カテゴリ:●フォト散歩( 44 )

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個展会期中の一週間・・毎日
日暮里で京成電車から山手線に乗り換えて
新宿に通った

大昔・・中高時代
日暮里駅は私にとって通学駅だったが
懐かしさを失うほどに・・すっかり様変わり
だからともいえるが
個展が終わったら・・久しぶりに
この駅から母校までの道すがらや
谷中せんべいの先を左に曲がって
朝倉彫塑館から上野の藝大に向かう
明治大正が馥郁とする
あの大人の散歩道を歩こうと思っていた

今朝・・浅草でかかりつけの主治医に
いつもの健診を受けた後・・ひとしきり谷中にいた
この季節の谷中・・小ぬか雨が似合う

思いつきで路地を曲がると
こんな建物に出会うが
その旧屋が・・今でも現役なのがいい
真ん中の井戸を囲む数軒の狭間に入れば
まさにタイムスリップの世界
手作りの菓子パンを買ってスリップを楽しんだ

カメラが壊れて・・これ一枚だけ
ここでは・・カメラも生きにくいのかも

暫らく彷徨って
やがて高校生だった頃
毎日のように寄ってはラーメンを食べた
懐かしい「あ〇ま家」であん蜜を頼んだ

あの頃面倒見てもらった女将さんは
当代の母親で・・後を継いだ当代は
私と同い年・・そして
店番をしていたのは先代の孫娘
随分と古い話になった

個展準備の終い頃の半年閉じ籠った工房を出て
何も考えずブラブラ歩いてみれば・・体が蘇る
帰宅してマッサージに出向き
更に疲れは薄らいだようだ

今夜は珍しく夜更かしである



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今見ても・・タイムラグを感じない
2006年2月・・あの頃もおしゃれな街だった

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原宿から青山通りに抜ける・・表参道


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都会は・・グラスウォールに自らを映し
化粧直しをする


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TRFが・・2/15日にLif-e-Motionsを発売すると
巨大なボードを走らせている

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間違いなく2006年の・・ある日である
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そして・・この日
表参道HILLSがオープンしてる
馴深かった同潤会アパートが消えて
生まれ変わった日でもあった

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人ごみの中・・足音は一つ一つ響く
音のするシューズ・・それが都会なのだ

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表参道は
見る街だけど・・見られる街でもある
歩いてるひとは
みんなそう思ってるみたいだ

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さりげないロゴでも
Diorはどこ?
誰も聞いたりしない
知りつくした人たちの街なのだ


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お洒落でいたけりゃ
ユーモアはサプリメントみたいなもん
退屈したマヌカンに話しかければ
ちょっとぐらいなら・・ポーズ変えてくれそうだ


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独りで珈琲ブレイクできる女性
ここでは・・きっと当たり前のこと
10年前もそうだった

2006/02/12撮影
大人の街なら・・10年くらいじゃ
あまり変わらないもんだ
そんな気がする

回顧フォトで三日間
さて・・仕事に戻らねばである



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つい10年近く前までの「阪急」が
先月から・・「東急」になり
ここでも・・昭和が遠のいていった

その昭和には・・忘れ難い思い出があり
時の流れとはいえ・・一抹の感慨をもたらすのだ
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数寄屋橋の交番前から
電通通りを新橋に向かって見ると
かつての「阪急デパート」が
「東急プラザ銀座」に生まれ変わっている

1966年に社会人になって・・それから数年
この界隈には・・私の昭和が色濃く残っている

例えば・・雨降りの日
背広が濡れ・・ズボンのプレスが消え
靴がビショビショになると
私の戦闘意欲は・・ガタ落ちになる

乾いてパリッとしたスーツ姿の取引先の前に立つと
濡れそぼるわが身は・・いささか情けなく
その大人たちの海千山千にかかり
売り込み番組企画がズタズタにされ
意気消沈すると・・
ここ阪急デーパートに駆け込み
体勢を巻き直すことにしてたのだ

先ずこのビルの地下にあったクリーニング店
小さな店だったが・・その一角に
カーテンで仕切った着替えコーナーがあり
そこで・・着てるスーツを脱いで
店員さんに渡すと・・5~6分で
カラカラのプレス・ピシッに戻してくれる
着替えると・・気持ちまで乾いてプレスされるのだ

それから地上に戻り
次は・・阪急デパートの軒下の靴磨きだ
何人か並ぶ中・・馴染みのおばさんに磨いてもらう
終わると・・靴の中の足まで温かくなった

ピシっとしたら・・再び地下に戻り
名前は忘れたが
大好物の「アジのたたき」ならここと決めた店で
腹を満たし・・やがて「いざ!出陣!」で出直すのだ
その成果は忘れたが・・あの儀式は忘れない

物事がうまくゆかないとき
出発点に戻り・・身じまいを正して
すきっとした姿になることが・・気分転換
着替えたり・・片づけたりは
案外効果的な儀式だと・・今でも思っている

昨日・・新しくなった東急を訪ねたのは
あるご縁の若い女性からの手紙に
「TOKYU PLAZA GINZA」の中の
あるショップの副店長さんに就任されたとあり
個展・展覧会に出向く途中・・寄ったのだが
生憎のフレックスタイム出勤で会えなかった

いずれまた・・の伝言をお願いして
実にきらびやかな新装ビルを後にした
目に映るものは・・間違いなく平成だった



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混んではいないが・・坐れもしない
通勤時間の終い頃
たまたま先頭車両に乗って・・だから
ここに立った

多分普段なら
遮光スクリーンで見えない筈の景色
子どもが喜びそうな景色だが
大人でも・・年寄りでも
やっぱり・・喜んだ

車で見る車窓とは・・一味違って
すっと・・童心が蘇り
今も指さし確認をしながら
小さく声を出して運転する様子を眺めた

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大人になったら・・何になるの?
今時の幼子たちは・・聞かれたら
今でも・・「デンシャのウンテンシュサン!」
って・・言うんだろか?

少し老いて・・この景色に懐かしさを覚える
そんな大人たちは
きっと・・そう答えたのかもしれない

時代とともに様変わりして
「マーケットのディーラーさん!」
子どもの夢も・・デジタル化してゆくのかな?

人工知能のロボットが・・この席で運転する
そんな時代を想像するのは
私には・・ちと違和感があるってもんだ
夢くらいは・・デジタルにしないでくれよな



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先週の金曜日
新宿柿傳に寄った帰り
またもや天気につられ
代々木・千駄ヶ谷・信濃町と
駅にして三つ分・・歩いた

神宮外苑も懐かしいが・・ここは
とりわけ思い出深い「神宮プール」
今はプールはなく
スケートやフットサルの練習場のようだ

少年時代・・私はこのプールで水泳を覚えた
夏の間・・毎日ここに通って
特別に確保された日大水泳部専用のレーンを
それこそトビウオのような速さで泳ぐ
選手たちの動きを・・水に潜って観察し
それを真似て覚えた独学の水泳だった
おかげで
今でも25米なら・・潜ったまま泳げる

それもさることながら
特段に忘れられない思い出がある

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探してたら・・動画が見つかった
1948年・・昭和23年の夏のこと
ロンドンでオリンピックが復活した年である
日本は・・参加が認められなかった

もしこのロンドン大会で
古橋 橋詰のトビウオが泳げたら
日本国民の誰もがそう願ったほどに
往時のふたりは
競って世界新記録を更新していた

その国民の悲願を実証しようとして
ロンドン・オリンピックの
水泳競技決勝戦に時を合わせて
日本選手権を開催したのだ
それが・・
日本水泳のメッカ神宮プールだった

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向こうが古橋・・手前が橋詰
1500米の長距離を
屈指のライバルは競って記録に挑んだ
テレビのない時代だったが
確かラジオが実況してた
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0.8秒差で・・古橋が橋詰に勝ったが
二人とも世界新記録だった
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日本中が熱狂した
というのは
同じ日に泳いだロンドン・オリンピックで
同じ1500米に金メダルをとった
アメリカのJ・マクレーン選手の記録は
19分31秒02だったから
もし日本の二人が泳いでいたら
圧倒的に引き離して
金銀どちらも手中にしてたはずと
誰もがそう思ったからだった

1952年・・次のヘルシンキ大会で
日本は戦後初めて参加し
古橋選手も出場した

今でもその時の
悲痛なラジオ放送を覚えているが
古橋は・・決勝8人中8位だった
僅か4年の違いだが
古橋の無念はどれほどだったろうか
それも運命なのだろう

アップデイトの1500米世界新は
14分31秒02
さすがに時代は変わった
4分違ったら400米以上離される
そんな時代に・・日本の選手たちは
世界に伍して
水泳日本を蘇らせている

奇しくも
間もなく開かれるリオ・オリンピックは
巡り巡ったロンドン大会に続く大会である

泳ぎたくて泳げなかったロンドン
無念の敗北を喫したヘルシンキ
フジヤマのトビウオ・・古橋広之進にちなみ
トビウオジャパンのリオでの活躍を
現職のママ欧州で客死した古橋広之進が
きっと見つめているに違いない



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本場パリのカルチェラタンは・・セーヌ左岸
ノートルダムのあるシテ島から橋を渡って
すぐのサンジェルマンから・・ソルボンヌ大学群
リュクサンブール辺りまで・・学生街だった
今も・・きっとそうだろう

ここ御茶ノ水から駿河台にかけて
昔も今も・・東京のカルチェラタンだ
若者の街だと・・すぐ判る
そして・・私の青春時代もここにあった
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あの頃にもあった駅の上の「レモン」も
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店の様子は違っても
「茜壷」の名前は・・今も同じだ

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一方で・・名前も中身も変わったが
建物は同じままの・・音楽喫茶「ウィーン」は
今も・・城のようにそびえている
丁度半世紀前の想い出が・・じわっと滲んできた
長い月日を生きてきた店・・消えた店
確か「紅梅庵」・・あの蕎麦屋はないし
角の釜めしもない・・それも時間なのだ
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二枚の大皿を一度に焼成して
二枚とも気に入る確率は
二枚とも気に入らない確率と同じ
上手くゆけばいいが・・全滅は困る
そういうわけで・・先ず一枚焼いて
その上がりを見て・・二枚目を調整する
同じでよければ同じに・・そうでなければ
それなりに手を入れる

そんなつもりの一枚目を焼いた翌朝
先日も書いたが・・結果が気になるので
そういうときは・・外出して窯から離れる
時間があれば・・それをセオリーにしてる

昨日は・・
御茶ノ水を起点に・・ウォーキングしながら
神田の古書店を歩いてみようという魂胆だった

御茶ノ水から線路に沿って水道橋までの間に
今も「アテネフランセ」は・・歴史を重ねていた
外国語・・とりわけフランス語を軸に
会話の習得を目指す若者を集めてきた学校だ
言葉学習を啓蒙してきた学校の・・草分けだと思う

50数年前・・私もここで受講したひとりである
フランス語ではなく英語だったが
アメリカ人の先生と・・英語のみの会話
今では珍しくはないが・・当時はそうでもなかった
海外に出るチャンスは・・極めて少なかったから
会話より読み書きの受験英語が中心だった筈だ

テキストらしきものなしに・・その日の話題で
会話は・・どんどん曲がってゆく
冷や汗掻きながらの授業だった

卒後にメディア志望だったことで
英会話と英文タイプは必須かもと
この近辺で・・どちらも学んだのだった
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一般客もOKとあったので
アテネフランセの学食で・・昼食にした
この学校に立ち寄ったのは・・
50数年前の・・覚えていないある日以来のこと
その頃には生まれていなかった若者に混じって
見た目より遥かに美味しいサンドウィッチを食べた

水道橋~神保町・・更に駿河台までの古書店を巡り
何冊かの気になる本を買って・・そのまま
浅草橋~両国~錦糸町と・・JR3駅間を歩いた
肌寒い一日だったが・・気持良いウォーキング
帰宅したら・・14㌔ほど歩いていた

気になる窯は・・250度まで冷めていた
でももう少しだと思って・・我慢することにした



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朝番のアナウンサーが・・不覚にも遅刻した
放送時刻が迫って・・慌てて当直アナを起こした
下着姿のまま寝ぼけ眼で・・マイクの前に座った
そのアナは・・こう切り出したという

「みなさまおはようございます!
はだかで失礼しますが・・ニュースの時間です!」

ラジオから・・その一声は全国に流れた
きっと・・こんな様子の受信器だったろう
大分昔・・私がどこかで聞いた伝聞である
男のアナで良かった・・もし女子アナだったら
聞いてた人々は・・妄想に悩まされたかもだ
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新橋からほど近い愛宕山にNHKができて
そこで始まったラジオの歴史の・・多分
1頁あたりで起きたできごと
昭和の初めごろの・・今思えば呑気で
しかし・・アットホームな逸話である
このジオラマが・・当時の局舎である
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一昨日・・菊池智美術館を訪ねる途中
新橋から歩き始めて・・愛宕山にさしかかり
寄り道して訪ねた・・NHK放送博物館
創立以来60年にもなるらしいのに
入館したのは初めてのこと

一時にもせよ・・ご同業だった時代もあるから
不明を恥じるばかりだが・・
懐かしい機材や装置を見つけて・・
瞬時に・・タイムトンネルをくぐっていた
撮影NGもあって・・紹介できないが
ラジオ放送にテレビが加わって・・一段と
メディアが賑やかになった60’年代
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40’~60’の短い時間の間に・・
この「イ」の字を送って始まったテレビは
カラー化するまでに進歩していた

私が担当したキュメンタリーのひとつ
「日本のおんな」シリーズは
そのカラー化の初期で・・話題にもなった
今は亡き勅使河原霞さんや山口洋子さんを
取り上げたが・・それも今となれば懐かしい
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平成になって30年近く経っても
私は・・昭和の人間なのかもしれない
1時間ほどの寄り道で・・
館内に流れるアーカイブの昭和を見聞きして
「結構・・知ってるんだぁ!」
思えば・・古希も通り過ぎて4年目
昭和生まれだって・・どんどん減ってゆく
時代の早さに・・驚くばかりである


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「仕事始めはいつからだろ?」
急ぎで粘土を取り寄せたくて
当てずっぽうで電話をしたら
「今日からやってますよぉ~!」
「なら・・今から行きます!」
予定変更だ

そういうわけで・・昨日は
いつもの問屋さんめがけて
笠間に走った・・途中ふと思い立ち
迂回してここを通った

この景色・・大好きなのだ
ラッシュなどありそうにない・・単線の一本道
踏切に立てば・・バニシングポイントまで
長大な鉄の箸を置いたみたい・・実に気持いい
理屈抜きに・・スッキリする

この踏切の先に・・笠間の師匠のおひとり
小林政美さんの工房がある
だから・・何度も通った道
アポなしだったが・・在房でご挨拶できた

私が糸抜き技法にたどり着いたきっかけは
小林さんの助言からだった
まだアマ時代・・気を留めてくださったお蔭なのだ
その話は・・また別の機会に・・

しばらくこの踏切に立って
鉄箸の先が交わる地平線を眺めた

「足もとでは平行な二本の直線も
遥か彼方では・・一本に交わる」


新らしい展開を考えたりするとき
ふと・・この景色を思い出す
難題も・・歩いてさえいれば遠い先で解決する
ここにくれば・・線路が教えてくれるのだ
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佇んでいたら・・珍しく警報が鳴った
そして・・滅多に出会わぬことだが
列車がやってきた

ロマン溢れる単線を・・モダンな列車が通った
鄙びた景色が・・途端に様変わりする
温度が一度上がるために・・
上下を行きつ戻りつする・・窯の温度版のように
暫くして定着した温度が・・時代を表すのだ

この鉄路に・・いつまでもD51を走らせたいのは
やはり時代錯誤でしかない
いつの間にか・・田圃の真ん中に
新らしい自動車道が走り
単線を新型列車が通り抜ける
そのまだらの中に・・「時代」があるのだから

100㌔ほどの土を積み
夕焼けの・・西の空に向かって走った



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深川清澄庭園から森下町に向かって
萬年橋のたもとに・・「芭蕉庵跡」がある
この左手すぐが・・隅田川である

俗に言えば・・猫の額ほどの狭さ
六畳一間の庵だったようだから
むべなるかな・・でもある
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芭蕉の若い頃の俳号は・・「桃青」だった
「古池や蛙飛びこむ水の音」
この句は・・桃青時代ここで詠まれた
奥の細道に旅立ったのも・・ここからだ

私の工房は・・築窯時に桃青窯と名づけた
言うまでもなく・・松尾桃青にちなんだが
その由来は・・私の母・祖母につながる

戦後10年もしたころだったか
母親が自ら経営する薬局のほかに
小さな茶舗を始めた
自分でするというより・・自分の母
つまり私の祖母にやらせるためだった

明治生まれの祖母は
日がな店番をしながら・・近所のひとと
茶を喫して楽しんでたようなもんだが
その店の屋号を・・母は桃青園とした
彼女は・・俳句が好きで
当時は・・句会やら投稿やら夢中だったから
俳聖芭蕉の号を使いたかったに違いない

しかし祖母が亡くなり・・この茶舗も畳んだ
長いこと・・空き店で薬局の倉庫代わりだった
そこを少々改装し・・私の工房にした
母と祖母につながる店でもあるから
桃青園にちなんで・・桃青窯としたのである

私も俳句は嫌いじゃないが
陶芸と二足の草鞋はおこがましい
時々・・思いつくと句帳に書くに留めてる

「桃青」・・字面といい響きといい好きである
芭蕉さんには申し訳ないが・・だからといって
今更ご本人の了承のとれるはずもなく・・
碑に手を合わせ・・許されよ!である
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折角だから・・手元にある
中山義秀著「芭蕉庵桃青」の冒頭を引用し
深川ゆかりの芭蕉庵の風情を紹介しよう
と思ったが・・何と旧漢字が多くて些か面倒だ
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そこで・・冒頭の一文を写真にしてしまった
お読みいただけるだろうか?

そういうわけで・・昨日は
快晴の夏の終わりというか
秋の始まりというか
気持のいい一日を・・展覧会三つと
ほぼ10キロ江戸歩きで過ごしたのだった



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つい5日ほど前に・・我が家にやってきた旧友たち
同じメンバーが・・昨日また集まった
定例の第3金曜日・・集合はいつもの銀座ライオン17時

私流の参加の仕方で・・いつも
どこかから・・銀座まで歩くことにしてる
昨日は・・越中島で電車を降りた
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東京海洋大の明治丸を横に見ながら
清澄通りを晴海に向かって一本道
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相生橋から眺めた・・隅田川河口域
水に溶けあって実にきれいな都市美である
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やがて晴海通りで右折すると・・・・かちどき橋
かちどき橋は・・勝鬨橋とも書いた
戦に勝ったとき挙げる・・鬨(とき)の声
勝鬨(かちどき)が・・語源だ
建造された昭和15年の・・時代背景を写している
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橋の真ん中で左右に跳ねる・・丁度それがここだ
たもとに人や車を待たせ・・跳ねた橋の下を船が通った
私はそれを何度も見ている・・たもとで待ちもした
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懐かしい景色だが・・あれはいつごろまでだったろうか
そんなことを考えながら・・渡ったら築地側のたもとに
この表札を見つけた・・今までこれを知らなかった
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勿論・・そこには答えが展示されていた
こうして跳ねてるときの写真もある

1940年に竣工し・・1970年まで跳ね橋だった
昭和45年11月29日に・・開閉したのが最後だそうだ
たった30年間のことだが・・今に換算して140億円
高価な橋ではあるけど・・日本の技術のシンボルでもあった
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上流域にあった造船所もなくなり
ここを通る必要のある大きな船もいなくなった
第一・・ここは通れても新しい橋はくぐれない
建造者たちの心意気とは別に
世の中は・・急速に変化していったのだ

ただ・・風物としてやはり懐かしいものがある
隅田川に架かった26本の橋
それぞれは・・人間生活の手段の変化に対応してる
1574年の千住大橋から・・
2007年の新豊橋までの・・433年間
勝鬨の声だけでは・・豊かになれなかった歴史

水に恵まれた・・清潔で穏やかで・・
そして平和な世の中であってほしいものだ

30分早く銀座に着いた
帰路も人形町まで歩いて・・通算10㌔ほど
食べた分は歩いた・・涼やかな夜だった




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