人気ブログランキング |

気分転換

気分転換_d0085887_00042523.jpg


少し寒い独っきりの工房の午後
8寸(24㌢)の皿を7枚ほど挽きました


気分転換_d0085887_00044164.jpg


いつものことなら
このシリーズで作りますが
この糸抜きの加飾の場合
器形にひずみゆがみがあると
紋様が揺れて真っすぐに走れません

そこで
揺れのないロクロを挽こうとしますので
時々飽きてしまいます

コロナ禍で閉じ籠ることの多い工房で
ストレス発散のために
糸抜きを離れた加飾を狙い
手なりの気儘を生かして挽いてみました



気分転換_d0085887_00050747.jpg

作ろうとしてるのはこのデザインです
器に軽い歪みがあっても
あまり影響を受けず全体に
柔らかさが漂います

技法的には
糸抜きならぬ蝋抜きの一種
撥水剤を使って紋様を抜きます

そのための刷毛は自作しますが
藁刷毛などの少し硬めの刷毛を
ハサミで切り揃えて作ります
フリーハンドの良さを生かせる刷毛作り
それも工夫次第で楽しめます


応援してくださる方・・クリックしてね!

# by touseigama696 | 2021-01-27 00:47 | ●工房便り | Comments(1)

殿様より拝領の・・

殿様より拝領の・・_d0085887_21513766.jpg


このブログのどこかに
写真の茶注ぎについて書いた覚えがある
随分前のことのように思えるので
久しぶりに改めてご披露させていただくことにした

言うまでもなく
この珍しい形態の茶注ぎは私の作品ではない
ちょいと見には酒注みたいだが
茶こし穴があるから茶注ぎだろな

なんとなく眺めて作りを想像すると
ロクロで挽いて五角形は難しそうだから
型か手びねりなんだろうか
(さりながら石膏による型は明治以降?
歴史的な裏付けは知らない)


いずれにしても寡聞にして
これまでに類似を見たこともない
珍しい器形のように思えるのだ

我が家に伝わる系図によれば
七代遡って祖となる初代は
徳川につながる遠江国浜松藩主で
老中を務めた井上河内守に仕えたお局さん
晩年お城下がりの上
名字帯刀を許されて養子をとり
わが家系がうまれたということになる

そのお城下がりの折に
殿様から拝領した諸々の中にあったのが
この茶注ぎなのである

使いこんだ痕跡も見えて
遥かに祖先の老婦人の息遣いが
聞こえてきそうだが
幕末も近い江戸後期のことである
どこか異国の風を漂わせた器形に
なればこその殿様の心づかいを感じたりもする

我が家には
鑑定団で鑑定してもらいたいものが二点あるが
これはそのひとつである
でも多分このままだと思う
百万と豪語して一万のご託宣だったら
耐えられそうにないからであり

それよりも何よりも
主筋老中井上河内守さまに
ご無礼極まりないからである


殿様より拝領の・・_d0085887_23290212.jpg

私の旧作のぢょか
友人に頼まれたものだが
そもそもの「黑ぢょか」から調べた
下戸の作った酒器である
でももっともらしくできてるみたいだ

応援してくださる方・・クリックしてね!


# by touseigama696 | 2021-01-24 23:46 | ●コレクション | Comments(3)

二畳台目のイタリアン

二畳台目のイタリアン_d0085887_20114568.jpg

2020年1月22日 開店
ふたりの「CUCINAもりなが」のはじまり
ちょうど1年前の今日だった

二畳台目のイタリアン_d0085887_22363556.jpg

コロナの中でもみくちゃにされたふたりだが
決して悲劇のはじまりじゃなかったところが素晴らしい
まるで三密を予期したかに
二畳台目の狭い隠れ家さながらの寛ぎが
客人に安堵感を差し出した店だ

「新作でパスタ皿お願いします!」
去年の秋ころ受けた注文だった



二畳台目のイタリアン_d0085887_20130188.jpg

数日前 今年の初窯で焼いた漆黒のパスタ皿
少しこれをまとめて納めに来たのだった

漆黒の器は難しい
決して確信があってのことではないが
毎日のように使えばオリーブオイルと魚介の油分が
きっと深いてりを作ってくれそうな気がして
余計なことをしないと決めた彩色だった

昔タクシーの運転手さんが
こんなことを言ってた

「タクシーはさ 
少なくとも30万キロ位走らせないと廃車しないのさ
だから10万キロ過ぎて20万キロあたりは
車の調子はいいもんだよ
止めずに走り続けるってのは
きっとエンジンにはいいんだろね」

作り方にもプロアマはある筈だが
使い方ももしかしたら同じだ
大事なものは寝かせればいいわけじゃない
長い時間使い続けて器を育てる
そうであってほしいものである


二畳台目のイタリアン_d0085887_20135325.jpg

さりながらこの店のシェフは
開店から1年使い続けた前任のパスタ皿一枚を
私の目の前に置いた
まぁうまいこと剥離骨折させてくれたもんだ


二畳台目のイタリアン_d0085887_20142253.jpg

でも偉いのは
その剥離破片を大事に確保してあったことだ


二畳台目のイタリアン_d0085887_20145332.jpg

傷口にあててみたらピッタリだ
これなら直せそうである


二畳台目のイタリアン_d0085887_20153073.jpg

こうして毎日のようにお役を果たしてきた皿
手に取ると見事に滑らかな肌触りである
新しいシリーズに席を譲って暫らく休み
また次のシーズンに活躍してくれるにちがいない


三密厳禁の二畳台目の炉前
さて利休さんはマスクどうしたろ?



応援してくださる方・・クリックしてね!

# by touseigama696 | 2021-01-22 23:04 | ●エッセイ | Comments(0)

令和3年初窯

令和3年初窯_d0085887_22262917.jpg

今朝
2021年 令和3年の初窯を開けた

少し夜更けて窯の火を落とし
翌朝目覚めたころから終日
窯を開けたい欲求に駆られたのは
概ね初心の頃だった

工房にいると焦れるので
当時は
朝から益子・笠間に車を走らせ
土やら釉材などの仕入れに出向くのが慣例だった

窯は焚くよりも冷ます方が時間がかかる
開けない我慢が肝腎なのだが
窯場にいればついつい誘惑に負ける
300度辺りからが悩ましいのだ

今は平気で我慢する
千回を超える焼成に慣れたこともあるが
我慢すればそれなりに怪我せずに済むことが
解ってもくるからである
100度ちょいくらいが安全である

令和3年初窯_d0085887_22265704.jpg

令和3年 2021年初窯
量は少ないが行き先の決まってる作品が
どうやら無事に焼けた
一番ほっとする瞬間である

そう思い続けてきた26年だが
1,200度を越えた炉内の高温は
何度繰り返してもやはり怖い
それこそ無事これ名馬の世界である


令和3年初窯_d0085887_22280844.jpg

糸を貼りだして17~8年
慣れて上手くなったことと
慣れて下手になったこと
どちらもある
慣れとは怖いものでもあるのだ
多分両者を分ける分水嶺は
驕りとか怠惰である

慣れて上手くなったものを
慣れで緩めないこと
いつでもまぁまぁかと思えるには
緩めない決意が必須である


令和3年初窯_d0085887_22282846.jpg


この定番も何個作っただろうか


令和3年初窯_d0085887_08280390.jpg


焼けば濃紺の濃さが目立つが
茄子紺を塗っただけはぼんやりだけに
油断すれば細かいミスを見逃す
見込みの白地にポツンと顔料が撥ねてるのを
発見したりがその油断である



令和3年初窯_d0085887_22285267.jpg

私の陶芸は
そのほとんどがロクロだったから
手びねりは決して得意ではない

しかし回転に頼るロクロの限界にも
気持ちが届くようになって
タタラや紐の自由さに惹かれることも増えた

平面の不定形
ロクロでは叶わない造形の板皿は
見た目には簡単そうだが
ロクロの皿より遥かに難しい

反らせないのも難しいし
程よく反らせるのも簡単じゃない
ロクロで挽く丸皿を程よい反りで
四角に切る方が確かである

このタタラの角皿
糸はすこぶる貼りやすいので
加飾は気に入ってるが反りは下手だ
コロナ禍のこの春に
タタラの工夫に時間をかけてみたいと
思い始めている



応援してくださる方・・クリックしてね!

# by touseigama696 | 2021-01-20 23:54 | ●工房便り | Comments(4)

リッチな気分で・・


リッチな気分で・・_d0085887_21433049.jpg

昨日は
朝から今年最初の本焼きに入りました
いつものことで終日窯を離れないので
ゆっくりと15時間かけて
置きっぱなしの道具を洗って元に戻したり
それなりに雑巾がけしてみたり
やっと新年の雰囲気になりました


リッチな気分で・・_d0085887_21263285.jpg


多少きれいになって
今年最初の糸貼りにも取り掛かりました

一昨日の17日
朝のテレビが毎年必ず繰り返す話題のニュース
阪神淡路大震災から今年で26年
四分の一世紀を越えました

時々書いてきたことですが
この年数はそのまま私の陶歴でもあります
あの年の正月5日に
私は生まれて初めて陶芸粘土に触れたのでした
26年は走馬燈のように頭を巡ります
52歳の春でした
震災の被害者の方々が失った命の時間を
そっくりそのまま頂いた四半世紀
毎年必ず思い出してきたことでした


リッチな気分で・・_d0085887_21273611.jpg

自分のアイデンティティーを
極細の糸抜きと決めて続けてきたこの技法
不思議な縁を感じてきました

出会いがしらのような最初があって
それが上手く使えなくて諦めかけたとき
ならば下手を生かして波はつくれないものか?
その執念が実った縁だったのです


リッチな気分で・・_d0085887_21281798.jpg


当然のように
糸抜きに似合うロクロの挽き方
それも案外性に合っていたようで
薄手の屹立ちを好みにしていますが
全ては糸のためかもしれません


リッチな気分で・・_d0085887_21292012.jpg


コロナ禍の最中の混乱も予想されて
年末に少しまとめて糸を仕入れました
ものづくりにとって
材料がたっぷりあるという手応えは
何にも代えがたいリッチ感で
そうでないとついケチって
いじけた作品になってしまいそうです


リッチな気分で・・_d0085887_21301594.jpg

今回は結構思い切った仕入れでした
上の写真のリールつき60本は
リールから外してもらった箱入り剥き出しだと
この小さな紙箱6個分に過ぎません

ということは
収納した紙箱で44箱はリールだと440本分
つまりかなり思い切った仕入れというわけです
でもこれ以上持っても
寒冷や湿度の影響で劣化しかねないから
せっせと仕事しなきゃです


リッチな気分で・・_d0085887_21373888.jpg

コロナウィルスに虐められての新年
まだまだ楽観できそうな雰囲気でなく
自粛自重の続く間は
じっと工房で仕事してるのが安全です

正月からの歩行再開も足腰劣化の補強のため
転んでなるものかと
ノルディックポール両手の安全行
確実に老化は進行しています



応援してくださる方・・クリックしてね!


# by touseigama696 | 2021-01-19 23:24 | ●工房便り | Comments(1)

本番が最良の稽古


本番が最良の稽古_d0085887_09311985.jpg


大分古い写真 細かいことは忘れたが
何かが気に入らなくて糸を剥がし始めてる
半分ほどの進行ではあるが
この手の見切りは珍しいことではなかった

大きな画紙に下描きしてみればだが
実際にはしたことはない
公務員ランナーだった川内優輝選手流で
レースで練習していたようなものである

紙と粘土 平面と曲面
やれば分かるがおよそ感触が違って
紙にできたことで粘土では厄介な技術が沢山ある
それに
いきなり大皿に本番のつもりで貼りだすのは
稽古だという緩さが消えて
切り抜けるべき技術への執念が芽生えもするから
稽古の質は何倍も高度化される
いけるかも!と思えると
下絵なしの発展性は案外広くてやる気を起こさせる

余談だが
この写真このままで
糸の断端を整理すれば
面白いデザインになりそうだ
途中でやめることがそのまま完成形
コンセプトとしてはきっとありだ

陽の目を見なかった作品は
数えきれないほどある
しかし今振り返ってみると
この無駄こそが制作の滋養ともなって
力の蓄積になってくれるのだ

最良の稽古は本番そのものにあり
無駄は必然のコストであって
更に納得できたものだけを
作品に昇華させればいいではないか


本番が最良の稽古_d0085887_10043017.jpg


これは展覧会で入選した覚えがあるから
無駄にはしなかったが
ともかく手間のかかる線紋だった


本番が最良の稽古_d0085887_10053325.jpg



「線で接する境界を同じ向きで貼らない」
パズルのように向きを考えながらだった
このルールは
後に細かく色を差す場合にも生きた
ランダムな紋様を
どうすれば隣り合わせが同色にならないか
その糸の貼り方のコツにもなったのだ
ただし困った時の抜け道もある
それは書かないことにしよう(笑)


本番が最良の稽古_d0085887_10155833.jpg


これは世に出なかった
多分葡萄紋の扱いに結論がみつからなかったのだ
つまり彩色に自信がなかったに違いない
でも糸の貼り方では
曲線の平行という意味でいい稽古になった


本番が最良の稽古_d0085887_10234287.jpg



日暮里の生地屋さんで買ったボーダー布
たたみ方の変化でできる紋様が参考になる


本番が最良の稽古_d0085887_10341795.jpg


実際には5㍉幅ともなると
テープが曲がらなくて仲々思い通りにはならないが
いずれ手が見つかるかもだ


本番が最良の稽古_d0085887_10345536.jpg


ピンセットを手指の感覚で操るが
じれったさとの戦いでもある


本番が最良の稽古_d0085887_10352006.jpg


床置きの花器として制作したものだったが
傘立てにもなりそうだ


本番が最良の稽古_d0085887_10400176.jpg

全てはこの
「糸抜き波状紋大皿」が始まりだった


本番が最良の稽古_d0085887_10473789.jpg



同じ波は二枚とない
しかし
それでいてどれもが同じ波に見える

それがフラクタル幾何学なのだと知って四半世紀
大皿を前に最初の一本を天辺に貼りながら
どんな波にしたものか
それこそ気が遠くなりそうな本番が
稽古そのものだった


本番が最良の稽古_d0085887_10482124.jpg


この稽古にも終焉は遠くない
最近
何となく真似てくださる方もいて
それも有難いことだと思う
何かのヒントになればと
コロナ禍の自粛工房からの応援歌

久しぶりの「窯だ行進曲」である



応援してくださる方・・クリックしてね!

# by touseigama696 | 2021-01-16 13:37 | ●窯だ行進曲 | Comments(6)

造形と装飾

造形と装飾_d0085887_08061615.jpg


大きな公募展などでは
審査終了後に
出品者の希望に応じて
審査員の講評研究会が開かれることがある
厳しい講評もあるが
次回への示唆に富んだ助言もある
あるときこんな講評があった

「この作品は造形も素晴らしいし
加飾の技術にも惹かれるものがある
なのに何故選外だったかというと
造形と加飾が融和できていないということです
結果的に両者がぶつかって
互いの良さが生きてこないのです」

これは案外作家にとっての盲点である
ついつい造形・加飾のそれぞれに
自分の独創を狙ってしまうからだ
全体で一個の表現 見逃しがちなことである

それいらい造形と装飾の調和は
必須のコンセプトにしてきたが
当時の主力作品だった「糸抜き波状紋大鉢」が
第21回日本陶芸展でそこを評価され受賞したことは
実に嬉しかったのを思い出す
審査員だった岐阜県現代美術館長 榎本徹氏は
こう書いてくださった

「さらにその装飾技法が要求する平面的な大鉢の造形は 
装飾をしっかりと受けとめるだけの力を感じさせており
作家のデザイン力と造形力との両方を評価したい・・」

この経験から今日まで
造形と装飾の関係はいつでも頭にある
私の場合はロクロと糸貼りの関係
過去作から最近作までの変遷は
まさにこの線路上にあったといえそうだ

旧作を掲載しながら思うことを・・


造形と装飾_d0085887_08480694.jpg


これは初心のころ
萩の土を使った私流の萩茶碗
単味の釉薬を掛けただけで
窯変による紅斑が加飾ともいえる

初心のころは
専らロクロに集中するから加飾は二の次
でもこの茶碗が好きで今も手許にある


造形と装飾_d0085887_08590099.jpg


信楽の土の湯呑み
唐津の名手浜本洋好さんの工房で
ロクロを見ていただいて
やっと自分の好きな造形に近づいたころの作品
浅いロクロ目があるけれど
筆による鉄絵なら邪魔もせず
さっぱりとした作品である


造形と装飾_d0085887_09080595.jpg


黒泥を素地にロクロで筒茶碗に挽き
生乾きの段階で外側全面に白化粧を塗り
乾燥後ヤスリで軽く研摩したもの
ロクロ目の凹凸が消え
表面処理と斑紋の程よい加減で
釉掛けし焼成した作品



造形と装飾_d0085887_09200704.jpg


強くて太いロクロ目を入れた筒茶碗に
鉄釉と白萩を厚めに重ね掛けしたもの


造形と装飾_d0085887_09320750.jpg



流れる釉薬がロクロ目で減速し
釉玉が床面直前で止まった茶碗
お茶碗拝見の話題になれば・・


造形と装飾_d0085887_09360512.jpg

一方この香炉は
水平に糸貼りを目論んでいたから
形状も真円に近く丁寧な削りで
糸の走りを邪魔しない作りにしてある
加飾のための造形を意図してる



造形と装飾_d0085887_09400606.jpg

この丸壺も加飾優先の造形
糸の並びの滑らかさと綺麗さは
球形次第ということである
彩色も淡くして統一感を失わぬよう心掛けた



造形と装飾_d0085887_09430459.jpg


黒泥ロクロ挽きの8寸ほどの皿
糸を貼って白化粧している
見込の曲面は丁寧に処理して
段差ご法度

この糸貼りは案外面倒で
フリーハンドの正確さが問われる

造形と装飾_d0085887_09475239.jpg

写真が良くないが
たまには金彩で縁取りしてみた
茄子紺麦藁手鉢
白地にアクセントになれば・・


造形と装飾_d0085887_10111999.jpg


定番の那須紺線紋の花器に
花を殺さぬ範囲で
色を差してみたのがこれ


こうしてみると
ロクロだけに頼っていた初心のころも
装飾に独自性が見つかるにつれて
造形が装飾を加勢するようになって
全体が個性的になってゆくようだ



応援してくださる方・・クリックしてね!

# by touseigama696 | 2021-01-14 10:35 | ○陶芸雑感 | Comments(4)

想像力

想像力_d0085887_09270288.jpg


きれいな作品を作るために
一番大事な資質は?と問われたら
私は「想像力」と答えたい

「造形力」とか「画才」あるいは「色彩感覚」
そうした才能にも想像力は無縁ではない

だが
「想像力」という一言にはそれらも全て含まれ
その上になお制作のプロセスに
望んだ美を表現するために
如何に効果的で無駄のない手順を用意できたか
それも想像力に含まれる大事なカテゴリーだと思う

丁寧な仕事とは時間をかけたではない
最も滑らかな手順で流せた仕事
つまり完成までの段取りが
微塵も破綻しない流れに乗れたか
その完成度を支えるのが想像力なのだ


例えば
加飾が済んで釉掛けは普通の段取り
大抵はこの手順が多い
しかし内側だけは加飾前に釉掛けし
糸貼り・顔吹き・糸外しを済ませた後
最後に外側を薄めに釉掛けする
それもありなのだ 目的は
外側の加飾面を汚さずに内側には
タップリ釉薬を含ませたいからである

勿論失敗して学べることではあるが
いち早くそこに気づくかは想像力の領域でもある
どんなに慣れた仕事でも
他にもっと完成度の高い手順はないか?
それを考え続けながら繰り返せば
結構理に叶った手順に行き当たるものだ

想像力_d0085887_11072671.jpg

右端は素焼きのまま
左の2個は素焼きに内側だけ釉掛けしたもの
これから外側に糸を貼って加飾の手順
手前の1個は更に
糸貼りを済ませ茄子紺の顔料を塗ったもの
外側の釉掛けを待ってるところ



前回の「独学のすすめ」に書いた
名工のさり気ない手つき
これらのかなりは
平凡な手順に独自の手つきを潜り込ませ
それが絶妙な効果を生むことを
更にさり気なく見せてくれている
経験とその上をゆく想像力の賜物であろう

「変化しない手順は
想像力の欠如と思うべし」

糸抜きを始めてからずっと考え続けている
そして まだ見つかることがある
少しは進歩してる そう思いたいものだ



想像力_d0085887_11064680.jpg

完成すればこんな感じである


応援してくださる方・・クリックしてね!


# by touseigama696 | 2021-01-12 11:36 | ●工房便り | Comments(4)

独学のすすめ


独学のすすめ_d0085887_09170625.jpg


去年はこの類ばかり作って過ごした
だからコロナ禍の自粛も
大したストレスとは思わなかった
365日の間に外出したのは仕事がらみの25日だけ
残りの340日は独りきりの工房
じっと座り続けて糸を貼った
脚の筋肉はかなり萎えたが
こころは案外穏やかだった

何かが変わりそうだ!
今までの当たり前が当たり前でなくなる気配
独りで過ごす時間が増える
人間同士の隙間にソーシャルディスタンスが必要で
それを社会性のひとつに数えて定着させる
そんな時代の先触れがコロナ禍だと
結構本気で考えるようになった

「ならどう対応すればいい?」
私見なら「独学がキーワードかも」

独学のすすめ_d0085887_09285374.jpg

大人も子どもも
大勢で楽しむことばかりに拘らず
独りになって何かを学ぶ

誰かに教えてもらって学ぶではなく
本やネットや場合によっては現場で
調べながら自分で学ぶ
つまり独学に興じることである
独学は学びでありながら多分楽しみにもなるはずだ

コロナ禍襲来中に目ぼしいターゲットを見つけ
自粛不要の時期が来る頃には
自分なりの手法で独学の達人になるってのはどうだろ

誰かとつるんで飲むばかりでなく
時に独りになって夢中になる独学
悪くないと思うけどな
それもソーシャルディスタンスのひとつじゃなかろうか

陶芸に初心のころ 私にはひとつ覚えがある
それを一寸書いてみたい


独学のすすめ_d0085887_09192317.jpg


実は私の陶芸は
その95%は独学である
数年通った陶芸教室で教えてもらったのは
ロクロで小品を挽いて削ることぐらい

後の大皿の挽き方とその削りも
糸を貼って波状紋を描くことも
釉薬を作って掛けるのも
窯に詰めてどう焼くかも
全ては独学だった

この写真と同種の黑天目鉢が
自宅に工房を設えて最初に世に出た作品
その意味で日本陶芸展の入選は嬉しかった

爾来独学は未だに続いているが
もしずっと師匠はいないの?と聞かれたら
実は100人以上いるかな!と答えよう
それも滅法ぜいたくな師匠がである


独学のすすめ_d0085887_22575348.jpg


この2冊のファイルが私の師匠
NHKがかつて毎週放映していた
「やきもの探訪」のライブである

アマ時代だったと思うが
毎週自分で録画しておいたものである


独学のすすめ_d0085887_22583064.jpg


例えばこれは
常滑の急須作りの人間国宝山田常山さん
既にお亡くなりになっているが
私の工房では今なおお元気な姿を見せて頂ける
何度反復して見たことだろう


独学のすすめ_d0085887_22594168.jpg


「急須は茶碗より面倒な仕事だから
やってくれるひとは減ってしまったが
手がかかるからこそ遣り甲斐があるもんだよ」

リプレイするたびにこの教えを耳にすることになる
何と私が記憶違いしていたことを
今日になって発見したが

「目がものさしで手が道具」
これは加藤唐九郎さんの言葉ではなく
山田常山さんの教えだった


独学のすすめ_d0085887_23042649.jpg

このファイルには120~30人ほどの名工が収録されている
今となっては異郷のひとも多い
貴重な資料だ

何度も見直していると
前回気づかなかった微妙な手つきなどを見つけて
「なんだここで教えてくれてるではないか!」
その発見こそ自分の進歩だと思えるのだ

100人超の名工の卓越した技術を
ほしいままに独学できるチャンスは
自ら問題意識を抱えて注意深く探さねば
決して手に入らない

このライブの中にウォーリーを見つける度に
「きっともっといる
見つからないのは未だ下手だからだ」



独学のすすめ_d0085887_08584569.jpg

「手がかかるから挑む気になる」
糸抜きにかかるとき確かにそうだと思う



応援してくださる方・・クリックしてね!

# by touseigama696 | 2021-01-09 06:18 | ●提言 | Comments(6)

隗よりはじめよ

 隗よりはじめよ_d0085887_09580756.jpg



緊急事態宣言の発令後
議員の会食についてもルールを作るため

「議員同士の会食は4人以下とし
午後8時を越えないことにする
でどうだろうか」

現職の国対委員長が
こんなこと言ったらしい

確かに違法まがいのルールとは言えまい
しかし
なんという的外れな合意だろうか
追い打ちをかけるように
こうもつけ足したとか

「国会議員が行って会食しないと
料理屋も困るだろうしな」

最早途方もないドアホ領域である
我々国民は
この一人にも年間数千万円の税金を投じている
できるものなら即決で罷免し
その歳費で困ってる料理屋さんに
直接補償したほうが遥かにましである

「隗よりはじめよ」

この代議士さん読めるかなぁ~?
先ずは自分から始めよ
それが隗(かい)

つまり
国民に不自由を求めるなら
代議士はそれ以上の不自由とて受け入れ
率先して範を垂れよ
それが隗より始めよであり
そもそも
4人で8時前に終わらせればいいって
問題じゃないのだ
もっといえば意見交換のためなら
議事堂の会議室でいいではないか

一方で
こんな話もでてきた
現職の行革担当大臣が
一早く自ら議員宿舎に滞在して
そこからテレワークで執務するという話だ

閣僚としての身の安全を確保しながら
この先テレワークが比重を増す各界で
如何にシステムを構築し
実用に供するか大臣自ら試そうということらしい
これは時宜を得た試みで
流石に決めれば一徹の早業
大いに拍手を送りたいものである

つい最近
テレワークのPCからダァダ漏れの
情報漏洩が判明したが
あり得る不祥事と思う分やがて
ナンバーカードが絡む事件ともなれば
大騒動必至だけに
大臣の慧眼に期待したいところである

天と地ほどの「隗よりはじめ」違い
不安な年明けである


 隗よりはじめよ_d0085887_11315680.jpg


応援してくださる方・・クリックしてね!

# by touseigama696 | 2021-01-07 11:38 | ●世相あれこれ | Comments(6)

50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・


by touseigama696