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このデッサンのサインは・・
'95Janとあるから・・1995年1月
丁度・・陶芸を始めた頃に重なる

阪神淡路大震災があって
毎年追悼のニュース見るたびに
しっかりとした記憶が蘇える

このころまで・・若かったが
病院の仕事が忙しくて
合間に出向く富士の家が・・
寛ぎだし・・安らぎだった
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デッサンをしたり・・
油彩を楽しんだりしたのも・・この頃
絵は下手だ・・だから
むきになるというよりは
本当に楽しみだけのことだった

1995年1月5日に始めた・・陶芸
年が明ければ・・16年目に入る

一瀉千里の15年だったから
少し体調を壊して・・こうして・・
養生の真似ごとをしてると
不思議な時間として・・蘇える

結構色々なことがあった・・でも
あっという間でもあったからだ

まっしぐらに走ってきたが
これからは・・多分そうもゆかない
ベッドで休息しながら・・思いが駆け巡る
頭も身体も・・
確かに少しづつ弱くなってきている

充電する時間も・・必要な歳かも
新年を迎えたら・・多少不向きを承知で
薪の火でも眺めながら・・のんびりした時間を・・
作ってみるかと思いはじめた
でも・・できるかなぁ~??

夕方から・・少し眠った
かなり回復してきたみたいだ
明日で・・風邪とは決別の予定・・


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大学卒業してから40年ほど
大雑把には三つの仕事をしてきた・・


① テレビの番組制作者時代・・(20代~30代)
   いわゆるプロデューサーってやつで 今風には格好いい仕事らしいが
   当時はそれほど目立つわけじゃなく 虚業より実業の雰囲気があったよ
   歴代長寿番組にタイトルが記録されてるだろうけど
   「世界の結婚式」・・30年以上続いた番組の最初の数年は私が作ったのでした
   この時代に・・いろいろな分野の専門家に出会う機会があったから
   人生のかなり大事なことを学んだかなぁ・・貴重な時代でした

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② 病院事務長時代・・(40代~50代)
   大病してリタイアしたテレビの世界・・身体の再起のために随分と回り道したな
   偶然のように関わった病院建設の計画に テレビの世界でだったら当たり前みたいな
   情報伝達 コミュニケーション・ツールを使って患者本位の待たせない病院を作ろう・・って
   まだパソコンが普及してなかった時代だったから・・結構画期的だったかな
   そんなことから新設の病院の初代の事務長に就任することになったのでした

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③ 陶芸家時代・・(50代~現在~将来)   
   新設の病院だったから・・仕事は幾らでもあって ご前様帰りの日々だった
   どうやら軌道に乗って落ち着いたら7年ほどが経っていましたね
   陶芸に出会ったのはこのころのこと・・

   病院を終の棲家にして引退してもいいと思っていたんだけど
   仮にそうしても・・・その後の人生も短くはなさそう
   濡れ落ち葉にはなりたくなかったから 自立することも考えねば・・と

   そこで早めに事務長を引退して 陶芸に転じることにしたのです
   子どもたちが巣立った後だったから・・できたことかも
   独立して3年目に「日本陶芸展」に初出品初入選を果たして
   どうやらプロとしての自覚が芽生えたかな・・

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こうして人生を三つの仕事で生きてきたわけだけど
ご覧になって判るとおり・・全くもって脈絡がない
大学を卒業する日に・・・
この人生を計画したり 予定したりなんて
到底無理なほどに・・見事に無関係な仕事だった

周囲にはハラハラさせたかもしれないが
これはこれで・・楽しい人生だったとも
「この道一筋」に一目は置くが・・
だからといって私には無理だったかもしれない
こんなに面白そうなことに溢れている世の中
たったひとつで終われそうにないのだ

でも陶芸家・・これが最後だと思っている
縄文からなら1万年以上 安土桃山からだって400年
連綿として代を重ねて 誰も行き着くことのなかった
この道の奥深さ・・ほかのことをする余裕などありはしない

「窯だ!徹夜」・・Kamada Tetsuya
このハンドルネームが気に入ってる

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