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桃青窯696

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50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・

カテゴリ:●エッセイ50歳からのプロ( 3 )

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「50歳からのプロ・・」
いつか書いてみたいと思ってきた我が道である
傍証を重ねつつ・・
「プロ」という言葉が
どういう響きを持ってひとを惹きつけるのか・・

そんな思いが実を結べば・・と
願いつつ・・船出しようと思うのだ・・06/08/29


3年前の夏の終り・・このブログの最初にそう書いた

そうなると・・
どうしても「忘れえぬひと」がひとりいて
50歳からのプロ・・の大事なきっかけを
私に与えてくれたことを・・思い出す

50歳からのプロ もうひとつの偶然06/09/01

リンクを貼ったのですが・・何やら不調です・・
クリックした画面をスクロールすると・・本日分の下にアップされるようです・・
なんでだか・・わからんのですが・・トホホ

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1994/12/21・・私がこの写真を撮った
この夜見学して・・翌新年早々から稽古を始めた
そして・・その春・・彼女は逝ったのである

陶芸を始めて1年足らずの頃の・・彼女
今見れば・・まだ初心でしかない
菊練りの土も・・水挽きの仕種も覚束ない

でも・・このまま稽古が続けられたなら・・
今ごろは・・よいライバルだったに違いない
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人生なんて・・ほんとに分からないものだ
予定された道など・・あるはずもない

あるとすれば・・ほんの些細な偶然が
思いがけない行く末を導くことがある・・ということだ
彼女の夭折も・・私の転向も・・
予定だったはずもないのである

たった一本の電話・・
彼女からのその電話が・・私の晩年を決めた
お互いにそんなこととはつゆ知らず
ささやかな偶然を受け入れただけなのに・・

そして・・何より皮肉なことは
彼女は・・私にもたらした晩年の転向を
何も知らない・・ということだ

できれば・・一緒に喜んでもらいたいことも
幾つかはあったのに・・


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by touseigama696 | 2009-12-09 22:55 | ●エッセイ50歳からのプロ | Comments(2)
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萩の窯元で断られて・・7年ほどたった
陶芸家として人生の
終章を過ごすようになるもうひとつの偶然

以下は 2003年5月28日の
「折々の折り」に書いた一文を
少し修正しての転載である








彼女はとても酒の好きな女性だった
よく飲み よく喋った
とてもチャ-ミングな女医でもあった。 
そして 何より良き仲間だった 
 
1995年春、突然彼女は死んだ 
急性心不全 自身医師だった彼女が
先端の医術の恩恵を受けるまでもなく幽明異境に旅立った
一緒に陶芸をしていた期間は三ヶ月でしかなかったが
彼女がくれた一本の電話がなかったら
陶芸家の私はないかもしれない 
 
1994年の暮れ 突然彼女から電話が入った。 
「先輩!(彼女は私をいつもこう呼んだ)
あのぉ・・陶芸って興味ありません?」 
「あるよ・・だけどどうして?」 
 
「実は 私今通ってるんですけど 
それが水曜日の昼間なの
午後から半休とってるんだけど
やっぱり昼間は患者さんの都合があったりして難しくて・・・ 
それで先生に聞いたら
何人かやりたいひとがいるなら
木曜日の夜に新しい講座を開いてもいい・・
って言われたんです 
それでね 先輩も如何かと思って電話しました
一緒にやりません?」

「それ何処?」 
「教室はN市・・車ならそう遠くないから」 
「もしかして、その先生ってTさん?」 
「ええ 先輩ご存じなんですか?」 
 
「うん・・何年か前に紹介されて・・
実は私はとっても興味があったから
すぐにも稽古したかったんだけど
昼間の教室だけって言うんで実現してなかったんだよ。 
昼間じゃさ
君と同じで病院(私はそのころ病院の事務長だったので)空けにくいよね
夜ならできるから参加するよ。」 
 
その陶芸が始まったのは
阪神淡路大震災の正月
春にはサリン事件もあって忘れられない
あの1995年の幕開けと重なる 

事務長時代に
妻と連れだって萩 津和野の旅に出た折り
萩で見たロクロ職人の見事な手さばきに見ほれて
いつかあれをやりたいと思ってから7年ほど経っていた 
 
いろはのいの字から手ほどきを受けて
手捻りの茶碗を作ったりしていたその春 
ある稽古日に彼女は現れなかった
気にした先生が電話をすると
その電話が妙に長話になっていた

話し終えて先生は、 
「彼女体調が悪いみたい・・だから今夜は休むって
でもね・・何か気弱になっていて
それでちょっと励ましたりしてたら長話になっちゃったの」
 
職業柄もあるが 気丈で活発な彼女のこと
その気弱というのがちょっとひっかかったが
それも直ぐに忘れて作陶に夢中になっていた 
 
数時間後その稽古からの帰り道
車の中でふと思いだして 
彼女の自宅に電話をかけてみた。 
何度かコ-ルしても受話器を取る様子がない
具合が悪いって判ってることだし
寝ているのを起こしてまではとそのまま切った 
医師でもある彼女のことだから
それなりに手当はするだろうぐらいに思って帰宅したのだった 
 
翌朝 仲間のひとりから電話が入った 
「・・・実は K君が昨晩亡くなりました」 
「まさかっ・・昨夜って?」 
「今朝彼女の母親が 
定時に起きてこない彼女を不審に思って部屋をのぞいたら
亡くなっていたんだそうです・・
詳しくはわかりませんが心不全らしいとか」 
 
後にわかったことだが
自分で病院から点滴の用意までして帰宅していた 
余程の不調で それで弱気にもなっていたに違いない
 
自分が医師でなければ 救急車を呼んだだろう
皮肉な運命だった
40歳になるかならないか・・若すぎた 
 
この事故の少し前
誘われて彼女の自宅で麻雀をしたことがあった 
今思えばまだ未熟な器だったが
自分の作品に料理を盛って夜食を振る舞ってもくれた 
病院の小児科を任されていた中堅の医師だったのに
我々の仲間の集まりでは
拘りもせず酌をしてまわる気易さに人柄がにじんでた 
 
「医者の君は酌されることはあっても酌するなんて・・ごめんよ」と言うと 
「でも楽しいですよ・・こういうのって・・」 
と屈託なく笑って返す美人の医師だった 
 
亡くなったあの晩 もっとしつこく電話して
薄れてゆく意識の中で
かろうじてでも「助けて」と言えるチャンスはなかったものかと
暫くはひどく気になった 
 
一緒にロクロを廻した期間は数ケ月でしかない 
しかし
「先輩も一緒にやりません?」というあの電話がなかったら
かなりな確率で私は陶芸家にはなれてないだろう
いくら晩学といっても
52歳のあの時を更に後ろにずらしたら
趣味の陶芸で終わるしかなかった筈だ
 
その時にはそうは思わなかったが
あの一本の電話が私の人生に大きく関わったのは
紛れもない事実なのだ 
今好きなロクロを好きなだけ廻していられるのも
考えてみれば彼女のお陰である 
 
もし彼女が生きていたら
きっとこの工房にも顔をだして 
「病院も忙しいので 気儘に挽かせてもらってもいいですか?」 
と言うだろう 
 
「存分に・・やりたいようにやれよ・・」 
いつでもそう応える用意はあるのだが・・・ 
 
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by touseigama696 | 2006-09-01 10:51 | ●エッセイ50歳からのプロ | Comments(16)
これから書こうとすることの全てに先駆けて
あるひとつの情景が心に浮かぶ

「何となく貯めてた500円玉が結構溜まったから
旅行でもしようか  萩・津和野の旅って・・どう?」
妻の一言でその旅行が決まった 
病院の事務長だった時代・・20年も前のことである

特段にやきものが狙いの旅というわけではなかったが
それでも萩は萩 それ抜きの旅にはならない
作ることはともかく 見たり買ったりなら
妻のほうがやきもの好きだった

お定まりの観光ルートで窯元を訪ねて歩いた。
その何軒目かの工房で 
ロクロ職人が器を挽くのが見えた
窓越しだったような気がするが 
しばらくは身じろぎもせずに見つめた

ロクロの上に据えられた大きな土塊を
回転に合わせて包む込むように上げ下げすると
土はまるで生き物のように職人に従順になる

やがて静かになった土塊に指が入って 
あっという間に挽き上がり
内側の指と外を支える指が重なって丸みを描くと
それで湯呑みができていた 
10秒足らずのことだ

全く同じ手つきが繰り返され
全く同じ湯呑みが並んだ
それはもう見事なリズムであり
僅かの無駄さえ入り込む余地はなかった

「あのぅ・・ロクロを体験させてもらえますか・・?」
実は この問いの答えが・・
私の人生を変えたかもしれない
「う~ん・・うちは体験させてないんだよね」
断られたのだ

もし このとき・・「どうぞ!」って言われたら
私の陶芸は始まったかどうか判らない
後になって理解できることなのだが
ロクロはとても難しい
数時間の体験で思い通りになどなるはずもないのだ

だから やらせてもらったら
「こりゃだめだ・・」だったような気がしないでもない
職人の技があまりに美しかったから
できない自分との落差は大きい
きっと諦めてそれっきりだったかもしれない

断られたから・・思いが残った
いつか・・どこかで
やらずにおけるものか・・
それが全ての出発点だった

「どうぞ!」って言ってもらえるのも幸運だろうが
「だめだよ!」と断られるのも
時にそれ以上の幸運である

不思議なことだが
趣味を越えてプロの道を歩くことになったきっかけは
今でもあのときに断られたからだと・・思っている

器もひとつ・・more

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by touseigama696 | 2006-08-29 18:26 | ●エッセイ50歳からのプロ | Comments(2)