カテゴリ:●エッセイ( 378 )

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手元にある兵馬俑の兵士のレプリカ
ちょっぴり戦場を彷彿とさせる演出をしたが
厳しい表情を見ていると・・思い浮かぶ言葉がある
「乾坤一擲」けんこんいってき・・である

乾は天・坤は地・・一擲は賽(さい)を投げること
つまり一世一代の勝負に出る・・という意味だ
大仰な物言いのようだが
人生には・・こうした一瞬が必ずある
「今頑張らずに・・いつ頑張る?」
それが何時かは・・人それぞれではあるが・・

数日前・・全米オープンのテニス
錦織は準決で・・ワウリンカに負けた
そのワウリンカは決勝で・・ジョコビッチに勝った
この成り行きの中で・・乾坤一擲が飛び交った
この一連の熱戦の中私が考えていたことは・・こうだ

錦織は
何がなんでもワウリンカに勝たねばならぬ
まさに乾坤一擲の勝負である
もし・・ワウリンカに勝てれば

そして反対側から順調にジョコビッチが勝ち上がれば
錦織には・・絶好のチャンスが訪れる
不戦勝続きの運不運のはっきりしないジョコビッチ
勝つなら・・今年はチャンスだと思った

今全米で優勝することは
これからの将来・・錦織には大きな自信につながる
全く同じことが・・ワウリンカにも言える

だからワウリンカは錦織に・・乾坤一擲で戦ったのだ
どんなに攻め込まれても動じず
最後まで冷静を保ったのはワウリンカだった

始まりは・・決して錦織に不利ではなかった
最初のセットを取ったとき・・錦織も乾坤一擲だと思った
だが極く僅かに早く勝負を諦めたのは・・錦織だった

「今が勝負時!」・・
まさに乾坤に向けて投げたワウリンカの賽
錦織の執念を上回った一擲だった

ジョコビッチには失礼な話だが
このとき・・優勝するのはワウリンカだと予感した
乾坤一擲には・・たったひとつ条件がある
相手も強い・・ということだ
激しい戦いをしてこその・・乾坤一擲

不戦勝続きのジョコビッチの不運は・・そこである
俗に言う・・調子を上げられず
体力は温存できたが・・戦意は沸いてきてなかった
だから
錦織にもワウリンカにも絶好のチャンスだった
ふたりとも・・知ってたはずだ

最後に・・ジョコビッチは
乾坤一擲を打たずに・・試合を終えた
勝負の綾は・・実に不思議だと思う

錦織の乾坤一擲を・・早く見たいものである

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新しいPCになって・・まだ不慣れ
写真の取り込みが上手くできず
仕方ないので・・旧い写真を使って書いてます

近日中に何とかできるようになりたいと
神様syuちゃんにお願いしてるとこです
お許しを・・!



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ニュースで
レスリングの吉田沙保里選手が
選手続行の上で
女子日本代表のコーチに就任と報じてた
あの敗戦から暫くの時を経て
彼女はもっとも望ましい道に立った

選手だけでも・・あるいはコーチだけでも
彼女は悩ましい4年間を抱えるだろうが
兼務することで・・東京オリンピックまでに
本当に居るべき場所を決めるに違いない

それにしても
つい先日までのリオの興奮の中で
私には忘れられないエピソードが・・ひとつある
𠮷田沙保里と伊調馨が生み出した・・「紙ひとえ」の伝説

同じ女子レスリングで・・二人の選手が
オリンピック四連覇を賭けて臨む
どちらが達成しても・・史上初めてのこと
こんなことは・・滅多にない
まして両者が到達すれば・・空前の金字塔の筈だった

そして・・既に周知の結果が出た
もしかしたら・・あの紙ひとえが為さしめた結果
そう思う出来事を・・私は忘れない

結果が出た後・・インタビューに答えて
ふたりは・・こう話した

𠮷田沙保里・・曰く
「お父さんが・・助けてくれると思ってた」
伊調馨・・曰く
「お母さんが・・助けてくれたのかもしれない」

この言葉は紙ひとえだが
もたらしたものは・・全く別だった
同じ年に
𠮷田は父を・・伊調は母を亡くしていた
これだって・・実に運命的なできごと
その上での・・ふたりの言葉は
厳しい勝負の世界でしか言えないもの
そう思った

極く僅かでしかないが
自分に自信がもてなくて・・父にすがった𠮷田
自分を信じ切って・・母を忘れていた伊調

思わず口にした「くれる」と「くれた」は
いみじくもその違いを表したのだと・・思う

12年間先頭を走り続けた𠮷田の負担は・・重い
一方で𠮷田の背中を使えた伊調は
𠮷田の背負っていたものを・・きっと熟知してた筈だ

紙ひとえ・・とは
実は薄紙一枚のことではない
極限に立った者には
段ボールを重ねたほどに厚いものなのだ

いつの日か
このふたりが肩を組んで
次代を育てる時期がくるに違いない

リオで生まれた・・ふたりの伝説
語り継がれてほしいものである
そして紙ひとえの厚みを・・学んでほしい




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私のキーボードの譜面台の左右に貼った
2個のエンブレム

1964年東京オリンピックの時の記念グッズ
ひとつは亡父の・・そして二つ目は私の車につけたもの
カーボンで薄汚れたまま・・すっかり忘れていた
いつだったか・・ガレージの箱の中でみつけ
丁寧に磨いて・・記念に残したものだ


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リオのオリンピックが終わって
明日からパラリンピックが開催されるようだが
報道によれば・・何やら惨憺たる情勢で
パラリンピックの将来に暗い影が漂っているらしい
残念だが・・それが現実なんだろう

でも・・起死回生の手立てはある
私は・・かねてからそう思ってきた
なにせ・・シャイな私なので
都知事に向かって・・直接提言するには躊躇うから
ここに書いてみようと・・思う

ただし
今までに誰も言ったことのない企画かどうか
私自身で調べたことはない
もしどなたかが提言していたら
そこに含めて考えてもらえばいいことだ

パラリンピックを
障害者スポーツという括りだけで
独自に開催するのは・・もう時代にそぐわない

結論から言えば
オリンピックとパラリンピックを
「同一会場で同一期間に・・同時開催すればいい」

柔道やボクシングに体重別区分があるように
オリンピックには
OLYの部とPARの部があるとすればいいのだ

メイン・スタジアムの大観衆の前で
PARの部の100m走と・・OLYの部の100m走が
混じりあって進行する・・ということだ

60キロ級の後に73キロ級が試合するのと同じ仕組みで
PAR部の後・・OLY部の試合があるでいいじゃないか

国枝テニスと錦織テニスが・・同じ会場で時間差で見られる
それがちっとも不思議じゃない・・そいういう時代なのだ

開会式も閉会式も一緒
選手村も一緒・・互いに触れ合いながら
ハンデを越えた交流こそが・・オリンピックの精神
そう思うべきなのだ

期間を延ばしても・・分離開催より効率的なはずだし
上手く組み合わせれば・・無理な日程も減り
選手は・・多少の休養もとれる
朝予選・・夜決勝は避けられるかもしれない

ただし
それだけの広さも必要にはなる
しかし・・それも
オリンピックとパラリンピックがひとつになる
という大前提を実現しようとすれば
可能性は・・きっとみつかる

競技場にしても・・予選の間は
都立・県立・市立の競技場や体育館も利用する
大きな会場の閑古鳥より
小さな会場の立すいの余地なし
その方が熱気も沸くだろう
勝つにつれて・・大きな会場に移ってゆく
満員のメインスタジアムは
競技者には晴れの舞台・・きっとみんな頑張る

リオの場合
オリンピックが・・17日10,500人
パラリンピックが・・11日4,500人
この期間と人数をどう調和させるか

知恵と技術立国の日本
分秒単位で列車を運行させる知恵
競技のタイムスケジュールは・・お手のもの
終了後の施設を再活用させる技術的ノウハウ
選手村は・・無駄にはしないだろう

もし
オリンピックとパラリンピックを合体させる
知恵と力と資金を調達できる都市があるとすれば
それは・・きっと東京だと思う

2020年・・二度目の東京オリンピックが
OLYとPARを合体させた最初のオリンピック
歴史的な偉業ではなかろうか

同時に・・これは
オリンピックだけの問題ではなく
それこそもっと大事な
「人権」を前進させる進歩でもあるのだ

東京以降
両者の規模やカテゴリーによる緻密な配慮を加え
健常者も身障者も・・それ自体が区分なのではなく
公平なルールの中で・・互いに存分に力を発揮し
大勢の観衆がそれを楽しむ舞台作りが・・更に進めばいい

東京が・・その端緒になる
まずは・・始めよ!
小池都知事さ~ん!・・聞こえたぁ~?
4年あれば・・きっとできる!
そう思ってほしい

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昨日は
久しぶりに・・板つくりをした

思い出したが・・陶芸も
ロクロ部門と手びねり部門の・・総合的複合芸である

どちらが上でも下でもない
作りたいもののためなら・・どちらも大事な技術なのだ




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『民主主義に・・観客席はない』  奥田愛基

今ごろ?・・と言われそうだ
数か月前・・ひとりの若者が発したメッセージ
最近になって・・これを目にし驚愕した

今日まで・・多少なりとも色々読んだ中には
生涯を通して影響を受ける名言に・・何度も出会ってきた
しかしこの一言はそれらを凌駕して・・心に響いた

このメッセージが凄いのは・・世界中の人々
ひとりひとりへのメッセージでありながら
同時に社会に対して・・また歴史に対して
痛烈に正鵠を射て・・民主主義の核心をついたことだ

民主主義とは?・・と訊ねられたら
この一言で・・ほぼ大事なことは分かる
そして
民主主義を実現するには?・・の問いにも
この言葉ひとつで・・充分合言葉になるはずだ

「民主主義に観客席はない」
今まで・・誰も言ったことのないフレーズなんだろか?
そう思うほどに・・真っすぐに胸を打つ
22歳の大学生の慧眼に・・唯々拍手を贈るばかりである

このメッセージ・・きっと100年だって生きる
願わくば
そのきっかけに・・今年の流行語大賞に選んでほしい
きっと・・世界にも通じる言葉だからだ





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この写真・・年初の全豪戦でのひとこま
とんでもない才能が・・花開き始めたと書いた
衝撃のデビュー戦 16/01/22

その大坂なおみ選手が
今開催中のシーズン最後を飾る全米戦で
彼女にとっては屈辱的な敗北で・・コートに散った
しかし
18歳のデビュー年・・初出場の全てのグランドスラム戦で
3回戦まで進んだ新人など・・見たことない

だから・・昨日の大敗北さえ
彼女の才能に疑いを抱くものではない
むしろ・・この才能なればこそ
天は・・
余人に見せぬとんでもない試練を与えるのかもしれない

その屈辱的な敗北が彼女に与えたものに
私見ながら・・ふれてみたい

屈辱的とは・・こうだった
相手はランキング9位のマディソン・キーズ選手
82位の大坂なおみ選手が負けても・・不思議ではない

しかしそのトップランカーを相手に
ファイナルセット5-2まで追い詰めた
2ブレイクアップということは
あと2ゲーム取られても・・まだ負けないわけだ

キーズの側からみれば
大坂なおみ選手のサービスゲームを
ふたつ取り返した上に
更に自分のサービスゲームひとつのキープが必要
それでもまだトータルでは・・タイでしかなく
その後の延長タイブレークにも勝たねばならないのだ
そのどれひとつ落としても・・大坂なおみの勝ちである

だから・・この時点での大坂なおみのスコアは
殆ど決定的なアドバンテージだった

しかし・・そこから
キーズには奇跡・・大坂には悲劇
私が書いたとおりにゲームが進んで
大坂なおみは・・そのどれも取れなかったのだ

二つ目の自分のサービスゲームを失ったとき
さすがの大坂が・・コート上で泣いた
見ていた私は
この悲劇と屈辱が彼女にもたらすものを考えていた

わたしの結論は・・こうだ

コート上の選手にハンデはない
その上で・・この負け方
とてつもない屈辱には違いないが
しかし・・途方もない幸運でもある
というのは・・デビュー・シーズンに
こんな悲劇は滅多に起きない
どんな負け方しようが・そのどれもが
少しも悲劇ではないのが・・新人だからだ

接戦で負ける10試合よりも
この屈辱的敗北がもたらすインパクトは遥かに大きい

この先・・彼女がどんな試合に臨もうとも
5-2のリードで緩むことはないはずだ
二度と味わいたくないあの涙が
僅かにでも油断する隙を・・きっと戒めるに違いない
これは強者には必須の資質だと思う

勝ち切ることの難しさ
強い選手は・・必ずそれをどこかで学ぶ
早ければ早いほど・・早く強くなるということだ

新人がトップテンに負けて・・屈辱
彼女の将来を示唆するポテンシャルが・・そこにある

そうしてみれば大坂なおみ選手は・・デビュー年に
既にトップランカーへの道には
欠かすことのできない試練を経たことになる
神の恩寵に違いないと・・私は思ったのだった

奇跡を起こしたキーズ選手のメンタリティーはさすがだ
彼女も・・どこかで生涯の試合を貫く神の恩寵を
味わったのかもしれない



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昨日・・終わってみれば
こんなことして一日が過ぎてゆきました

朝から自作に釉掛けをして・・窯に詰め
夕方近くから茶碗6個・・ロクロを挽きました
極く変わり映えのしない一日でしたが

朝の・・チョットした出来事
感慨深いものがあって・・書くことにしました

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前日の夜・・記録を見てましたから
きっと明日の朝かな?・・と思っていたのですが
朝9時30分・・499,999回が表示され

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それから1分後の8月23日午前9時31分
こう表示されました・・50万回目のアクセスです
「あなたは・・どなた?」
密かに・・500,000の数字に向かって
そう声をかけました
もしや・・心あたりの方はいらっしゃいませんか?
おられたら是非書き込みを・・です

2006年8月29日
「50歳からのプロ ①すべてのはじまり」
このブログの始まりの日で・・あの日から
昨日までで2,456本の記事を書きました
そして
記念すべき50万回アクセスの瞬間を迎えたのでした

そもそもから書けば
初めてネットにHPを立ち上げたのが・・2001年
このとき書いたのが・・「折々の折り」
2005年まで書いて・・ブログに移行したのですが
千夜一夜のアラビアンナイトになぞらえて1.001回
ほぼ毎晩書き続け・・2005年12月に達成しました
今も・・このブログにリンクして残してあります

リアルタイムで連続無寄港の約3年
結構きつかったので・・2005年4月から
もう少し気楽な・・フォトエッセイをと思い
「photo-column この一枚・・」を始め
2009年10月までで・・350本ほど書きました

これもリンクして残してありますが
陶芸以外のフォト散歩が軸のせいで・・毎日は書けず
やがて陶芸ブログに絞ることにしたのです

そうしてみると
およそ15年の間に・・トータルすれば
4,000本ほど書いたことになります
今は・・
この「桃青窯696」の本業ブログだけにしましたが
振り返れば・・よくぞ書きつるものよであり
かてて・・いささかの感慨とともに
このブログだけでも50万回のアクセス
お読みくださった方々への・・深い多謝なのです


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もの書きを標榜するつもりもなく・・それでいて
ひたすら書き続けてきたのは・・たったひとつの理由です

「日にひとつくらい・・ちゃんと何かを考え
それを書き留めて・・せめて劣化する脳を
少しでも賦活させられれば・・」

それだけのこと
頭のリハビリテーションなのです
やや年老いてもくれば
何でも書けそうなドラマティックな日々など
そうあるわけじゃありません

淡々とした工房の中で
今夜は何が書けるかなぁ・・?
これからも・・きっと同じです

次の1分で・・500,001回が記録されました
もう新しい時間・・実にクールですね

続けてこられたという意味では
4千キロ歩行とともに・・この50万回アクセス
体と頭が無事ならば・・これからも頑張ってみようと
そう思いながらの・・いつもの夜明けです

読んでくださってる全ての方に・・多謝!




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お盆休みのせいもあるだろうが
ここは・・大勢の客で賑わっていた
日比谷の帝国ホテル・・17階にある
インペリアル・バイキング

夕方から・・家族揃って出向いた
我々夫婦の・・結婚50年を記念する会食を
子どもたちがプレゼントしてくれたからだ

私の両親も・・妻の両親も
ともに金婚を迎えた長命の夫婦だった

しかし・・共に計らう兄弟のいない私は
自分の両親のその記念に・・何もしなかった
もちかけたような気もするが・・定かではない
通り過ぎてしまった記念日だった

一方・・妻の両親は
大勢の子どもと孫たちが囲んで・・賑やかに会食した
嬉しそうな顔を覚えているが
それにしても・・結構な年配だったから
その祝いを自分たち夫婦が受ける日のことを
想像すらしなかった

今にして・・これは
人生の「終わりの始まり」なのだ
色々あったにせよ
ほどほどの健康に恵まれて生きてこられた歳月
幸運だったと思うばかりである


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インペリアル・バイキングの個室に・・家族と
家族ぐるみで長いおつきあいをいただいた
4組の夫妻を招いて食事を楽しんだ

娘の機転だろうが
食事の時間も・・語らう時間もたっぷりあり
用意された昔のスライドやアルバムを眺めながら
互いに・・今ではもう立派な親になっている
往時の我が子たちの懐かしい記憶もたどれた

彼らにとって・・今こそ「始まりの終わり」
親の手を離れ・・自分たちの歴史をつくる時間なのだ

世代のかすがいの孫たちは
屈託なく食べ・・走り・・眠ってしまった
抱きかかえて面倒をみる息子夫婦・・娘に
遠い日の自分たちを重ねて
淡い感慨が沸々と湧きあがってきた

50年・・ついこの間のような気もする
時間とは・・不思議なものである




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つい先日・・永六輔さんが逝き
まるで誘い合わせたみたいに・・巨泉さんも逝った
また・・昭和の名物男たちが消え
丁度弟世代みたいな私には
ヒタヒタとした足音が聞こえてくる

「死」を-・縁起で語るのは若いからで
次第に縁起で言えるのは・・「死に方」になってくる
ほどほどに病んで・・ほどほどに闘い
そして・・ほどほどで逝く

決して容易ではなかろうが
最初のガンで・・死んでたひと昔前に比べれば
今は・・二つ三つはしのげる医療
ほどほどの領域は・・広がってもいる
おふたりとも・・見事な死に方だったと言えまいか

大橋巨泉のすべてが好きだったわけじゃないが
このひとの言ったりしたりしたことは
鮮烈な言い出しっぺとして・・忘れがたいものがある
「遊びも本気で」・・もそうだが
一番魅かれたのは・・「セミリタイア」だった
それは・・別の機会に書いてみたいが

今日は・・巨泉さんの死からふと思い出す方がいて
ネットで調べてたら・・長い時間が紐解けたのだった
そのことを書いてみたい

巨泉さんが・・OKギフトショップを開店したのは
1973年ころだとある・・カナダのバンクーバーでのことだ
遡ること5年・・1968年に
私は取材でバンクーバーに降り立った

「世界の結婚式」の最初の取材・・今と違って
インターネットもなければ携帯もない
日本を発つ前には殆ど情報もとれず
出たとこ勝負みたいな時代だった

たまたま紹介されて出会ったエージェントが
ゴードン門田さん
OKギフトは・・大橋巨泉のイニシャルでもあるが
大橋と門田のイニシャルという説もある
ふたりで組んで始めた事業だった

そのゴードン門田氏が・・最初のカップルをみつけ
映像にする端緒をつけてくれたのだった
その手際の良さ・・交渉の見事さ
まだ新米だったプロデューサーの私には
目の覚めるような鮮やかさで映った

たった数日で・・カナディアン航空の
パイロットとスチュワーデスの結婚式予定を
見つけて撮影許可を取ってくれたのだ
絵になるカップルだった

西海岸を南下して続けた二本目以降
私ひとりで段取りしたが
押さえるべきポイントは・・門田流を真似た
最初に・・良き師匠に恵まれた幸運だったに違いない

バンクーバー滞在中・・食事を一緒にする機会もあった
今夜の話題は・・そのときのことである

「・・日本にいる親せきがね
季節になると・・懐かしいだろうって
高価なマツタケを送ってくれるんだよ
恐縮するんだけど
どうしてもホントのことが言えないわけがあってね
というのは・・カナダじゃマツタケが沢山採れるのさ
だから決して高価なもんじゃない
いつか逆に日本に輸出して・・
安く食べられるようにしてあげたい
・・って思ってるんだよ」

今では・・カナダ産のマツタケ入っている
ゴードン門田氏が始めたのかどうかは定かでないが
彼が言ってた通りになっていた

そこでふと思ったのは・・あの時
「なるほど・・そうなんですかぁ!」で終わらせず
「それいいですね・・
私日本に戻ったらそのマツタケ売りますよ
ルート作りますから・・マツタケ送ってください!」

そんな話になれば・・今頃
「MKマツタケ・ショップ」が大成功して
私は大金持ちになれてた・・かも?
何しろ巨泉さんが彼と組む5年も前の話なのだから
悠々自適は・・私だったかもしれない

巨泉逝くの一報の傍ら・・こんなニュースも発見した
ゴードン門田さんは今なおお元気で
日本とカナダ交流の重鎮として存分に活躍され
去年も来日して講演されているようだ

写真で拝見すると・・あの時代の若さが際立つ
もっとも私だって20代後半だった
半世紀も昔のことなのである





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糸貼りや彩色にも手間がかかるが
その為の養生もまた・・それに負けない
こつこつと時間を重ねるしかない

独りっきりの工房だから
ラジオを聞きながら・・今日もこつこつしてた

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「ボクシングを始めた動機は・・?」
「喧嘩が強くなりたくて・・だったかな」
このスポーツでとなれば
極く月並みな質問だし・・よく聞く答えだな
だから・・聴くともなくで聞きながら
作業に集中していた

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しばらくして
「次の試合の相手は・・21戦21勝の強敵ですね
試合前の抱負を聞かせてください」
質問はやはり月並みだったが・・答えは違った

「21戦無敗って成績の相手なら
20勝4敗のボクの方が強いですよ
どうしてかっていうなら
相手は負けたことがないんでしょ
負けを知らない選手より・・4回も負けて
そこで一杯学んだボクの方が
強いのが当たりまえじゃないですか
ボクは・・勝ちます」

そう言い切った・・思わず手を休めて聞いた
試合前の鼓舞だと言ってしまえば・・それまでだが
この答えは・・月並みじゃない

「負けからは・・勝つよりも多くを学べる」

「負けたことのあるボクは
負けたことのない彼より強い」

けだし名言だと・・思いながら聴いた

この選手のことは・・何も知らないが
ネットで見ると・・毀誉褒貶いろいろあるらしい
でも・・だからこそ
こうした答えに辿りついたのかもしれない
負けから多くを学ぶには
孤独に耐える精神も必要だと思うからだ

近々のその試合・・見てみたくなった


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失敗から多くを学ぶなら・・陶芸も同じ
独りで全てを賄えば
良くも悪くも・・全てを独りで背負う

孤独を思わせる瞬間を重ねながら
その脇にひっそりとして佇む
自己責任の清しさ
そこに一握の快感を感じながらの
日々なのである




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寝るとき見ていたこの試合
明け方目が覚めたら・・まだやっていた

フルセット4時間の熱戦だったようだ
肝心の終盤はしっかり見たが
素晴らしい試合だった


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              ベスト8→4・・いわゆ準々決勝
ツォンガ vs. マーレー戦である

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このクラスの選手の技術が凄いのは当然だが
技術だけでは・・いい試合はできない
技術以上にタフなメンタリティーがあって
観ている者を興奮させることができるのだ
アドレナリンの世界
それぞれの選手についたコーチたちは
いかにして
選手にアドレナリンを分泌させるか
コーチングの妙でもあるのだ

ジョコビッチのベッカー
フェデラーのエドバーグ
マレーのレンドル
錦織のチャン

彼らはみんなグランドスラムの優勝者たち
現役時代を思い出すことができるが
凄いプレーヤーたちだった

そのコーチたちが
トップランカーの選手たちに教えるのは
「自分は・・どのようにして
勝つための手段を身に着けたか?」・・であり
それは集約すれば

「ギャラリーが多ければ多いほど・・力が出る」
そこに尽きるのだ
「実力以上」も実力の一つなのである
決勝戦で勝つということは
センターコートの満席の観衆を・・味方にした証明

今朝勝ったマーレーは・・インタビューで
「劣勢に立たされたとき
観衆を巻き込んで自分を鼓舞してました」・・と言った
自らアドレナリンを分泌させたというわけだ

大分昔のこと
多分ナブラチローワだったと思うが
「ミラクルショットが打てるとしたら
最大限のギャラリーが最大限に興奮してくれてる時だけ」
そんな意味のことを言ってたのを思い出す
同じ意味なのである

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「個人的に誰かを崇拝し
そのプレーに憧れることを否定はしない
しかし
コートに立ったら・・それは余計なこと
相手を呑み込んで・・勝つことだけを考えろ」

マイケル・チャンが
錦織クンに最初に教えたのは・・これだそうだ

技術を超えるもの
技術の限界を膨張させてくれるもの
それがメンタリティー
どの世界でもきっと同じだろうが
「プロ」に必須のアイテムなのだ

そして名手たちがおしなべて言うことは
「結局・・最後にものを言うのは
人一倍豊富な練習量」

練習の本当の意味は・・ここで解ることになる



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昨日は・・二枚目の大皿を貼り終えた
静かな工房に・・アドレナリンは出ない
しのぎを削る相手もいない

淡々と自分に向き合い
上手くいかないときも・・焦れずに
じっと我慢の時間をつなぐ
それも
大事な一つのメンタリティーなのだと思う



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