<   2015年 09月 ( 27 )   > この月の画像一覧

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数日前電話で・・企画展の打診を頂いたとき
正直に書けば・・びっくりなのでした
そのギャラリーでの個展過去歴を見れば
ビッグネームがずらり・・格式が窺われます

もしお受けすれば・・それなりの決心が必要
「どれくらい時間をいただけますか?」
「どうでしょう・・再来年の年明けでは無理ですか?」
1年半弱・・それだけあって出来ないはない
「もし・・やれと仰るなら頑張ってみます」

今朝の再電話で・・打診はオファーに代わり
私もお受けすることにしたのでした

転居を挟んで3年近く・・
個展を視野に入れた準備までは無理でした
やっと今年から公募展に復活したばかり
せめて一回分の個展用作品を溜めたい・・と
密かに思っても・・ついつい自堕落になるもので
少々自責の念にかられもしていたところでした

いただいたこの企画展は・・私にとって
作家生命を賭けるものかもしれません
そのつもりで作らないと・・折角のオファーに
応えられそうにない・・と思うからです

月明の海に乗り出す・・
そんな気分がじわじわと湧いてきます
怪我や病気に気をつけて・・長い緊張に耐える
静かで強い日々にしなければ・・と思います

具体的な打ち合わせが済んだら
追々に・・ここでも書いてゆきますが
何かが動き始めたようです




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深川清澄庭園から森下町に向かって
萬年橋のたもとに・・「芭蕉庵跡」がある
この左手すぐが・・隅田川である

俗に言えば・・猫の額ほどの狭さ
六畳一間の庵だったようだから
むべなるかな・・でもある
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芭蕉の若い頃の俳号は・・「桃青」だった
「古池や蛙飛びこむ水の音」
この句は・・桃青時代ここで詠まれた
奥の細道に旅立ったのも・・ここからだ

私の工房は・・築窯時に桃青窯と名づけた
言うまでもなく・・松尾桃青にちなんだが
その由来は・・私の母・祖母につながる

戦後10年もしたころだったか
母親が自ら経営する薬局のほかに
小さな茶舗を始めた
自分でするというより・・自分の母
つまり私の祖母にやらせるためだった

明治生まれの祖母は
日がな店番をしながら・・近所のひとと
茶を喫して楽しんでたようなもんだが
その店の屋号を・・母は桃青園とした
彼女は・・俳句が好きで
当時は・・句会やら投稿やら夢中だったから
俳聖芭蕉の号を使いたかったに違いない

しかし祖母が亡くなり・・この茶舗も畳んだ
長いこと・・空き店で薬局の倉庫代わりだった
そこを少々改装し・・私の工房にした
母と祖母につながる店でもあるから
桃青園にちなんで・・桃青窯としたのである

私も俳句は嫌いじゃないが
陶芸と二足の草鞋はおこがましい
時々・・思いつくと句帳に書くに留めてる

「桃青」・・字面といい響きといい好きである
芭蕉さんには申し訳ないが・・だからといって
今更ご本人の了承のとれるはずもなく・・
碑に手を合わせ・・許されよ!である
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折角だから・・手元にある
中山義秀著「芭蕉庵桃青」の冒頭を引用し
深川ゆかりの芭蕉庵の風情を紹介しよう
と思ったが・・何と旧漢字が多くて些か面倒だ
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そこで・・冒頭の一文を写真にしてしまった
お読みいただけるだろうか?

そういうわけで・・昨日は
快晴の夏の終わりというか
秋の始まりというか
気持のいい一日を・・展覧会三つと
ほぼ10キロ江戸歩きで過ごしたのだった



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『無一物』に観る、茶碗のあるべきよう
ここでいう「無一物」とは・・長次郎作の赤楽茶碗で
「無一物」と銘された名碗のことである

茶の湯同好会機関紙「茶の湯」の最新号
その巻頭言が・・林屋晴三氏のこの言葉である

後段の部分を・・引用させていただく
「・・話は変わるが、利休居士の詫び数寄における
想念が具象化されたといえる長次郎の赤楽茶碗
「無一物」を、そのあとに展開して今日にいたる
和物茶碗の造形の原点と見る私は、
若い陶芸作家にそれを鑑賞してもらって、
彼らの茶碗の「あるべきよう」を考えてほしいと願い、
毎年「無一物」を観る茶会を催してきた。

それを手にして彼らは「わかった」ような顔をするが、
彼らが造ってきた茶碗を見ると、多くは自我を表出
させたものを個性の表現と思うのか、私の眼には
およそ茶碗たり得ぬ茶碗を造っている。

私は何のために「無一物」を手にしてもらったのかと
空しくなる。利休居士の心の自由が生み出した
無作為の造形性を深く観てくれないのだ。

「無一物」は茶碗の造形の終着点であり、
原点なのだということを理解したならば、
茶碗というもののあるべきようが自ずからわかる
に違いないと思うのだが。

私は、表面的にわかったと思っていることが
空しくなり、自我の表出を自分の芸術だと思う人とは
会いたくなくなってしまう。」


直言のままに読めば・・厳しい言葉ではあるが
一方で・・氏が席主を務められる茶会では
若い作家の茶陶が・・しばしば使われてもいる
本当に育ってほしいと願われる思いは・・伝わる

手捻りであれ・・轆轤であれ・・
作家が手を出さねば・・茶碗は出来ぬ
しかし・・だからといって
茶碗は・・作家の手だけで出来るわけでもない

使うひとがいて・・そこに普遍的な美があって
なお・・限りなく愛でるひとがいなければ
茶碗の茶碗らしさは・・生まれない

私見ではあるが・・
川喜田半泥子さんの茶碗を観ると
造るひと・・使うひと・・愛でる人
ひとりで全てをやってのけた稀有な作家
そう思うのだが・・せめて
造ることに・・全神経を集めてみたいと
密かに願ったりもするのだ・・だから
使うひと・・愛でるひとの箴言には謙虚たるべし
拝読しながら・・そう思ったのだ
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実は・・昨日の日曜日
私が所属する陶葉会の会員が
御大の神谷紀雄先生の工房に集まり
お招きした林屋晴三先生の眼前に
自作の幾つかを提示し・・講評と助言を頂く
その勉強会が行われた

先生は・・毎年のように「日本伝統工芸展」や
「日本陶芸展」「菊池ビエンナーレ」などで
鑑・審査を務められ・・我々作家には
極めて高名な学術研究者であって
その辛口な講評に何度も冷や汗を流したが
どんなに辛辣であっても・・
その一点をはずしてお目にかかると
実に慈愛に満ちた長老であって・・だから自ずと
「桃李成蹊」の由来ともなるのだ

こうして満面の笑みで講評を聞く作家も
決して褒められてばかりいるわけじゃない
しかし・・おっしゃる意味は深く胸を刺す
下手と言われても・・そこから脱出する術を
同時におっしゃってるからなのだ

「・・さて来年は・・みんなで茶碗を作ってください
それを持って集まりましょう・・議論しましょう!
その時はね・・「無一物」用意します
それを観ながら話しましょう」


1時間ほどの中国陶磁 朝鮮陶磁 日本陶磁
のつながりを講義された後・・そう仰った

作るということは・・伝来に学び伝来に迫り
そして・・伝来から脱けることであり
その一連の流れの中に伝統は息づくのだろう

「要るものは外すべからず・・しかして
要らざるは入れるなかれ」
ずっと思い続けていることが・・多分
自我の客視につながる筈だ

そんなことを考えながら帰路についた




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これはまた・・フワァ~ッと甘くて
口の中で・・トロリと溶けてゆきます
実に美味いのです・・これがポーポー
幻の果実とか・・初めて口にしました

若い頃・・私の腹に
果実の忍び込む隙はありませんでした
あれば・・そこでは肉だの魚だのが乱舞
「力」だけで生きてたのかもしれません

少し老いて・・果実の滋養に気づきました
長野・福島・大分・熊本・沖縄・・
旧い友人たちのご好意で
居ながらにして・・美味しい果実を頂いてます

今夜も・・食後のデザートはこれ
即ち・・甘くてフレイバーなポーポーに
舌つづみを打って・・楽しみました
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信州に住むSさんとは・・50年のおつきあい
それこそ青春時代から・・老境に至るまで
たおやかな糸でつながってきました
家族ぐるみ・・互いの歴史を充分承知して
長い時間が流れて行ったのでした

今となれば・・それこそ何呉れとなく
互いの口に合いそうな美味を送り合っては
人生の終章を・・恙なくと祈るばかりなのです

信州は果物の宝庫
リンゴは言うまでもなく・・洋梨であったり
こうして幻のポーポーだったり
過分な好意に甘えているのは・・当方ばかり
感謝・多謝の日々なのです




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by touseigama696 | 2015-09-26 22:57 | Comments(0)
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このところ手がけている・・ニュー・バージョンです
従来の作品と比較すれば
土を変え・糸を変え・紋様も変え
そして・・色も変えています

この皿はテスト・ピースなので
ここを起点に・・更に変化するかもしれません
来年に向けて・・勉強を始めています
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皿面に占める波状紋の面積比は
まだこれからのことで・・決めていませんが
従来同様・・天に少し空を残そうかな?

ここで使ってる糸は・・いつもの糸に比べて
半分の細さ・・つまり0.5mmです
みっちり貼ると・・やや銀彩めいてくるので
茄子紺の空が・・アクセントになってくれるかも

ニュー・バージョンでの試作を繰り返しながら
自己ベストへの道・・模索中です




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1,075回目の窯に火を入れた朝には
何も置いてなかったテーブルですが
1,075回目の火を落とした夜には
テーブルは・・こうなりました

5kgの粘土棒29本・・145㎏
教室の粘土を・・再生したというわけです
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頭の天辺から足のつま先まで
何から何までアナログでできた・・この土練機
でも・・まるで蒸気機関車のようなトルクで
カチカチの土塊さえ・・水を加えて
粉々にしてゆきます
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最初は・・つぶ餡だった粘土も
何度も何度もくぐらせると・・こし餡になりますが
作業中の粘土棒を・・水平に輪切りし
横の順序で・・押し込んでゆくと
粘性と湿性も・・平均化してゆきます

今日の粘土は・・かなりな量が乾燥してたので
つぶ餡をこし餡にするには・・
全量を・・6回ほどくぐらせたような気がします

土練機は・・焼成中の窯のすぐ脇
昨日書いたように・・丸一日窯傍で
ひたすら・・練ってましたが
窯傍は・・窯熱と同居ってわけで
好いダイエットだったかもしれません
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粉塵まき散らしながらの・・土練機関車
長時間の作業に・・弱音吐くでもなく
ご苦労さんなのでした
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後片づけと掃除を終えた夜の7時半
朝5時に火を入れた窯も・・1,240度に到達
全ての作業が終わりました

教室もやってましたが・・ベテランばかりで
それぞれに・・没我の世界だったようです
手伝ってもらったりもしたのに
大したお世話もできませんでしたが
その分・・タップリ粘土も再生したので
使い放題で・・せっせと挽いてくださいな

まだ削り粉が・・一杯溜まってるので
引き続き・・そっちも練らねばです

1,075回目の夜・・さすがにぐったりで
日課の4km歩行・・お休みにしたのでした




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今朝5時に・・窯に火を入れた
最初の1時間・・丁度100度を示してた
通算1,075回目の窯焚きの朝である
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温度板に・・100と記録しグラフに線を入れた
いつものことである
今日は酸化窯・・15時間ほどで終わる予定だ
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左が4kwの豆窯で・・右が17kw
今朝は・・こっちを焚いている

転居の折に・・それまで使っていたガス窯と
酸化専用にしていた電気窯の2基を手放し
酸化・還元両用の電気窯に変えたのだった
今朝で34回目の焼成である
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陶芸を始めて4年目に・・小さな窯を買った
記録では平成8年5月・・記録してある
まだ病院事務長をしながらの・・アマ時代
期待にわくわくしてた頃だった
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やがて独立して・・ガス窯を導入し
少しづつ本格的な焼成を勉強し始めたのだった

手放してみると・・ガスへの未練はないわけじゃない
しかし・・狭い工房を思えばこれもやむなしなのだ
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ガス窯をメインに使っていたせいもあるが
窯に火を入れたら・・その日はずっと窯傍で過ごす
窯から離れない・・今でもそれが私の信条である
ガスの場合は少し違うが・・電気での焙り初期なら
多少寝られもしようが・・それもしたことはない
最終的には1、200度超の世界・・幾ら慣れても
離れたり眠ったりする気分になれないのだ

このファイルには・・1,074回分の記録が
1時間ごとのグラフで記録されている
勿論・・ルーチンなら目安は頭の中にもある

しかし・・こうして記録することで
温度の推移に現れるいつにない微変を見逃さぬよう
窯傍で過ごすことを・・自分に義務づけてもいるのだ
どんなに注意深くしてもし過ぎることはない
万が一の灼熱の地獄を・・決して見たくないのだ

窯番交代要員のいない個人作家の宿命だと思って
時間に換算すれば・・1,075回で2万時間
およそ800日を・・窯傍で暮らしてきたことになる

ガスに比べれば・・電気窯ははるかにおとなしい
気分的には随分と楽になったが
それでもやはり1,200度なのだ
ゆめゆめ油断召さるな・・である



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テニスの国別対抗戦・・デビス・カップ
100年を越えた歴史がある・・勿論知ってるが
見るのは・・久しぶりである

ワールドグループ残留をかけたコロンビア戦
最終日のシングル2試合に勝って・・日本が残った
錦織クンもダニエル太郎クンも・・頑張った

テニスに限らないが・・スポーツの世界での
日本の若者の活躍は目覚ましい
昨日はラグビーの奇蹟も伝えられた
ゴルフもそうだし・・野球・サッカーもそこそこだ
狭い日本に拘らず・・世界に羽ばたいて
見事に成果をあげている・・素晴らしい!

政治のニュースを見てると・・
到底明るい気分にはなれないが
その分・・スポーツで激励されてるのかもしれない
若者の活躍・・時代を変えるのはいつでもこれだ
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昨日の試合で・・嬉しかったことがもうひとつ
勝った二人に・・現地のメディアがインタビューした
スペイン語の質問に・・ダニエル君は
流暢にスペイン語で答えてる

スペインを拠点に練習してるから・・当然だろうが
試合からインタビューの流れが・・実に滑らかで
ごく当たり前なプログラムで進む
だから・・試合に集中できるとも言える

続いてインタビューを受けた錦織クンは
今度は英語を使うインタビューアに
英語で答えてる・・いつものことだが
日本語でのやりとりと殆ど変らない
つまり・・ネイティブに近いのだ

ひと昔前には・・見られなかったことだ
通訳を交えてさえ・・たどたどしい答えで
思うことの半分も言えないナイーブな選手たち

錦織クン・ダニエル太郎クンを見てると
時代が大きく変わったのを・・強く感じる
世界に向かって・・堂々とアピールできる日本人
技術もコミニケーションも格段に進歩してる
世界に伍して強くなった・・素晴らしいことだと思う

ところで・・政治家さんのなかに
将来を嘱望される国際人は育ってるだろか?
そこがお粗末だと・・
この国の先々に不安が残るのだ

バイリンガルなコミュニケーション
碩学の世界観・歴史観
世界に通用する人間的な魅力
こうしたスキルは・・
集団的に身につくものじゃない
個別的な努力なしには手にできないのだ

「個別」と「集団」・・まずは
こっちで勉強してほしいものである




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先日・・柿傳でのウェルカム・パーティーに
久し振りにスーツで出かけたら
「似合うじゃない!」・・仲間に冷やかされた
そうかもしれない・・だって
陶芸家になってからの倍程の時間を
スーツやジャケットで過ごしてきたんだもの
年季は入ってるはずだ

昨年・・転居の折に
おびただしい数の衣類を処分した
スーツやジャケットも・・殆ど捨てた
チノパンとTシャツがあればOKの日々
滅多に着ないものは・・ほんの少々あればいい

数着のスーツとジャケットを残したが
どういうわけか・・スーツは薄手の夏物
ジャケットは厚手の冬物・・妙に偏ってる
断・捨・離のさじ加減を間違えたらしい
今頃の季節に着られるのが一着欲しくなった

そういうわけで・・昨日
17年ぶりに・・ジャケットを買った
写真写りの悪いジャケットだが
限りなく黒に近い・・「茶」
とても気に入って・・ひと目でこれにした

既製服の中で・・簡単に見つかる
サイズが豊富で・・183cmでもOK
いい時代になったもんだ




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「波状紋」は・・紋様であって絵ではない
だから・・忠実に波を写実しようとは思っていない
しかし・・最終的には「波」であってほしいから
そのデフォルメには神経を使い・・できるだけ
美しい波にしたいのは言うまでもない

実際に・・高い崖の上などから海を見下ろすと
沖に向かって繰り返される波紋が見えるが
それだけを見れば・・必ずしも美しくはない
しかし天候によっては・・実にリズミカルに連なり
その律動には・・やはり美しいものを感じる

自然な動きの中に・・一定のリズムをみつけ
それを表現しようとすることが・・
私なりの・・デフォルメの根拠だと思う

糸を貼りながら思うことは・・いつもそれだ
この写真の波づくりは・・
パターンでいえば・・四つ目くらいになる

最初の頃の・・やや写実に傾いた紋様より
多少デフォルメの効いたパターンになってきた
もう少し完成度をあげれば・・
紋様としての美しさに近づけるかもしれない

案外不思議なことだけど
実物の皿を目の前にするよりも
写真にしてみるほうが・・欠点が目につく
そして・・それを補整しようとしてる間に
ふと・・また違ったパターンに出会うものだ
ひとつが多くを生む・・そんなもんだ

100のレシピを覚えて100の料理を作る
これじゃ名手とは言えまい
10忘れれば・・90しか作れない
ひとつの原理から・・100の料理を作る
多分それが名手・・原理は忘れないからだ

ひとつの原理を探して・・遥かな旅
「人生もまた」・・である




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