてならない






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by touseigama696 | 2012-01-20 00:52 | ○折々の折り | Comments(0)

50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・


by touseigama696