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桃青窯696

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50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・

カテゴリ:●エッセイ( 403 )

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いつものように・・外が明るくなるまで
工房ではテレビを点ける
余り静かすぎると集中しにくいからだ

何やら食べ歩き番組だろうか
レポーターが妙な食べ物の感想を話していた
そのやりとりは・・こうだ

「微妙な味ですね」・・表情も怪訝そうな女性レポータに
「そんなこと言わないでくださいよ・・人気メニューなんですから」
とご店主の女性の・・不満顔

この手の番組では珍しい展開だ
どんなもの食べても・・「美味しい!」が定番
「そんなに何でもかんでも美味しいわけないだろ?」
と思っても・・タダで取材してりゃ不味いとは言えないもんだ

いつだったか
「だとしたら・・不味いときはどう言えばいいの?」
あるレポーターが・・裏話を話した
「そういうときはね・・」
「好きなひとには・・たまらん味でしょうね!」
けだし名言である
微妙さが実に上手く表現されてる

この微妙はともかく・・食レポ番組の
レポーターたちをみてると・・一口食べて
途端にびっくり顔をしながら言うのは
判で押したみたいに・・「美味しい~っ!」だ
たまにつけ足しゃ・・「甘い」か「いい香り」
それ以外のセリフを聞いたことがない
「もっと勉強したらど~ぅお!」

何かに例える・・何かと比べる
あれが入ってる?・・これが効いてる?
そう言えばあの人が・・これ絶品って随筆で褒めてたっけ
色々な切り口で・・料理を評価する力がないと
見てる視聴者に向かっては・・説得力がない

そうした意味では
「微妙な味ですね」は・・稀な正直で好し良しだった
こうした視点で言えば
今は亡き俳優・・渡辺文雄さんは
抜群の食レポーターでもあった

滅多なことじゃ・・「美味しい」を言わずに
美味しさを言い尽くしていた
「食いしん坊万歳」などが懐かしい
古き良き時代の東大生
該博な知識だけでなく・・相当な食道楽で
夫人が赤坂の料亭口悦の女将だと知ったとき
むべなるかな・・だった

束の間の話題で・・ちと行列ができた店に
美味しいしか言えない未熟なレポーターを送り込み
それでもグルメ番組だなんて言ってると
視聴者も気の毒だが・・店だって可哀そうだ
三日もすれば・・テレビ人気で来た客は遠のく

世の中が不景気なとき
テレビは・・旅と料理と寄席でもつ
私が携わっていたころも・・同じことが言われた
安直に制作できるからが・・理由だった

総理大臣が幾ら壁を糊塗しても
テレビ番組を見てりゃ
アベノミクスの来し方もしっかと写っているもんだ
やたら食レポ番組が目立つじゃないか

どんな仕事でも
安直で一世を風靡できた歴史はない
本物が尊ばれる社会
景気が良くないからこそ・・本気でやれだ

そんなことを考えさせられた朝だった



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by touseigama696 | 2017-07-22 22:51 | ●エッセイ | Comments(0)
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医師だった親父に連れられて
聖路加病院で心臓内科を受診したのは
私が27歳・・1969年のことだった

北太平洋上の機内で心臓発作を起こし
アラスカのアンカレッジで一ヵ月も入院し・・挙句に
パリでの取材を断念して帰国したが
予後が思わしくなくて
亡父に専門医の受診を勧められてのことだった

その外来ブースでお目にかかったのが
日野原重明先生だった

「君の病名は・・心臓神経症ってやつで
今アメリカでも課題になってるほど多いんだよ
治すには運動がいい
恐がらずにスポーツしてごらん」

それが始まりで
暫らく聖路加病院に通院し
大分時間がかかったが
どうにか神経症から脱出できた

今朝のニュースで・・日野原先生の訃報を知った
1911年生まれ・・105歳の天寿
死んだ親父は1912年の生まれだったから
生きてれば104歳かぁ・・と思いながら
半世紀も前の・・あの受診の日を思い出していた

この聖路加病院に通院していた時のこと
もうひとつ忘れられないエピソードがある
旧屋時代の聖路加病院の待合のベンチが
思いがけないほど質素な木製だったことだ

何かの折りに・・看護職員に
その意外さに触れて訊ねたら

「お尻が痛くなるほど・・
この病院は患者さんを待たせませんよ!」
と云って笑った

この言葉は・・ずっと後まで頭に残った
長い心臓神経症の後遺症から逃れ
40歳を過ぎたころ・・病院新設事業に誘われ
初代の事務長に就任したが
什器備品を買い揃える仕事の度に
あの言葉を思い出したのだ

病院の居住性は贅沢な家具調度ではない
一時も早く診療を受け・・手続きを済ませて
病院を出る・・それが一番の快適なのだ

フカフカの待合椅子に大きなテレビ
診療や調剤の順番を知らせる告知板
それらは・・待つ苦痛を和らげる仕掛けでしかない

30数年も前の・・あの開院のころ
いち早くコンピューターを導入し
ドクターに専従のPCセクレタリーをつけて
同時進行で調剤・会計の業務を進行させたのも
患者を待たすな!・・あの聖路加病院の木製ベンチが
教えてくれたことだった

この世の中には・・敢えて硬いベンチを置き
その上で何が一番大事なのかを考えないと
本質を外れた方向違いの過剰サービスに
うつつを抜かすことになると・・知るべきなのだ

言うまでもなく
日野原先生は長生きだけのドクターではなかった
聖路加病院の根本に流れる医のヒューマニズム
忘れてはならないことだと・・思う



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by touseigama696 | 2017-07-18 23:00 | ●エッセイ | Comments(2)
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日本橋三越本店のお隣りに
三井記念美術館がある
ここに開館してそう長い歳月ではないが
収蔵してる美術工芸品は・・歴史的である
三井家の歴代が蒐集したコレクションは
ここに安住を得て
後世の我々を楽しませてくれているわけだ


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日曜日の朝・・既に開館待ちの鑑賞者が並んだ
昨日から・・新しい企画展が始まっている


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夏の日の地獄絵ワンダーランド
猛暑に似つかわしい企画
いきなり水木ひろしさんの
地獄めぐりの原画が出迎えてたが
ファンにはこれだけでも垂涎の企画かもだ

眼鏡が合わなくて・・やや照明の暗い会場で
軸物の地獄図を克明に見るのは難しい
改めて目の手入を急がねばと思いつつ
閻魔大王の顔は・・しっかと覚えてきた
遠からず三途の道を歩く羽目になったら
是非ともお目にかからずに済ませたいものだ


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この美術館を久しぶりに訪ねた理由は
もうひとつある
ここのミュージアム・ショップを訪ねることだ

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昨日の初日から
ここで私の小品が展示販売されている
オファーをいただいて10日
個展追作の作業の中に混ぜ・・大急ぎで焼いた
お目にとめて頂いたご縁に多謝である

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担当の女性ともご挨拶し
作品を通して・・また一期一会が生まれた
新しい舞台を与えられた作品が
多くの来客の目にどう映るか
それも試金石なのである


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このショップで
「森川如春庵の世界」を見つけ・・購入した

特別の意味があって買ったのだが
それは長い話・・別項でにしよう



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by touseigama696 | 2017-07-17 00:59 | ●エッセイ | Comments(0)
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先月・・個展が終った直後に
75歳の誕生日が通り過ぎていった
一瀉千里のごとく・・時は流れるが
だからといって
仕事は・・一瀉千里に走ってはくれない

今年になって半年
その殆どを工房に籠って暮らしてきたが
個展の追作を終えるまで
緊張を緩めるわけにはゆかず
依然として夜明けから日没までと
更に・・30分のマッサージを受けてから
残業と称して・・10時くらいまでは工房である


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昭和17年生まれの・・75歳
身長183センチ(多分少し縮まっている)
体重78キロ(少し増えてる)
肺活量5.000cc(昔は6.000cc超だった)
握力50キロ(昔は60キロ強だった)

ついこの間まで
25㍍のプールなら・・潜ったまま泳げたし
結構大きな皿でも鉢でも
高台を摑んだまま釉瓶でずぶ掛けもしていた

大して威張るほどのことじゃないが
要するに図体がでかいというだけでの
幾つかの利点を重宝してたってこと
それが
それこそ一瀉千里に衰えてゆく様は
いささかめげるものがある

かかりつけの主治医の言によれば
目下・・命に係わる動力系の病はなさそう

どんなに緊張しても
ストレス性腸症候群にはなっても
食欲不振になったことはないし
不眠で悩んだことも・・75年一度もなしだ
そこら辺は・・真に頑丈にできてる

しかし・・一方で
躯体系の仕掛けは・・かなりボロボロだ
両肩の肩腱板は断裂したままで
それでもイテテッ!とわめきながら
両手を掲げて棚板の上げ下げもしてるが
左足は・・他人に気づかれるほどに不自由
前屈しても・・指先は膝までしか届かないし
正座は勿論・・胡坐さえかけなくなった
だから
畳に寝ることと・・落ちたものを拾うのが大嫌いだ
それでいて・・よくものが落ちる
誰もいない工房のときは
何処かの女性代議士のごとく
わめき散らしながら・・必死で拾ってる


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体の劣化は・・まだ仕方ないと受け入れてるが
頭の劣化には・・かなり怯えている

直感的に不安になるのは
全体をまとめる力が衰えてきたことだ
ひとつの仕事を・・企画して計画をたて
作業の進行をチェックしながらまとめ
きちんとした結果に落ち着かせる

それが仕事の殆どというような人生だったから
これの劣化は・・一段と厳しく自分に迫るのだ

若いころと比べてみても意味ないが
「たったこれだけで・・こうも手間取るのか?」
ついつい比較してみじめになってるようだ
そして・・当然の帰結のごとく
疲れを感じる日々になってきた

妻も言うが
「疲れたとかだるいって・・言ったことないのに」
今ではしきりに口にする・・確かにそうだ

目が覚めて
「今日はどうして過ごそうか・・あそこに行ってみるか
それともじっとしてるか?」
そんな朝に・・微かな憧れを感じる

老いが・・段々それらしくなる
それが・・一番の「老い」なのかもしれない



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by touseigama696 | 2017-07-11 07:21 | ●エッセイ | Comments(0)
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昨日もこんなことをしながら
一日を工房で過ごしていましたが
聞くともなく聞く報道の
限りなく規範なき社会のうごめきに
いささか怯えもします

独創や個性や自由が尊ばれ
手垢に塗れた常識にこだわる勿れ
理解できなくもないのですが
昨今の世情は・・いささか度外れな気がします

自衛隊を背負って選挙しちゃう防衛大臣もさることながら
「こんな人達に負けるわけにはゆきません!」
政敵野党議員に向かってではなく
批判する自由をもった国民の一部に向かって
「こんな人達」・・そう言い放つ総理大臣
使える言葉さえ見失う動揺が見え
これはもう埒外の暴言としか言えません

社会的に・・然るべき立場のひとが
然るべき常識や規範に基づいて物言わぬと
世の中に秩序は失われ
憲法が保証する安心して暮らせる社会は
どんどん遠のいてしまいます

いつの時代でも
政治家に最大の命題は
「堅実』と「斬新」を矛盾なく
世の中に混在させる知恵を生み出すこと

例えば
斬新な政策を・・時間をかけて丁寧に説明し
ゆっくり理解を促す堅実
これだって混在のひとつでしょう

「おだやかだが・・のびのびとした」世間
平たく言えば・・そういうことだと
思うのだが



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by touseigama696 | 2017-07-07 09:48 | ●エッセイ | Comments(0)
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『棋士が盤を挟んで勝負を始めるときって
二つのことしか考えません
一つは・・負けないために自分の王様を守ること
もう一つは
勝つためにいち早く相手の王様を詰ませること
これが常識です

ところが
藤井クンの将棋は・・違います
彼が考えることは・・二つではなく
ひとつだけ・・つまり
相手の王様を詰ませることしか考えないのです

一手早く相手に攻めかかれば
自分の王様を守るための一手はいらない

プロの棋士の勝負は
一手違いで決まります
守りに使わない一手を・・攻めに使う

徹底的に詰将棋を勉強してる藤井クンは
その一手の差のまま・・勝ってしまうのです

つまり
藤井クンは誰かよりは強いが
誰かよりは弱い・・という将棋ではないのです

攻めと守りの二手を考える将棋と
攻めだけを考える将棋の差
常識を変えた強さなので
今のところ
彼が向かうところ敵なしなのは・・当然
そう思います』

どなたかが・・こういう意味の解説をした
すごく分かり易くて
藤井クンの強さの本質が理解できたような気がした

あの羽生名人が驚嘆する才能
ただ強いだけじゃないポテンシャルの大きさ
それは技術的なことではなく
長年の棋界の常識を壊す
圧倒的な理論武装で肉づけされたものなのです

彼が14歳にして
歴年の棋譜に通じ・・詰め将棋を解き明かし
ひたすら蓄積している情報は
それ自体が目的なのではなく
守りの一手を使わずに済ませるための
ぎりぎりの哲学のように思うのです

常識を熟知して・・これを壊す先見と
常識を知らずにこれを壊す出鱈目との差
それをまざまざと見せてくれています

彼の挨拶が・・とうに少年の言葉ではなく
見事なまでに大人のそれなのは
いずれ・・その常識をも壊して
人間としても破格な高みにつく人材なのでしょう

将棋の世界に限ったことではなさそうです
非常識は・・しきりに見かける世の中ですが

「それって・・ありかぁ!?」
メジャーな常識を壊して
新しい時代の糸口を見つける先駆者
今・・待望されているのは
そんな才能だと・・思うんだけどな



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by touseigama696 | 2017-06-27 09:12 | ●エッセイ | Comments(0)
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勝つも負けるも・・紙一重
成功失敗だって・・紙一重
紙一枚右に寄ってれば・・勝てただろうし
紙一枚左だったら・・失敗だったかもしれない

厳しい世界に生きれば
結果は・・いつでもそんなもの
ひとの運不運 幸不幸は
一瞬にして入れ替わることがあるから
古人は・・それを「塞翁が馬」に例えた

小学校時代の書道の恩師は
卒業するとき・・その一行に
「得意淡然 失意泰然」
と加えてくださった

爾来六十有余年
今も座右の銘にしているが
折に触れ・・一喜一憂で狼狽えれば
淡然なのか・・それとも泰然
自問することにしている

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難しいことだが
ギリギリまで手を尽くし
厳しい結果を受け入れてきたひとほど
その生き方は・・悠然として謙虚だ

自説を持たざることなかれ
しかして
他説を詰ることなかれ
きっと両者の真ん中に
僅か紙一枚の分かれ道が挟まれている
それが塞翁の馬なのだろう

74歳最後の日・・6月23日
明日は
淡然の一日だろうか・・それとも泰然?
自戒を込めて・・工房での今日一日を過ごそう



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by touseigama696 | 2017-06-23 09:04 | ●エッセイ | Comments(4)

追憶に想いを馳せて・・ひとは歳をとる
だが・・そうであったとしても
忘れがたい思い出は・・やはり忘れがたい

以下の一文は
かつてある機関紙に掲載されたエッセイである
その夏の日は・・今を遡ること53年前のこと
そして・・エッセイを書いたのはそれから26年後
更に27年を経て・・今深く蘇ってくる

独り工房に腰を据えていると
ことさらに・・思い出は色濃く鮮やかである
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九十九里浜 白子町


=『読書三昧』=1990

太平洋の荒波を真正面から受け止める外房
九十九里浜の中ほどに白子という町がある
戦前から戦後にかけて この浜一帯はいわし漁で賑わったが
米軍の演習で潮の流れが変わったらしく やがて衰退をたどり
眠るが如く閑かな町になった

この白子の海岸に 
かつていわし漁全盛時代に建築された網元の家がある
今どきこれを建てられる大工もいないだろうと
そう言われるほどに豪壮な屋敷は
既に網元の手を離れ 当時私の両親と極く親しかった
さる老婦人の居宅になっていた

「雨戸の開け閉めはもう私には無理
だから使う部屋以外は閉めっぱなしなの」
独り暮らしの老婦人のそんな話から
「ひと夏でしかないけど屋敷に風通すため
私が書生っぽになって
朝晩雨戸を開け閉めしましょうか」
それが思い出の始り 大学三年の夏休みのことだった


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ひと夏を過ごした網元屋敷


当時は閂で閉ざされた大きな門扉を開けると表玄関がある
平屋なのにたっぷり二階分の髙さがあり
其処ここの梁には割いた巨木が使われ
柱の一本一本は一抱えもある太さだった

十畳間が幾つも連なり 
襖をはずせば直ちに五十畳ほどの大広間となって
いつでも大宴会が開かれる設えだった
一番南に書院造りの奥の間があり
床の間は源氏車の透かし彫りがあしらわれていた
贅沢にもその奥の間をあてがわれた私は
夏休みの一ヵ月を読書三昧に過ごすことになった

大学で法律を専攻していた私は
この夏休みの少し前
敬愛してやまぬある先輩に
「法学部の学生ならロシア文学は読んでおけよ」
そう言われた

今思うと何故それがロシア文学なのか
腑に落ちないでもないが
古典をという意味でもあったろうか

この先輩は江田島の海軍兵学校出身の軍人だったが
戦後医師となり その傍ら趣味でクラシック音楽に精通し
一方で京都・奈良の仏像にも造詣が深かった
亡父の若いころにお弟子さんだったせいもあって
我が家にもしばしばお見えになり
子どもの頃から何かと影響を受けてきたのだった
仏像では叶いっこないと承知して
なら私は庭をテーマにしようと
大学時代の休みは京都通いで
目ぼしい名庭は殆ど訪ねたものだった

同じころ 作家の伊藤整氏が雑誌で
「私は一ヵ月に一万ページの書物を読んでるが
それでも小説を一篇書くのは容易じゃない」
と書いておられた
妙に一ヵ月一万ページが頭に残っていた
昭和39年 大学3年の夏休みは
この屋敷の書生っぽになって
ロシア文学の一ヵ月一万ページ読破を
実行しようと決めたのだった

日中は私ひとりで過ごすこの網元屋敷での日課は
6時に起床して
 屋敷のぐるりを囲むおよそ70枚の雨戸を戸袋にしまう
それから閂を外して表門を開け
門前と玄関を掃いて水を打つ
部屋を掃除して洗面を済ませると7時である

老婦人が作ってくれる朝食をいただきながら
新聞に目を通し テレビでニュースを見る
さて8時から正午までの4時間は
自室の書院の間で姿勢を正して読書である
一日に333ページをノルマにした
一ヵ月で一万ページになる計算である

仕事に出かける前に老婦人が準備してくれる
昼食を独りで食べるのが正午
済ませたらビーチパラソルとタオルと読みかけの本持参で
通りの向こうに広がる浜に行く
当時は殆ど人影もなかった
壮大な海と潮騒に抱かれてうとうとしていると
漁師の大声で目が覚める

砂浜に漁船が上陸してくる
自分のエンジンに端をつないだ鉄ロープを
浜の柱を回して自力で這い上がる
漁師の女房たちが
船の動きに合わせて舳にコロと呼ばれる丸太を置く
その上を砂に潜らず船があがるというわけだ
九十九里の間桟橋のない砂浜であれば
漁船はこうでしか上がれない

船が止まると女房たちは
濡れた着衣を着替えるが
遮るもののない浜で 腰巻一枚を使って
鮮やかに早変わりするのだった

3時頃になると屋敷に戻り、水着のまま
井戸から水を汲み庭に水やりする
結構広い庭だったから何十杯も汲み上げる
読書漬けの体に心地よい運動だった
ついでに自分も水をかぶりさっぱりして
4時から6時まで また本を読んだ
7時までの間に
朝とは逆の手順で70枚の雨戸を閉め
門扉に閂で施錠して終わる

帰宅した老婦人と夕食を共にするが
近所の漁師さんからいただく新鮮な魚が
すこぶる美味で 毎晩贅沢な食事だった
8時には自室にひきあげ 読書を続けて11時半就寝 
判で押したように正確にそうした
後に大学を卒業してからも今日まで
これほどに規則正しい生活をしたことはない
その意味でも貴重な体験だったと思う

この一ヵ月に何を読んだのか
記録のままにかいてみると
プーシキンの「スペードの女王」「大尉の娘」
ゴーゴリーの「狂人日記」「検察官」「外套」「鼻」「死せる魂」
ツルゲーネフは「初恋」「貴族の巣」「その前夜」「父と子」
ドストエフスキー「貧しき人々」「二重人格」「虐げられた人々」
「死の家の記録」「罪と罰」「白痴」「悪霊」「未成年」「カラマゾフの兄弟」
トルストイ「結婚の幸福」「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」
「クロイツェルソナタ」「復活」「死せる屍」
そしてショーロホフの「静かなドン」などで
たっぷり1万ページはあった

勿論これでロシア文学の全てとは言わないが
専門家でもない限りこれでよしだと思った

今思い返して
これらの大河小説の中身の全てを覚えているかなら
残念ながらそうとはいえない

「戦争と平和」「静かなドン」などは全8巻の長編
登場人物にしても「戦争と平和」は500人以上かな
覚えきれるものではなかった

しかし読んでる最中に感じた感想は
その後の人生に何がしかの糧になっているはずである
昨日食べたステーキが 今夜呑んだワインがいつどこで
我が身の肉となり血となったかは判らずとも 
食べて飲んだのは確か それでいいではないか

青春の真っただ中に
脇目もふらず即書三昧に過ごしたあの夏を
私は決して忘れない

-------------

エッセイはここで終わる
しかし忘れ得ぬあの夏の日には
もうひとつ 忘れ得ぬ密かな思い出がある

一ヵ月を独りで過ごしながら
真剣に考え続けたことがあった
それは妻との結婚のことだった

社会人生活への一歩を妻と一緒に
それでいい・・と確信するための時間
それがあの一ヵ月でもあった

大学卒業式の一週間前 我々夫婦は挙式した
だから「行ってらっしゃい!」
妻に見送られて卒業式に出席したのだった

去年
あの日から50年が過ぎて
金婚式を迎えたが
それもあの夏の日に始まったとも思える

アップしてある写真は
九十九里 白子の浜と
思い出の屋敷である
このエッセイに登場する
老婦人も私の両親も敬愛する先輩も
みな既に異郷のひとである

時々白子の浜を訪ねると この屋敷を見る
人間が建てた家だが
人間の寿命を遥かに超えて丈夫である
あの夏のままの佇まいに
人間の儚さを感じるが
それもまた老いの為せる想いなのだろう



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by touseigama696 | 2017-06-21 21:41 | ●エッセイ | Comments(0)

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このカフスには・・数十年の長い間
使い続けてきた愛着がある
細かいことは忘れたが・・取材の旅の折り
立ち寄ったフランスのリモージュで
記念に買ったものだと思う

このリモージュのブルーが大好きである


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昨晩‥古い写真を眺めていて
この海を見つけた
データによれば10数年前
江の島で撮っている
日没直前の海
とても印象的なダーク・ブルーだった


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深く記憶に残って
この皿になったのかもしれない
それまでは白のバージョンばかりだった
多分
リモージュ・ブルーにもつながっている

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1年ほど前に・・今回の個展の作品で
このブルーを使おうと決めた

酸化コバルトに
数種の酸化金属を加え
色調の加減を図ったが
どうやら割合い評判が良かった

今・・追加制作にかかっている作品の多くに
このブルーを使う
念のため・・コバルトを補給しておこうとして
びっくりした・・途方もない値あがりである

定番を作るにも苦労するが
それを作り続けるのも苦労である



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by touseigama696 | 2017-06-19 23:30 | ●エッセイ | Comments(0)
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5月20日
個展準備の最終盤・・厳しい時期だった
あとひと窯に賭けていた頃だ
毎年そのころ・・クラス会が開かれる
今年もこの日に・・採血した
昼飯抜きで集まって
採血したら宴会という段取りである
多分20年以上続いているはずだ

このブログでも何度も書いた
クラス会で・・毎年血液検査をしてくれる
何とも不思議な行事だが
古希を過ぎて実に有り難い慣例にもなっている

これがあるお陰で・・出席率は高い
夫婦で出席し・・夫婦で採血も沢山いる

現職時代癌研で活躍したクラスメイトのK君が
ラボから届いた検査結果を・・精緻に分析し
病の兆候をチェックしながら・・全員に
肉筆の手紙で・・日々の生活を助言してくれる

そして・・そのK君が何かを発見すると
クラスの中の7人ほどの医師が
専門に応じて治療に手を貸してくれる
仮に専門でなくても
然るべき神の手を紹介してくれ
実際ことなきを得た級友が何人もいる

中学入学から数えれば62年のつきあい
気心知れ・・厚い友情に支えられて
最も信じられる医師のサポートは
考えられないほど贅沢なことだと思っている

今年の採血は
個展間近の・・多忙と緊張の最中
かなり疲れてもいたから・・体調に自信がなかった
しかし・・それも現実だから
あるがままのデータを受け入れるつもりでいた

K君の手紙が・・検査結果と一緒に届いた
四つほどの米印がある・・K君の説明によれば
微差なので許容の範囲と思ってよしだそうだ

一般的に関心の深い項目をみると
赤血球の各種数値が僅かに低め
つまり貧血に傾くサイドだが・・許容の微差
心疾患・血栓症を予見させるフィブリノゲン・・正常
肝機能のGOT ・GPT・γ-GTP・・正常
腎機能のクレアチニン・尿素窒素・・正常
糖尿病の血糖・ヘモグロビンA1c・・正常
総コレステロール・LDLコレステロール・中性脂肪・・正常
ガン関連では・・
食道・胃・大腸・膵臓・胆のう・胆管・前立腺
それぞれのマークは異常なし・・とある

あの環境でこの結果は嬉しい
生活習慣病の罹病は・・可能な限り避けたいから
そのための努力はしているが
ガンそのものは・・逆らってみても仕方ない
いずれどこかで出会って・・死に至る道
それが自然な終末だと思っている

俗にいうピンピンコロリ
願わくばそうありたいものである


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追作を始めた・・明日からは
また暫らく夜明け前にひと仕事
工房に籠る日が続きそうだ

「・・以上のような結果でしたので
良好な体内環境が得られていると思います
どうぞ今の生活習慣をお続けください・・」

K君の手紙は・・そう結ばれていた



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by touseigama696 | 2017-06-15 22:40 | ●エッセイ | Comments(0)