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  • 巴里・・万歩計
    [ 2012-02-29 22:33 ]
  • 曲線・・昨夜の続き
    [ 2012-02-28 22:53 ]
  • 直線と曲線
    [ 2012-02-28 01:28 ]
  • 『共喰い』・・読み終えて
    [ 2012-02-27 00:42 ]
  • 一日・・いろいろ
    [ 2012-02-26 01:15 ]
  • 月と産声
    [ 2012-02-25 01:07 ]
  • 灰作り
    [ 2012-02-24 00:55 ]
  • 江戸&東京
    [ 2012-02-23 01:58 ]
  • 絶叫マッサージ
    [ 2012-02-21 23:38 ]
  • 春よ来い!!
    [ 2012-02-21 00:54 ]

2012年 02月 29日
巴里・・万歩計
ポン・ヌッフ(グーグルアースより)

「きりんの壺」のきりんさんと・・
ポン・ヌフの橋上で現地集合しよう・・って
そんなコメントしたせいか・・
今夜は・・パリを話題にすることにした

私が初めてパリに行ったのは1965年
何ときりんさんが生まれた年だとか
1ドルが360円で・・
年間渡航者が3万人しかいなかった時代だ
今なら・・成田の1日分にもなるまい

その旅の日記が残っていて
その日のパリを・・どう歩いたかも書いてある

貧乏だったが・・体力だけはたっぷりあった
大学4年の晩秋だった
サンジェルマン教会

グーグル・アースで見ながら
あの日歩いたパリを・・歩いたままに書いてみよう
多分・・若かったからとしか言いようがない

今となれば・・沢山の方がパリを歩いている
この道たどったら・・万歩計は何歩になるだろう
モンパルナス通り

殆ど記憶しているが・・日記帳と併用してみると・・

歩きはじめは・・昼食を済ませての午後とある
①ルーブルに近いホテルを出てシテに向かう

②ポン・ヌッフを渡ってシテ・・勿論ノートルダムに行ってる
 この頃・・大改修の工事中で外観は見えなかった

③サン・ルイ島から左岸にわたってサンジェルマン通りを西へ
 ソルボンヌのあたりを歩きながら・・デプレへ
 カルチェラタンの学生たちに混じって・・路地から路地へ

④デプレあたりから左折してリュクサンブール宮殿に・・
 広い庭園のベンチで手紙を書いていたら・・
 おばさんが寄ってきて・・ベンチ代30サンチーム払ってる
 20円くらいと記録してるが・・勿論フランが単位だった時代

⑤公園を出ると・・モンパルナス通りだ
  モンマルトルとはまた違った雰囲気のパリ
  絵になる通りだと・・晩秋の落葉を踏みしめて歩いた

⑥モンパルナス通りは・・アンバリッド通りにつながる
  やがてアンバリッドだ・・ナポレオンの棺がある
  セントヘレナから運ばれていらい・・
  開けたことのない棺だと聞いた

⑦アンバリッドを出ると目の前にセーヌ河
 アレキサンドル三世橋で右岸にもどれる
 橋上を歩いていたら・・突然対岸の街灯が
 一斉に点灯された・・既に暗くなっていた
 右手にコンコルド広場・・左手に凱旋門が見える
 シャンゼリーゼ通り

⑧コンコルドから凱旋門まで歩き・・Uターンして
 反対側の歩道でコンコルドに
 マリー・アントワネットの夢の跡

⑨広場を突っ切るとロワイヤル通り
 すぐ右手あたりにフォーブル・サンノーレ
 世に名高い高級ブティックが立ち並んでる
 ドル360円では・・ウィンドウ・ショッピング・・苦笑

⑩マドレーヌ寺院で右折して・・やがてオペラ座に出る
 別の夜に・・当日売りのチケットでバレーを観たが
 トイレを探すのが大変だった覚えがある
 オペラ通りを右折してセーヌに向かえば
 そのまま・・ルーブルにでてホテル到着だった

ホテルに着いたのが夜の8時ころ
その間・・飲まず食わず
幾ら貧乏でも・・それくらいの金はあったが
なぜか興奮して・・気づかないほどに夢中になって
石造の建物に長い歴史をたどっていた

はとバス・コースみたいなルートだが
小さな英語の地図を頼りに
たった独りで歩いた・・初めてのパリ
半世紀近く経っても・・記憶は鮮明
若いころの旅は・・そこがいい

若者よ!・・旅に出よ!
足だけが頼りの旅に出よ!
文明の利器を捨てた旅に出よ!
そして・・絶対に独りで旅に出よ!

そう言いたいな
カフェ・ル・ドーム

この旅の翌春・・テレビの仕事についたが
そこで仕えた我が・・亡きボスは
限りなくパリの好きなひとで・・ニックネームはムッシュ
私がいたビルの一階に・・
このLe Domeをなぞったカフェを作った

海外取材番組担当・・何度か取材に出たが
二度目のパリへ出向く途中の機上で
心臓発作を起こしたのが・・ひとつの引き金で
飛行機嫌いになったのが・・致命的だった
何度か挑戦してみたが・・変わらなかった

1970年のパリが最後の海外取材になったが
皮肉にも・・そのころから
海外渡航は・・どんどん開放されて
大勢の旅行客が・・出かけるようになった

さて・・長話になってしまったが
私の最初の「巴里歩き」・・
万歩計だと・・何歩になるんだろう?



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by touseigama696 | 2012-02-29 22:33 | ●エッセイ | Comments(12)
2012年 02月 28日
曲線・・昨夜の続き

二つの点を結ぶ最短の線が・・直線ということなら
最短でないものが・・曲線
直線よりも余分に線を使うわけだから
その使い方次第で・・饒舌にもなって
多分・・美しさも品性も失うことになる

そうしてみると・・
曲線での表現は・・技術的のみならず
人間性を問われることにもなりかねない

自然界には・・
何の作為もない無垢な曲線が沢山ある
昨日・・自然界に学ぶべきと書いたのは
定規に添えば・・
機械的に描けてしまう直線と違って
作為が働きやすい曲線が
如何に無心に引けるかを・・
大事にすべきと・・思うからだ

加飾としての曲線表現にとどまらず
ロクロ成形の場面でだって・・同じこと

挽けば削る・・量的には色々あるが
挽いたものは・・削って調子を整える
挽いてるときには・・水分から保護するために
厚めにしておかねばならぬ部分も
乾けば・・不要で削り落とす
削りもまた・・大事な技術である

ここに載せた三点は・・数日前に挽いたもの
手なりで挽いたからぬるいかも・・と書いた
主力の作品というわけじゃないが
曲線の削りの手慣らしにすることにした

真円も・・S字曲線も・・卵形楕円も
色々な作品のどこかで・・
必ず出っくわす曲線・・丁寧に稽古してみた

広くて穏やかなゲレンデを
大きなシュプールで滑るスラロームをイメージする
どこにも破断点が残らないように・・端から端まで・・
一本の流れるような曲線がほしい

この手の作品を作るときは
やはり時間を惜しまず
丁寧に向き合うことが大切だと思う
表現力を身につけながら・・
その上で・・大胆な個性を造形できればである

稽古もまた・・楽しからずや
半年後の個展を目指した一歩のつもりである




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by touseigama696 | 2012-02-28 22:53 | ○陶芸雑感 | Comments(2)
2012年 02月 28日
直線と曲線

今夜書いてみようと思う話題は・・
学問的に根拠があるわけじゃない
直感の言わせることだが・・
だからと言って・・思いつきでもない
どういうことかと・・言うと

「自然界に自然に存在するものに・・
直線で構成されるものはない」

こう言いきっていいのか・・私には確証はない
でも・・こんなことが頭に浮かぶ

子どもが・・紙に丸い円を書いたとして
「あら・・それってリンゴ?それとも・・すいか?」
って・・聞くかもしれないが
四角を書いたとしたら・・
自然界に自然に存在するもので例えられるだろうか
思いつかないのだ

さて・・もうひとつ確証もなしに書くが
だから直線は・・人間が観念的に作った線
そう考えれば・・四角を書いた子どもに
「それって・・お豆腐?それともノート?」
って聞けるではないか・・どちらも人工物だ

直線は・・人間が考えた概念とすれば
直線を書くなら・・人間が一番上手いはずだ

一方で・・曲線なら
自然界には幾らでもある
全て形あるものは・・曲線で構成されているとして
もし・・人間が曲線を描こうとしたら
自然に学ぶ必要がある

私が・・細い糸状テープを貼りめぐらして
波状の紋様を打とうとすれば
波を観察し・・特性を掴んで貼らねばならぬ
自然が無限の時間を使って繰り返してきた「波の曲線」
簡単に真似でききる筈もない

今のモチーフを手がけ始めたころ
笠間の山路さんに・・こう助言されたことがある
「この技法は・・曲線がいいね」

その時から・・
ここに書いてきたことが頭にある
直線なら・・人間が一番
でも曲線なら・・飽きず繰り返して
まずは自然の造形物に・・近づこうとすべきだ

色々試行錯誤してきて・・
直線は・・目で作れるが
曲線は・・脳内のリズムだ
だから・・曲線は音楽だと思う

大皿に波状紋を打つときは・・
スキーに乗って・・音楽を聞きながら
壮大なゲレンデを・・滑り下りてくる気分
自然界に同調できたような・・その気分が
僅かに・・波らしい波線が描けるようだ

曲線にこだわる旅は・・
まだしばらく続けるつもりである



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by touseigama696 | 2012-02-28 01:28 | ○陶芸雑感 | Comments(6)
2012年 02月 27日
『共喰い』・・読み終えて

独り静かな・・日曜日
日がな・・ロクロを挽いたり削ったり

合間に・・昨日の続き
話題の芥川賞・・『共喰い』読み終えた

結論からいえば・・選評で
東京都知事閣下が決別の辞に書いた
「・・老兵は消えてゆくのみ・・さらば芥川賞」・・に共感

もともと・・熱心な芥川賞読者でなかったから
さらば・・もないもんだが
しかし・・私もまた未練もなく「さらば」である

若いころから・・
小説を読むのは好きだったが
だからといって・・
かくもグロテスクなプロットに
少なくとも私には・・楽しめるものは何もなかった

狭い世界の醜悪・・それもたった3分間の出来事を
まるで1時間もかけて・・執拗に解説してもらってるみたい
だからどうだっていうの・・?
醜悪を還元焼成してみたら・・
窯変して何が生まれたっていうの・・?
さっぱり・・である

更に不可解なのは・・選考委員の選評

*文章が躍動し作品の密度の高まって・・
*弛むことなく緊張が続き 濃密な空気を持続させて・・
*グロテスクなエピソードを美しく詩的に反転させる・・
*田中さんにしか書けない存在感を・・
*叙事詩の格調さえも漂わす・・

私には・・このどれも全く脳裏に浮かばない
なんの感銘も感動もないままに・・「さらば!芥川賞」である

どれも2kgの粘土で・・挽いた
特に・・こう作ろうではなく
気の向くまま・・手の赴くままである

そのせいか・・やっぱりぬるいみたいだ
ユニークにつながる造形
手なりに・・どう掉させばいいんだろ
明日もやってみよう



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by touseigama696 | 2012-02-27 00:42 | ●エッセイ | Comments(0)
2012年 02月 26日
一日・・いろいろ

決して不審なものではありません
私にとっては定番の搬入梱包
大きなポリ盥が・・大皿にぴったり
上に・・タタラの長方皿が一枚
今回は・・二点出品としました

出品作品は・・未発表が条件で
ブログに載せるのが発表なのかは
定かではないのですが・・
一応・・控えておくことにします

土曜日の今朝・・
10時の受けつけ開始に合わせて
雨の中・・濡れないように防御してでかけました

「第52回 東日本伝統工芸展」
今年の公募展が・・また始まりました
幸いなことに・・搬入会場は
私の工房から・・30分ほど
毎回・・自分で運び込みます

搬入会場で・・
これらの図録を手に入れることができました
全国各地の支部展の図録です

私は東日本支部ですから
自分の地域の図録は手に入りますが
よその支部の図録は・・滅多にありません

秋の本選とはまた違った顔ぶれの作品が見られ
とても良い勉強になります

帰宅したら・・アマゾンからこれも届きました
数日前・・「きりんの壺」ブログで有名な
あのきりんさんが書いてた・・日本画の松井冬子さんの特集
早速・・取り寄せたというわけですが・・
難解な松井哲学・・じっくりと腰を据えて熟読せねば・・です

美女の誉れ高い女性ですが・・
それだけじゃないのは・・言うまでもなく
あのきりんさんが衝撃を受けた才能を
辿ってみることにします

一度にそんなに読めるわけじゃないのに
これもタイミングですから・・買っておかないとと
文春を買って・・田中慎弥氏の「共喰い」を
読んでやることにしました・・笑

これを一番最初にと・・読みだしましたが
感想は・・また別の日にということで・・

今日は・・教室開講日・・
搬入を済ませて・・急いでもどりました 
午後からは・・みなさん大物に取り組んで
格闘が続きました

5kgから8kgで大皿・・
このあたりから・・全身を使っての闘いですが
闘いに始まって・・やがて折り合いがついて
土が自由になるまでの間
陶芸でも・・最も楽しい時期のひとつ

紅潮した表情からも・・力勝負が垣間見えて
ロクロ回りに活気が漂います
公募展を目指しての・・稽古が続きます

いろいろあった一日でした




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by touseigama696 | 2012-02-26 01:15 | ●工房便り | Comments(4)
2012年 02月 25日
月と産声

「私が意識して使わない言葉がひとつある
それは・・「~してあげる」という言葉 
看護を学んでいるときに・・ある先生から、
看護に”あげる”という気持ちは 禁物よ・・
と教えられてから守っている」


ご自分のブログでこう書いたカーコスキー朱美さんから
カードを添えて・・6冊の本が送られてきた
ブログを通して長いおつきあいの彼女は・・
経験豊かな助産師さんである
1~2度工房でお目にもかかっている
ご自分も病を抱えていながら・・しかし
圧倒的な迫力で・・新しい生命の誕生に献身している

専門領域を話題にしての「月と産声」のエッセイは
少々長めに齢を重ねてきたとはいえ
男には・・触れずに通り過ぎてきた未知を
改めて教えられる思いで・・読ませていただいていた

季刊で発行されていた雑誌が100号ともなって
新書版に体裁を整えての発刊とか・・
全て静岡県に関わる記事でまとめて・・それも6冊
静岡県の郷土愛も・・大したものである

病院の事務長時代の私は・・
毎年のように・・看護助手をしながら通学し
看護資格を得た看護師を祝った覚えがある

当時は・・看護師ではなく看護婦だった
今では見かけなくなったが・・はれて
固い糊の利いたナースキャップをつけての
誇らしげな初日を・・思い出す

看護学校での大事な行事のひとつに
戴帽式があって・・
学生には忘れられない思い出のはずだ
きつい・・汚い・・危険の3Kに耐えたのは
戴帽の厳粛がもたらす献身だったにちがいない

戴帽式が消えて・・
ナイチンゲール誓詞を読むことも減ったとか
残っているのは・・3Kだけでは寂しい
看護婦が・・看護師になり・・
婦長が・・師長と呼ばれるようになった後のこと
長年馴染んだ呼称は・・やはり今でも懐かしい

ナイチンゲール誓詞の中の一節
「・・任務の標準を高くせん」の心がけに
それはそれとして・・しかし
「果たして医学は進歩だけなのか?
進歩と引き換えに後退したこと
失ったことはないのか?
進歩の方向は正しいのか?
産科の現場やがん治療の現場をみると
私は疑問に思うことがある」
・・
と彼女は書いている

一昨日の「江戸&東京」で書いたが
言いたかったことの根っこは一緒だと思う
任務の標準を高からしむるために集める・・
膨大な情報が・・進歩ではなく劣化を招く
皮肉なことだが・・随所で見かけることなのだ

彼女のエッセイを読むと
科学技術依存の助産ではなく・・文字通り・・
「月と産声」の助産が理解できる

彼女のブログ・・
月明かりの産屋をごらんになってみてください




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by touseigama696 | 2012-02-25 01:07 | ●畏友交遊 | Comments(6)
2012年 02月 24日
灰作り

私の地元には・・沢山の梨園があります
毎年今ごろ・・梨の木を剪定して枝を払い
払った枝は・・焼いて肥料に使ったりします

近所の梨園さんから・・その一部を分けていただきました

この土嚢袋で三袋を持ち帰りました
スコップですくったものですから
不純物も色々混じっています

大きなポリバケツに移し
しばらくの間・・水を浸して灰汁抜きします

三袋分を入れるとこうなりますが
でも・・最終的に使える灰は・・
ほんの僅かになってしまいます

しかし・・そうしてできる純粋な単味の灰は
やきものの大事な釉薬に変身するのです

この灰には・・梨の木以外は混じっていません
その単味の灰のことを・・柞灰(いすばい)と言います
元々は柞の木の灰のことだった筈ですが
単味の場合も・・同じように柞灰と言うようです

その反対に・・
多種類の木を焼いた灰のことを土灰と言います
囲炉裏の灰などは・・土灰です
土灰には・・個性はありませんが
柞灰となると・・単味ですから個性もあって
梨灰は・・私にとってはご当地灰
使い方で・・郷土愛にもつながりそうです

灰汁抜きしたら・・篩にかけて不純物を除き
乾燥させた上で・・他の材料と調整して
梨灰釉・・になるわけです

中央の黄色の部分が・・以前に調整した梨灰釉
今回の分が・・同じように発色するかは
やはり・・作ってみないと正確にはわかりません
そこらへんは・・やはりスリリングでもあります



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by touseigama696 | 2012-02-24 00:55 | ●工房便り | Comments(8)
2012年 02月 23日
江戸&東京

近代日本誕生の明治維新から・・およそ150年
同じ150年を・・家康の江戸幕府開設から計れば
ほぼ8代将軍吉宗の時代である
どちらも150年だが・・同じ時間とは思えない

吉宗が乗ったかごは・・家康のそれと大して違わないし
身につけた裃とて・・似たようなものだ
150年は・・殆ど変化を生んではいない
年表をたどってみても・・精々2~30年の変化にしか見えない

家康から吉宗の150年も
吉宗から慶喜の150年も・・東海道は歩いて2週間
300年間・・歩くしかなかった

竜馬がいて・・隆盛がいて・・海舟がいた幕末
今になれば・・歴史上の人物たちだが
あれから同じ150年・・なのに東海道は2時間半だ
300年歩いてたのが・・まるで嘘みたいだ

裃を脱ぎ・・髷を切り・・靴をはいた
車にも乗れば・・飛行機だってある
電気があって・・石油があって・・
暖かくも・・涼しくも自在に暮せるようになった

すさまじい進歩と変化の中で
竜馬は・・ちょっとした先達ってわけじゃなくなった
150年前は・・遥か遠い昔になってしまった

さて・・
だからといって人間は・・日本人は・・
150年に相応しく・・進化してきたんだろうか

進歩を作りはしたが・・進化してはいない
そう思いたくなるほどに・・
近頃人間は・・劣化してしまったようだ

かごを自動車に作り変えながら
竜馬は・・誰になれたというのだろう

動かざること山のごとし・・鎖国とはいえ
300年・・さしたる進歩もないままに生きた江戸
さりながら・・石積みの石垣は
鉄筋より弱かったとはいえないかもしれない

じっくりと焙った窯のように
動かざる長い時間は・・器を強靱にする
野暮でも・・真っすぐに生きる男たち
150年は・・そういう時間でないと・・

校長が・・教員室で教師の財布を盗んだとか・・
もしほんとなら・・これは過ちなんかじゃない
人間の劣化でしかないような気がする

150年かけて・・ひどく劣化してしまったのかも
こんなことのための進歩だったのだろうか・・
あらゆる意味で・・速すぎたんだと・・思う





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by touseigama696 | 2012-02-23 01:58 | ●エッセイ | Comments(4)
2012年 02月 21日
絶叫マッサージ

太さんは中国人・・目下私にとって
なくてはならないフィジカル・トレーナーである

太さんは・・私のブログを読んでいる
だから・・電話すると大体様子がわかるようだ
「ヨク・・ハタラキマシタネェ!!」
いつもニコニコと・・優しい言葉で迎えてくれる

根詰めた仕事して・・
ガチガチにピノキオ化した私を
解凍してくれるのが・・太さんなのだ

但し・・解凍するには絶叫マシーンに乗らねばならぬ
それに気づくのは・・
最初の気持ち良い寛ぎのレベルを越えてからだ

ウトウトから目覚めると・・
そこから先は・・絶叫につぐ絶叫
小さなベッドをのたうちまわることになる

大して力を入れてないのに
太さんの指が押した部位は
内臓だろうが・・筋肉だろうが
まるで・・小伝馬町牢屋敷の拷問さながら・・
もしかしたら隣り近所に聞こえるかもと
ちと不安になるほど・・悲鳴をあげることになるのだ

太さんに言わせれば・・
それだけ身体をいじめてたことになるんだそうだ

「アノオオキナオサラ・・セッカクツクッタンダカラ
ウルノイヤジャナイデスカ・・?」
拷問しながら・・話しかけてくるが
答えられるわけないじゃん!!・・

峠を越えて・・このハムストリングになるころは
また気持ちよさが戻ってきて・・終わることになる
たっぷり1時間かける

マッサージの最中に眠ってしまうのは
昔なら・・損したような気分だったが
太さんの場合・・眠れたら眠る方が幸せだ
眠っててくれたほうが・・揉みやすいと言う

実際・・終わってみれば身体が軽い
眠ってる間をサボってるわけじゃないのが判る・・笑

どんなに絶叫しても・・また行く
この痛みの向こうに・・幸せがあるから
帰り道・・いつものように独りごちた

夕方・・チラッと窯を覗いて
どうやら・・無事に焼けてそうだ
24日の納品と25日の締め切りに間に合う

それがわかって・・だから
「太ちゃん!・・今から行っていい?」
「どうぞ!!」

そういうわけだった・・
ついでに早寝することにして
何と・・ブログも日付け内に書けた
珍しくも久しぶりのことである



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by touseigama696 | 2012-02-21 23:38 | ●畏友交遊 | Comments(8)
2012年 02月 21日
春よ来い!!

昨日は・・豆窯だったが15時間の焼成
今日は・・17キロの電気窯
公募展用の大皿二枚が入ってる
朝9時から・・同じ15時間の焼成である
今・・日付けが変わって火を止めた

窯番をしながら・・昨日の続き
タタラの花器に・・糸を貼り続けた
表裏・・波紋は同じだが
紋様の面積を変えてみた

貼り終えて・・一気に顔料も掛けた
どんなに大きくても・・霧吹きを使う
決まった手順で・・決まった方向に吹き
むらが出ないようにするが・・厚みは勘に頼る

終わって・・一本一本糸をはずす
このとき・・厚みの良し悪しが判る
厚過ぎれば・・バリが出やすい

糸をはずし・・養生を除けばこうなる
余分に飛んだ化粧土を削り・・
バリに手を入れれば終わりだ

こんな作業を続けていると
殆ど目線をはずさず・・手だけで貼るせいで
かなり腰と肩が悲鳴を上げる
まして・・寒い日は堪える

とりわけ・・左手人差し指には過酷な季節
1mmの糸を・・1~2mm間隔で貼ってゆくが
波を作る軌道は・・左人差し指で糸を追って作る

肌理の細かい土だけど
微妙な力加減で・・指を這わせ続けるのはきつい

何日も続けていると・・指はこうなる
アカギレだけじゃない
指紋が消えて・・皮膚が薄くなって
やがて血が滲むのだ
アカギレと重なれば・・更に痛みは強い

は~るよコイッ!!・・切実な願いである
いつものことだけど・・
三月の声を聞くと・・
いつの間にか痛みは消えるからだ

「はぁ~るよ・・コイッ!!」・・
もう少しの我慢である




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by touseigama696 | 2012-02-21 00:54 | ●工房便り | Comments(4)