|
2012年 02月 29日
![]() 「きりんの壺」のきりんさんと・・ ポン・ヌフの橋上で現地集合しよう・・って そんなコメントしたせいか・・ 今夜は・・パリを話題にすることにした 私が初めてパリに行ったのは1965年 何ときりんさんが生まれた年だとか 1ドルが360円で・・ 年間渡航者が3万人しかいなかった時代だ 今なら・・成田の1日分にもなるまい ![]() その旅の日記が残っていて その日のパリを・・どう歩いたかも書いてある 貧乏だったが・・体力だけはたっぷりあった 大学4年の晩秋だった ![]() グーグル・アースで見ながら あの日歩いたパリを・・歩いたままに書いてみよう 多分・・若かったからとしか言いようがない 今となれば・・沢山の方がパリを歩いている この道たどったら・・万歩計は何歩になるだろう ![]() 殆ど記憶しているが・・日記帳と併用してみると・・ 歩きはじめは・・昼食を済ませての午後とある ①ルーブルに近いホテルを出てシテに向かう ②ポン・ヌッフを渡ってシテ・・勿論ノートルダムに行ってる この頃・・大改修の工事中で外観は見えなかった ③サン・ルイ島から左岸にわたってサンジェルマン通りを西へ ソルボンヌのあたりを歩きながら・・デプレへ カルチェラタンの学生たちに混じって・・路地から路地へ ④デプレあたりから左折してリュクサンブール宮殿に・・ 広い庭園のベンチで手紙を書いていたら・・ おばさんが寄ってきて・・ベンチ代30サンチーム払ってる 20円くらいと記録してるが・・勿論フランが単位だった時代 ⑤公園を出ると・・モンパルナス通りだ モンマルトルとはまた違った雰囲気のパリ 絵になる通りだと・・晩秋の落葉を踏みしめて歩いた ⑥モンパルナス通りは・・アンバリッド通りにつながる やがてアンバリッドだ・・ナポレオンの棺がある セントヘレナから運ばれていらい・・ 開けたことのない棺だと聞いた ⑦アンバリッドを出ると目の前にセーヌ河 アレキサンドル三世橋で右岸にもどれる 橋上を歩いていたら・・突然対岸の街灯が 一斉に点灯された・・既に暗くなっていた 右手にコンコルド広場・・左手に凱旋門が見える シャンゼリーゼ通り ⑧コンコルドから凱旋門まで歩き・・Uターンして 反対側の歩道でコンコルドに マリー・アントワネットの夢の跡 ⑨広場を突っ切るとロワイヤル通り すぐ右手あたりにフォーブル・サンノーレ 世に名高い高級ブティックが立ち並んでる ドル360円では・・ウィンドウ・ショッピング・・苦笑 ⑩マドレーヌ寺院で右折して・・やがてオペラ座に出る 別の夜に・・当日売りのチケットでバレーを観たが トイレを探すのが大変だった覚えがある オペラ通りを右折してセーヌに向かえば そのまま・・ルーブルにでてホテル到着だった ホテルに着いたのが夜の8時ころ その間・・飲まず食わず 幾ら貧乏でも・・それくらいの金はあったが なぜか興奮して・・気づかないほどに夢中になって 石造の建物に長い歴史をたどっていた はとバス・コースみたいなルートだが 小さな英語の地図を頼りに たった独りで歩いた・・初めてのパリ 半世紀近く経っても・・記憶は鮮明 若いころの旅は・・そこがいい 若者よ!・・旅に出よ! 足だけが頼りの旅に出よ! 文明の利器を捨てた旅に出よ! そして・・絶対に独りで旅に出よ! そう言いたいな ![]() この旅の翌春・・テレビの仕事についたが そこで仕えた我が・・亡きボスは 限りなくパリの好きなひとで・・ニックネームはムッシュ 私がいたビルの一階に・・ このLe Domeをなぞったカフェを作った 海外取材番組担当・・何度か取材に出たが 二度目のパリへ出向く途中の機上で 心臓発作を起こしたのが・・ひとつの引き金で 飛行機嫌いになったのが・・致命的だった 何度か挑戦してみたが・・変わらなかった 1970年のパリが最後の海外取材になったが 皮肉にも・・そのころから 海外渡航は・・どんどん開放されて 大勢の旅行客が・・出かけるようになった さて・・長話になってしまったが 私の最初の「巴里歩き」・・ 万歩計だと・・何歩になるんだろう? 2012年 02月 28日
![]() 二つの点を結ぶ最短の線が・・直線ということなら 最短でないものが・・曲線 直線よりも余分に線を使うわけだから その使い方次第で・・饒舌にもなって 多分・・美しさも品性も失うことになる そうしてみると・・ 曲線での表現は・・技術的のみならず 人間性を問われることにもなりかねない 自然界には・・ 何の作為もない無垢な曲線が沢山ある 昨日・・自然界に学ぶべきと書いたのは 定規に添えば・・ 機械的に描けてしまう直線と違って 作為が働きやすい曲線が 如何に無心に引けるかを・・ 大事にすべきと・・思うからだ ![]() 加飾としての曲線表現にとどまらず ロクロ成形の場面でだって・・同じこと 挽けば削る・・量的には色々あるが 挽いたものは・・削って調子を整える 挽いてるときには・・水分から保護するために 厚めにしておかねばならぬ部分も 乾けば・・不要で削り落とす 削りもまた・・大事な技術である ![]() ここに載せた三点は・・数日前に挽いたもの 手なりで挽いたからぬるいかも・・と書いた 主力の作品というわけじゃないが 曲線の削りの手慣らしにすることにした 真円も・・S字曲線も・・卵形楕円も 色々な作品のどこかで・・ 必ず出っくわす曲線・・丁寧に稽古してみた 広くて穏やかなゲレンデを 大きなシュプールで滑るスラロームをイメージする どこにも破断点が残らないように・・端から端まで・・ 一本の流れるような曲線がほしい この手の作品を作るときは やはり時間を惜しまず 丁寧に向き合うことが大切だと思う 表現力を身につけながら・・ その上で・・大胆な個性を造形できればである 稽古もまた・・楽しからずや 半年後の個展を目指した一歩のつもりである 2012年 02月 28日
![]() 今夜書いてみようと思う話題は・・ 学問的に根拠があるわけじゃない 直感の言わせることだが・・ だからと言って・・思いつきでもない どういうことかと・・言うと 「自然界に自然に存在するものに・・ 直線で構成されるものはない」 こう言いきっていいのか・・私には確証はない でも・・こんなことが頭に浮かぶ 子どもが・・紙に丸い円を書いたとして 「あら・・それってリンゴ?それとも・・すいか?」 って・・聞くかもしれないが 四角を書いたとしたら・・ 自然界に自然に存在するもので例えられるだろうか 思いつかないのだ さて・・もうひとつ確証もなしに書くが だから直線は・・人間が観念的に作った線 そう考えれば・・四角を書いた子どもに 「それって・・お豆腐?それともノート?」 って聞けるではないか・・どちらも人工物だ ![]() 直線は・・人間が考えた概念とすれば 直線を書くなら・・人間が一番上手いはずだ 一方で・・曲線なら 自然界には幾らでもある 全て形あるものは・・曲線で構成されているとして もし・・人間が曲線を描こうとしたら 自然に学ぶ必要がある 私が・・細い糸状テープを貼りめぐらして 波状の紋様を打とうとすれば 波を観察し・・特性を掴んで貼らねばならぬ 自然が無限の時間を使って繰り返してきた「波の曲線」 簡単に真似でききる筈もない ![]() 今のモチーフを手がけ始めたころ 笠間の山路さんに・・こう助言されたことがある 「この技法は・・曲線がいいね」 その時から・・ ここに書いてきたことが頭にある 直線なら・・人間が一番 でも曲線なら・・飽きず繰り返して まずは自然の造形物に・・近づこうとすべきだ 色々試行錯誤してきて・・ 直線は・・目で作れるが 曲線は・・脳内のリズムだ だから・・曲線は音楽だと思う 大皿に波状紋を打つときは・・ スキーに乗って・・音楽を聞きながら 壮大なゲレンデを・・滑り下りてくる気分 自然界に同調できたような・・その気分が 僅かに・・波らしい波線が描けるようだ 曲線にこだわる旅は・・ まだしばらく続けるつもりである 2012年 02月 27日
![]() 独り静かな・・日曜日 日がな・・ロクロを挽いたり削ったり ![]() 合間に・・昨日の続き 話題の芥川賞・・『共喰い』読み終えた ![]() 結論からいえば・・選評で 東京都知事閣下が決別の辞に書いた 「・・老兵は消えてゆくのみ・・さらば芥川賞」・・に共感 もともと・・熱心な芥川賞読者でなかったから さらば・・もないもんだが しかし・・私もまた未練もなく「さらば」である 若いころから・・ 小説を読むのは好きだったが だからといって・・ かくもグロテスクなプロットに 少なくとも私には・・楽しめるものは何もなかった ![]() 狭い世界の醜悪・・それもたった3分間の出来事を まるで1時間もかけて・・執拗に解説してもらってるみたい だからどうだっていうの・・? 醜悪を還元焼成してみたら・・ 窯変して何が生まれたっていうの・・? さっぱり・・である 更に不可解なのは・・選考委員の選評 *文章が躍動し作品の密度の高まって・・ *弛むことなく緊張が続き 濃密な空気を持続させて・・ *グロテスクなエピソードを美しく詩的に反転させる・・ *田中さんにしか書けない存在感を・・ *叙事詩の格調さえも漂わす・・ 私には・・このどれも全く脳裏に浮かばない なんの感銘も感動もないままに・・「さらば!芥川賞」である ![]() どれも2kgの粘土で・・挽いた 特に・・こう作ろうではなく 気の向くまま・・手の赴くままである そのせいか・・やっぱりぬるいみたいだ ユニークにつながる造形 手なりに・・どう掉させばいいんだろ 明日もやってみよう 2012年 02月 26日
![]() 決して不審なものではありません 私にとっては定番の搬入梱包 大きなポリ盥が・・大皿にぴったり 上に・・タタラの長方皿が一枚 今回は・・二点出品としました 出品作品は・・未発表が条件で ブログに載せるのが発表なのかは 定かではないのですが・・ 一応・・控えておくことにします ![]() 土曜日の今朝・・ 10時の受けつけ開始に合わせて 雨の中・・濡れないように防御してでかけました 「第52回 東日本伝統工芸展」 今年の公募展が・・また始まりました 幸いなことに・・搬入会場は 私の工房から・・30分ほど 毎回・・自分で運び込みます ![]() 搬入会場で・・ これらの図録を手に入れることができました 全国各地の支部展の図録です 私は東日本支部ですから 自分の地域の図録は手に入りますが よその支部の図録は・・滅多にありません 秋の本選とはまた違った顔ぶれの作品が見られ とても良い勉強になります ![]() 帰宅したら・・アマゾンからこれも届きました 数日前・・「きりんの壺」ブログで有名な あのきりんさんが書いてた・・日本画の松井冬子さんの特集 早速・・取り寄せたというわけですが・・ 難解な松井哲学・・じっくりと腰を据えて熟読せねば・・です 美女の誉れ高い女性ですが・・ それだけじゃないのは・・言うまでもなく あのきりんさんが衝撃を受けた才能を 辿ってみることにします ![]() 一度にそんなに読めるわけじゃないのに これもタイミングですから・・買っておかないとと 文春を買って・・田中慎弥氏の「共喰い」を 読んでやることにしました・・笑 これを一番最初にと・・読みだしましたが 感想は・・また別の日にということで・・ ![]() 今日は・・教室開講日・・ 搬入を済ませて・・急いでもどりました 午後からは・・みなさん大物に取り組んで 格闘が続きました ![]() 5kgから8kgで大皿・・ このあたりから・・全身を使っての闘いですが 闘いに始まって・・やがて折り合いがついて 土が自由になるまでの間 陶芸でも・・最も楽しい時期のひとつ 紅潮した表情からも・・力勝負が垣間見えて ロクロ回りに活気が漂います 公募展を目指しての・・稽古が続きます いろいろあった一日でした 2012年 02月 25日
![]() 「私が意識して使わない言葉がひとつある それは・・「~してあげる」という言葉 看護を学んでいるときに・・ある先生から、 看護に”あげる”という気持ちは 禁物よ・・ と教えられてから守っている」 ご自分のブログでこう書いたカーコスキー朱美さんから カードを添えて・・6冊の本が送られてきた ブログを通して長いおつきあいの彼女は・・ 経験豊かな助産師さんである 1~2度工房でお目にもかかっている ご自分も病を抱えていながら・・しかし 圧倒的な迫力で・・新しい生命の誕生に献身している 専門領域を話題にしての「月と産声」のエッセイは 少々長めに齢を重ねてきたとはいえ 男には・・触れずに通り過ぎてきた未知を 改めて教えられる思いで・・読ませていただいていた 季刊で発行されていた雑誌が100号ともなって 新書版に体裁を整えての発刊とか・・ 全て静岡県に関わる記事でまとめて・・それも6冊 静岡県の郷土愛も・・大したものである ![]() 病院の事務長時代の私は・・ 毎年のように・・看護助手をしながら通学し 看護資格を得た看護師を祝った覚えがある 当時は・・看護師ではなく看護婦だった 今では見かけなくなったが・・はれて 固い糊の利いたナースキャップをつけての 誇らしげな初日を・・思い出す 看護学校での大事な行事のひとつに 戴帽式があって・・ 学生には忘れられない思い出のはずだ きつい・・汚い・・危険の3Kに耐えたのは 戴帽の厳粛がもたらす献身だったにちがいない 戴帽式が消えて・・ ナイチンゲール誓詞を読むことも減ったとか 残っているのは・・3Kだけでは寂しい 看護婦が・・看護師になり・・ 婦長が・・師長と呼ばれるようになった後のこと 長年馴染んだ呼称は・・やはり今でも懐かしい ![]() ナイチンゲール誓詞の中の一節 「・・任務の標準を高くせん」の心がけに それはそれとして・・しかし 「果たして医学は進歩だけなのか? 進歩と引き換えに後退したこと 失ったことはないのか? 進歩の方向は正しいのか? 産科の現場やがん治療の現場をみると 私は疑問に思うことがある」・・ と彼女は書いている 一昨日の「江戸&東京」で書いたが 言いたかったことの根っこは一緒だと思う 任務の標準を高からしむるために集める・・ 膨大な情報が・・進歩ではなく劣化を招く 皮肉なことだが・・随所で見かけることなのだ 彼女のエッセイを読むと 科学技術依存の助産ではなく・・文字通り・・ 「月と産声」の助産が理解できる 彼女のブログ・・ 月明かりの産屋をごらんになってみてください 2012年 02月 24日
![]() 私の地元には・・沢山の梨園があります 毎年今ごろ・・梨の木を剪定して枝を払い 払った枝は・・焼いて肥料に使ったりします 近所の梨園さんから・・その一部を分けていただきました ![]() この土嚢袋で三袋を持ち帰りました スコップですくったものですから 不純物も色々混じっています ![]() 大きなポリバケツに移し しばらくの間・・水を浸して灰汁抜きします ![]() 三袋分を入れるとこうなりますが でも・・最終的に使える灰は・・ ほんの僅かになってしまいます しかし・・そうしてできる純粋な単味の灰は やきものの大事な釉薬に変身するのです ![]() この灰には・・梨の木以外は混じっていません その単味の灰のことを・・柞灰(いすばい)と言います 元々は柞の木の灰のことだった筈ですが 単味の場合も・・同じように柞灰と言うようです その反対に・・ 多種類の木を焼いた灰のことを土灰と言います 囲炉裏の灰などは・・土灰です 土灰には・・個性はありませんが 柞灰となると・・単味ですから個性もあって 梨灰は・・私にとってはご当地灰 使い方で・・郷土愛にもつながりそうです 灰汁抜きしたら・・篩にかけて不純物を除き 乾燥させた上で・・他の材料と調整して 梨灰釉・・になるわけです ![]() 中央の黄色の部分が・・以前に調整した梨灰釉 今回の分が・・同じように発色するかは やはり・・作ってみないと正確にはわかりません そこらへんは・・やはりスリリングでもあります 2012年 02月 23日
![]() 近代日本誕生の明治維新から・・およそ150年 同じ150年を・・家康の江戸幕府開設から計れば ほぼ8代将軍吉宗の時代である どちらも150年だが・・同じ時間とは思えない ![]() 吉宗が乗ったかごは・・家康のそれと大して違わないし 身につけた裃とて・・似たようなものだ 150年は・・殆ど変化を生んではいない 年表をたどってみても・・精々2~30年の変化にしか見えない ![]() 家康から吉宗の150年も 吉宗から慶喜の150年も・・東海道は歩いて2週間 300年間・・歩くしかなかった ![]() 竜馬がいて・・隆盛がいて・・海舟がいた幕末 今になれば・・歴史上の人物たちだが あれから同じ150年・・なのに東海道は2時間半だ 300年歩いてたのが・・まるで嘘みたいだ 裃を脱ぎ・・髷を切り・・靴をはいた 車にも乗れば・・飛行機だってある 電気があって・・石油があって・・ 暖かくも・・涼しくも自在に暮せるようになった すさまじい進歩と変化の中で 竜馬は・・ちょっとした先達ってわけじゃなくなった 150年前は・・遥か遠い昔になってしまった ![]() さて・・ だからといって人間は・・日本人は・・ 150年に相応しく・・進化してきたんだろうか 進歩を作りはしたが・・進化してはいない そう思いたくなるほどに・・ 近頃人間は・・劣化してしまったようだ かごを自動車に作り変えながら 竜馬は・・誰になれたというのだろう 動かざること山のごとし・・鎖国とはいえ 300年・・さしたる進歩もないままに生きた江戸 さりながら・・石積みの石垣は 鉄筋より弱かったとはいえないかもしれない じっくりと焙った窯のように 動かざる長い時間は・・器を強靱にする 野暮でも・・真っすぐに生きる男たち 150年は・・そういう時間でないと・・ 校長が・・教員室で教師の財布を盗んだとか・・ もしほんとなら・・これは過ちなんかじゃない 人間の劣化でしかないような気がする 150年かけて・・ひどく劣化してしまったのかも こんなことのための進歩だったのだろうか・・ あらゆる意味で・・速すぎたんだと・・思う 2012年 02月 21日
![]() 太さんは中国人・・目下私にとって なくてはならないフィジカル・トレーナーである 太さんは・・私のブログを読んでいる だから・・電話すると大体様子がわかるようだ 「ヨク・・ハタラキマシタネェ!!」 いつもニコニコと・・優しい言葉で迎えてくれる ![]() 根詰めた仕事して・・ ガチガチにピノキオ化した私を 解凍してくれるのが・・太さんなのだ 但し・・解凍するには絶叫マシーンに乗らねばならぬ それに気づくのは・・ 最初の気持ち良い寛ぎのレベルを越えてからだ ウトウトから目覚めると・・ そこから先は・・絶叫につぐ絶叫 小さなベッドをのたうちまわることになる ![]() 大して力を入れてないのに 太さんの指が押した部位は 内臓だろうが・・筋肉だろうが まるで・・小伝馬町牢屋敷の拷問さながら・・ もしかしたら隣り近所に聞こえるかもと ちと不安になるほど・・悲鳴をあげることになるのだ ![]() 太さんに言わせれば・・ それだけ身体をいじめてたことになるんだそうだ 「アノオオキナオサラ・・セッカクツクッタンダカラ ウルノイヤジャナイデスカ・・?」 拷問しながら・・話しかけてくるが 答えられるわけないじゃん!!・・ 峠を越えて・・このハムストリングになるころは また気持ちよさが戻ってきて・・終わることになる たっぷり1時間かける マッサージの最中に眠ってしまうのは 昔なら・・損したような気分だったが 太さんの場合・・眠れたら眠る方が幸せだ 眠っててくれたほうが・・揉みやすいと言う 実際・・終わってみれば身体が軽い 眠ってる間をサボってるわけじゃないのが判る・・笑 どんなに絶叫しても・・また行く この痛みの向こうに・・幸せがあるから 帰り道・・いつものように独りごちた 夕方・・チラッと窯を覗いて どうやら・・無事に焼けてそうだ 24日の納品と25日の締め切りに間に合う それがわかって・・だから 「太ちゃん!・・今から行っていい?」 「どうぞ!!」 そういうわけだった・・ ついでに早寝することにして 何と・・ブログも日付け内に書けた 珍しくも久しぶりのことである 2012年 02月 21日
![]() 昨日は・・豆窯だったが15時間の焼成 今日は・・17キロの電気窯 公募展用の大皿二枚が入ってる 朝9時から・・同じ15時間の焼成である 今・・日付けが変わって火を止めた ![]() 窯番をしながら・・昨日の続き タタラの花器に・・糸を貼り続けた 表裏・・波紋は同じだが 紋様の面積を変えてみた ![]() 貼り終えて・・一気に顔料も掛けた どんなに大きくても・・霧吹きを使う 決まった手順で・・決まった方向に吹き むらが出ないようにするが・・厚みは勘に頼る 終わって・・一本一本糸をはずす このとき・・厚みの良し悪しが判る 厚過ぎれば・・バリが出やすい ![]() 糸をはずし・・養生を除けばこうなる 余分に飛んだ化粧土を削り・・ バリに手を入れれば終わりだ ![]() こんな作業を続けていると 殆ど目線をはずさず・・手だけで貼るせいで かなり腰と肩が悲鳴を上げる まして・・寒い日は堪える とりわけ・・左手人差し指には過酷な季節 1mmの糸を・・1~2mm間隔で貼ってゆくが 波を作る軌道は・・左人差し指で糸を追って作る 肌理の細かい土だけど 微妙な力加減で・・指を這わせ続けるのはきつい ![]() 何日も続けていると・・指はこうなる アカギレだけじゃない 指紋が消えて・・皮膚が薄くなって やがて血が滲むのだ アカギレと重なれば・・更に痛みは強い は~るよコイッ!!・・切実な願いである いつものことだけど・・ 三月の声を聞くと・・ いつの間にか痛みは消えるからだ 「はぁ~るよ・・コイッ!!」・・ もう少しの我慢である < 前のページ次のページ >
|
アバウト
カテゴリ
全体
●メッセージ ○プロフィール ●陶歴 ○ギャラリー ●エッセイ50歳からのプロ ○陶芸雑感 ●窯だ行進曲 ○陶芸教室 ●コレクション ○展覧会 ●工房便り ○窯場探訪 ●かまだ食堂 ○折々の折り ●動画 ●てつ56 ○未分類 ●世相あれこれ ●お気に入り ●畏友交遊 ●エッセイ ●フォト散歩 ●愛しきものよ・・ 未分類 メモ帳
メール・アドレス touseigama@aol.com 陶歴・・入選 受賞 日本伝統工芸展 07 08 09 10(日本工芸会正会員認定) 11 東日本伝統工芸展07 08 09 10 11 12 日本陶芸展01 03 05 07 09(賞候補) 11(文部科学大臣賞) 菊池ビエンナーレ 08 一水会展 08(佳作賞) 09 千葉県展 99~02 茨城県展 99~08 10 全陶展 00~09 日本工芸会 正会員 伝統工芸陶葉会 会員 私のエッセイ・・お暇な時にでも ご覧ください↓ 折々の折り ↓のエキブロ・リンクにある「photo-column 」 は私のもうひとつのブログです おついでに・・ **リンク** 窓際の陶芸家 陶片木 壽公窯 陶酔 陶芸的田舎生活 釉薬の話 藤沢徳雄 小山耕一の壷の中 metaboの陶芸 Bulueberry Cafe 壺事記 清水一二 アメニモマケズ カゼニモマケズ 藤井隆之陶芸ギャラリー keiの日常 アート工房「結び窯」 月明かりの産屋 きりんの壺 お気に入りブログ
最新のコメント
以前の記事
最新のトラックバック
おすすめキーワード(PR)
ファン
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||