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ナショナル・フラッグJAL (20)

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手許に・・こんな写真がある
取材ノートによれば・・
1970年11月5日 15:00頃のグアム国際空港
1週間の取材を終えて・・帰国するため

懐かしい・・昔は乗り降りがタラップだった
タラップだったから・・こうして
栄光のJALの雄姿が見える

「OFFICIAL AIRLINE FOR
THE ⅩⅠTH OLYMPIC WINTER GAME」
とあって・・更に左に
「SAPPORO 72」と書かれている

スキージャンプ・・金銀銅を独占した・・
日の丸飛行隊のあのオリンピック
白い恋人のジャネット・リンの・・オリンピック
この日の2年後・・ってこと

あの頃・・JALは光り輝いてた
世界のあちこちを歩いて
さて・・帰国しようと・・
駐機場に日の丸と鶴のマークのJALを見つけると
もう日本に着いたような安心感を持ったものだ

ナショナル・フラッグとしての矜持
クルーたちも・・堂々としてたように思う
あのころ・・羽田から出入国する旅客は
年間3万人・・今なら成田の1日分にもならない

どういうわけか・・タラップを上がりかけている
ハネムーン・カップルたちも・・スーツ姿
グアムなのに・・私もジャケットを着ている
飛行機に乗っての海外旅行には・・
そうした堅苦しい雰囲気が・・まだあった

このときのグアム取材は・・
私には忘れられない・・
若き日のエポックである

この旅の1年半前・・私は機上で倒れ・・それもJAL
極北のアラスカで・・1か月入院する羽目になった
帰国しても・・入院は続き
半年近い闘病を強いられたのだった

海外での取材番組が担当だったから
いつまでもグズグズできず
翌年の秋・・自らかってグアムに行くことにした
私なりの・・病後のテストだった

この写真のように・・
実に快適な旅で・・途中・・電話報告で
「・・もう大丈夫・・自信がつきましたよ・・!」
今は亡き・・ボスにそう伝えたのだった

このJALが日本に着いて・・10日ほどで
「・・ならさ・・パリに行ってよ・・」
スポンサーからのクレーム処理は
自分で取材して解決すべきでもあって
「・・了解・・!」 ボスにそう言って
また・・JALに乗った

結果的には・・
このパリ行きが・・最後の取材になった
グアムとは比較にならない長時間搭乗と
常夏のグアムから・・晩秋の暗いパリ
再び・・体調を壊してしまった

三島由紀夫が・・
腹を切って自決した・・あの秋
交代要員が着くまでの1週間
憂鬱な気分を慰めてくれた溜まり場・・
「Bar エトワール」で
そのニュースを聞いた・・あの晩秋だった

傷心のままに・・メンバーチェンジして帰国したが
それも・・JAL
あれ以来40年近く・・
台湾以遠を・・飛んだことはない

あの栄光のナショナル・フラッグJALが
明日・・会社更生の手続きと聞いた
株が・・5円で取引が終わったとか・・無残だが・・
ナショナル・フラッグだったからの慢心が・・
どこかにありはしなかったか・・?

小型飛行機に切り替えて
エコノミー・ランを視野にいれてるとか

そう・・もう一度・・
タラップから乗り降りするのも・・悪くなない
地に足がついた経営を
是非にも・・取り戻してほしい

もしも・・再びパリへ行く機会があったら・・
やっぱりJALにしたい気分は
まだ残っているから・・

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Commented by touseigama696 at 2010-01-19 11:23
自分でコメント欄に書くなんて・・笑
関連をTBしたので・・ちょっとお知らせを

遠い昔を懐かしがるようになって・・
やっぱり・・歳だと・・しみじみと・・苦笑
Commented by bibianm at 2010-01-19 19:35
今日のニュースは JALの話題でいっぱいでしたね。
タラップから 機上 懐かしいです!!
Commented by touseigama696 at 2010-01-19 22:09
bibianmさん
タラップから乗って・・
タラップで降りる
このほうが・・大地の安心を感じたものです・・笑

あの蛇腹トンネルで乗るようになったのは
いつ頃からなんだろ・・?
案外・・覚えてないものです
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by touseigama696 | 2010-01-18 22:55 | ○未分類 | Comments(3)

50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・


by touseigama696