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桃青窯696

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50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・

カテゴリ:○折々の折り( 30 )


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 コタンの袋小路  ユトリロ画


今夜は・・2005年9月に書いた
エッセイ「折々の折り」からの転載
時系列は当時のままなので
更に12年経ったことになる

書架にユトリロの画集を探してみたが
転居の断捨離で処分してしまったようだ
惜しいことをした・・珍しく悔いた


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                             2005/9 折々の折りより

少し古い話・・1970年の晩秋のこと
取材旅行の途中だったが
体調を崩し仕事を中断してパリでウロウロしていた

三島由紀夫が異様な割腹自決を遂げたあの日の前後だ
パリ在住の女流カメラマンのHさんが
気晴らしにと食事に誘ってくれた


モンマルトルの丘に登った・・そして
どこからでもサクレクール寺院が見える
坂の多い道を・・ふたりで歩き回った
どうしても一度訪ねてみたい場所があった
それがコタンの袋小路だった

この道をユトリロが描いている・・どんづまりの
急な階段を尼僧のような女性が登ってゆく
きっちりした遠近法を示す直線的な絵だ
木立と昇る人間だけが・・どんよりとした静けさに
音を吹き込んでいるようだ

精神はことのほか屈折したユトリロだが
積み木のように真っ直ぐなこの絵が好きだ
自分の足音がこだましそうで・・一度行ってみたかった
そして
行ってみて・・絵のほうがもっと好きなのもわかった
絵は写真とは違う・・当たり前だがそのことを痛感した

初めてパリに行ったとき
世界中の画家がこの街に来たがるのがよくわかった
どこに立っても・・目に映るもの総てが画題のようだ
しかし
それでいてこれを絵にするのは多分容易じゃない
絵以上に美しく絵画的だからだ

そうしてみると・・コタンの袋小路に立って
なお絵のほうが好きだと思えるユトリロの
豊かな表現力に改めて感銘した

今夜のNHKが、ユトリロを取り上げていた
その最後に・・晩年のユトリロがモンマルトルで
絵筆をとっている実写のフィルムを紹介した
実際にはこうして写生することはなかったそうだが
このときから3週間後に死んだというから
まさに遺影・・私が中学生の頃のことだ

私が実際にコタンの袋小路に立ったのは29歳
ユトリロの没後15年ほどしか経っていない
到底そうは思えないほどに
遠い画家のような気がしてならないのだが・・

久しぶりに
ユトリロの画集を眺めながらこれを書いている
コタンの袋小路・・やっぱり好きな絵だ
 
               


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by touseigama696 | 2017-10-11 21:50 | ○折々の折り | Comments(0)
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妻ジャンヌを描いたモディリアーニの作品


少し落ち着いた日々が戻って来て
かつて書き綴った「折々の折り」を
読み返したりする余裕もできてきた

懐古ではあっても・・今もそう思う
そうした記述をみつけ・・少し推敲を加えて
改めてふれてみた


モンパルナスの灯   

趣味の遊びで油絵を描いていた頃
人並みに人間の顔のデッサンを試みたことがある
最初のうち何枚描いても
妙に間延びした顔になってしまった
生身の人間がモデルになってくれよう筈もなく
手当たり次第に写真の顔を写しとってみたが
どうあがいても似ても似つかぬ顔なのだ

やがてある錯覚に気づいた つまり
左右の目じりを結ぶ線の長さと鼻の長さは
実際には目と目の方が長いのだが
描いてるデッサンは鼻の方が長くなってしまう
そのせいで間延びした面長になるのだ

しかし
自分で描いたデッサンを見て吹き出した
「これってモディリア-ニじゃないか!」
モディリア-ニの描く顔は大抵鼻が長い
それもかなりデフォルメして長い
一寸見には下手糞な顔である しかし惹きつける
瞳のない面長な顔は限りなく哀愁に満ちて
彼の人生そのものでもあるようだ

「モンパルナスの灯」を見た・・何度目だろ
昔の映画には手練手管はないが
見る者のこころを真っすぐに貫く力がある
画家の人生は 
どの道色彩と無縁には語れないものの筈だが
モノクロの陰影が色彩を捨象して
モディリアーニの悲しみを浮かびあがらせる
時代に早すぎた画家の感性と苦悩の末のこと
後世の人間が気づくボタンの掛け違いなのだ
そうしてみれば
あの時代に彼の才能を信じ切ったジャンヌの純愛は
決してひ弱なものではない

「お金より、励ましが必要なのです・・・」
非情なまでにモディリアーニの死を待って
作品を買い占めようとした画商モレルに向けた
この一言はジャンヌの存在そのものでもある

描くことも作ることも
時に時代の実益そのものとは限らない
才能が花開くというが
その才能はやがて作品の上では開いても
作者の実人生の上ではないことが多いのは
皮肉なことだ
「お金より、励ましが必要なのです・・・」
ものづくりに・・ジャンヌの言葉は今も生きている

没後百年・・落札価格の天文額に比べて
存命のころの窮乏は・・落差があり過ぎる
でも言い換えれば
画家の(画家に限らないが)の
時代を先取りする慧眼の凄さでもあろう

ジャンヌはモディリアーニの死後
日ならずして自ら命を絶った
ふたつの命の代償に
今もモディリアーニは燦然と輝いている
切ないが以って瞑すべしでもある
 
                              2003/11 折々の折り


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1995年ころの習作のデッサン

寸法の比率が解って
モディリアーニから脱出?(笑)
でも才能があるとは・・思えなかった

少し乱暴な言い方だが
陶芸は稽古次第で
ある程度まではゆけそうだが
絵となると
最初から才能のあるなしで
決まってしまいそうだ
そんな気がして
3年ほど趣味の油彩を描いて
陶芸に転向したのだった



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by touseigama696 | 2017-09-21 05:09 | ○折々の折り | Comments(2)
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昨日削った・・五本の花器


10年前
私は・・自分のエッセイ「折々の折り」に
以下の一文を書いている

陶芸を始めて10年目ころのことだ
そして
それから更に10年が過ぎて
10年という時間が
様々な思いをかきたてる

職業としての陶芸を・・強く意識し始めたのは
65歳の日本伝統工芸展に通り始めた頃のこと
74歳の今思うと・・あっという間の10年だが
その間を年譜で見れば・・色々している
結構充実した時間に思えもするのだ

たかが10年・・されど10年
読み返して感慨深いものがある

今・・往時の私の年輩におられる方に
ささやかなメッセージのつもりで
再掲してみることにした


伝聞だから正確ではないが・・堺屋太一さんの話

「人間は昔から人生の六割を働いてきた
人生50年の時代の六割は30年
15歳から45歳までだった
寿命が80年になって・・その六割は48年
22歳くらいで大学を出たとして48年働くと70歳
60歳あたりで定年ってことになっても
能力的にはあと10年は働けるわけだ

だから・・引退してからの老後ではなく
たった今・・何か自分のやりたいことに
一所懸命になってみたらいい」
こんなことのようだ

「やりたいことを一所懸命に・・」を
「専門家になるつもりで・・」と言ったらしい
このあたり・・私も大賛成である。

大橋巨泉氏の「セミ・リタイア」とも似ている
本格的なリタイアではなく・・一度区切りをつけて
一番興味をもっていることに夢中になってみる時代を
セミ・リタイアと言ったようだ

50歳を過ぎたあたりから
人生は徐々に変わってくる
まぁ住宅ローンを組み込んだりもあって
一概には言えないが・・仕事にもゴールが見え
子どもは自立しはじめる
時間の進み方に僅かなゆるみを感じはじめる年代である。

多忙であっても
ただ闇雲に働くばかりが人生でもなかろうと
趣味を見つけて余暇を割くようにもなる
これは実に良いことだと思うが・・どうせなら
堺屋さんが言うように「専門家になるつもりで・・」
をこころの隅に置いてみたらいい

専門家というと
特殊な技術の必要な難しさを想像してしまうが
職業ばかりが専門家ではない
例えば
「鶏肉料理のレシピを世界中から集めてみよう
その上で自分のオリジナルなレシピを作り出してみる」
長年仕事のように料理してきた主婦にとって
週末料理人をめざす男たちの料理好きにとっても
ただの楽しみの料理ではなくなる
もし・・この研究が実を結べば
鶏肉料理の専門家といっても差し支えあるまい

「薔薇の花の写真を撮る」のも
「毎朝の散歩を俳句つくりの吟行のつもり」だっていい
単なる遊びと思わないで本気で取り組んだら
10年というのは結構なことができる時間だと思う

私が陶芸の手ほどきを受けたときから
今年で丁度10年になる
あっという間の時間だったようにも思えるが
その間の出来事をひとつひとつ思い出すと
それらは随分と遠い日のことでもある
10年という年月の持つ意味が
近頃やっとわかってきた。
言い古された言い方だが
「たかが10年、されど10年」
  本当にそう思えるのである   
                  2005/08



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by touseigama696 | 2016-11-20 07:54 | ○折々の折り | Comments(0)
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2005. 10. 16. Sun

50歳(944/1001)

11年前の昨日
2005年の10月16日
1001夜の成就を間近にした
私のエッセイ「折々の折り」に
「50歳」と題して・・こんなこと書いてる
1001夜の944夜である


『10数年前、50歳の誕生日を迎えた私は、

いささか憂鬱な思いにとらわれた。
人並みに老いを意識せざるを得ない気がしたからだった。

確かに50歳ともなると、
仕事だって半ばゴールが見えてくるし、
子どももあらかた巣立つ頃合いではある。
男も女も大きな節目にさしかかる年齢には違いない。
しかし、
役目を負った時代だけが人生ではない。
役割からの解放をどう受け取るか、
それが象徴としての50歳じゃなかろうか。

一升瓶に丁度半分の酒があるとして、
ひとは二通りの見方をする。
「もう半分・・」と「まだ半分・・」である。
事実なら「二分の一」だが、
真実ということになると、
ひとそれぞれに受け取り方は違う。

「まだ」も「もう」も、
目に見える事実に主観が加わったそのひとの真実なのである。
事実は争いようがないが、真実なら思いは分かれる。

50歳は、誰にでも否応なしにやってくる。
そのとき、
目に見える事実にどう主観を加えることができるか・・、
それが「夢」じゃなかろうか。
役目を果たすことに全力を費やしている時代には見えない「夢」、
50歳はそれを見つけるチャンス、
おぼろげだったが、そんなことを考えたのを思い出す。

人生の殆どは偶然のようにめぐりゆく時間である。
思い通りになることなど滅多にない。
にもかかわらず、
僅かでも得心のゆく時間がもてるとすれば、
それは「夢」を描いて、そこに向かうことでしかない。

陶芸に出会ったのは52歳のとき。
かねてやってみたいこととして温めていたとはいえ、
その始まりはやはり偶然みたいなものだった。
しかし、やがて私の人生の終章を支える夢となった。

見知らぬどなたかの許に旅立つ器に箱書きしながら、
それはまるでメッセージ・インナ・ボトルでもある。
夢を託して・・と書いたら、
あまりに青臭いと言われるだろうか・・。 』


50歳の日からなら
既に四半世紀に近い日々が過ぎた
52歳の年に出会った陶芸を
晩学の夢として・・夢中で始めたころだ

夢ではあったが・・やがて
それを仕事にすると決めた
「プロ」・・この言葉の響きにも
夢を感じていた
組織で生きてきた人間には
独っきりで全てを賄う物づくりは
ひとつの憧れだったような気がする
だから・・プロという言葉に惹かれた

あれから25年・・夢で始めた陶芸も
仕事にしてから・・20年

趣味なら楽しいだけで済んだことも
仕事となれば・・そうもゆかない
僅かながらもしていることに社会性が生まれ
緊張と忍耐も必要だからだ

70歳を超えて・・明らかに劣化してゆく体と頭
今までにない不安を感じる日々だが
できるだけ工房に籠って作ることが
一番の精神安定になるようだ





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by touseigama696 | 2016-10-17 03:38 | ○折々の折り | Comments(2)
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焼けば・・これとは全く違った色になるはず
さて・・どうなることか?です


いつだったか
踊りの名手が・・楽屋で着物をたたむのを見た
見るだに・・その手つきは見事なもので
着物は・・スルスルと納まるべき形に納まった
慣れと言えばそれまでだが
漫然と繰り返すだけでは・・こうも
形が決まるものでもなかろう

教えられてに始まって・・更に自分の工夫を加え
短い時間に美しくたためるには
手順への細かい気遣いが必要だ
言ってみれば・・それが所作である

「芸」とは・人に見せるものではあるが
芸の本質は・・見えてるものだけじゃない
「見せる前」も・・「見せた後」も
芸のうちである
ものの姿は・・所作の流れの中のひとこま
だから・・美しい形は美しい所作の中で生まれる
近頃・・このことがとても気になる

ひとつの器の制作にかかると
どうにかしていい流れを作りたいと思う
慌てたり焦ったり・・気を散らしたりで
気に入った作品になった試しはない

土を練ることから始め・・作品が窯から出るまで
如何に私自身の所作をスムーズに出来るか
とても気になる

だから
使う道具の過不足も・・それをきれいに洗って
出したり仕舞ったりも
並べて置く位置さえ気にする
腕の良い板前さんの調理場みたいに
必要なものはあるが・・不要は置かない
そうしたいと・・いつも思う

とりわけ作品が大物になると
尚更に段取りの良し悪しが大事になる
ボリュームは・・それだけでもリスクである
僅かな手順の狂いが・・致命的にもなる

「でっかい車の運転操作は・・案外
細かい神経を要求してくるもんです」
大型特殊車両の運転手さんが
そう言ってたことを思い出す

段取り~手順~所作
心地好いリズム感を作るのは
きっとここの三つである
------------------------------------------

10年ほど前
私のエッセイ集「折々の折り」に
こんなことを書いた

読み返してみると
やはり10年の歳月を感じる
この当時・・心がけていた注意深さの
何がしは・・今では失ってるかもしれない

準備はともかく
片づけと掃除が・・億劫になる
どっちらかった工房コックピットで
大いに反省しながら・・今日も
教室と加飾に明け暮れた



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by touseigama696 | 2016-03-09 23:48 | ○折々の折り | Comments(0)
2005. 2. 24. Thu
お隣り(739/1001)
「光速で一年かかる距離が1光年
9兆5千億キロだそうだ
肉眼で見える星は3000光年までとか
月は1秒 太陽は8分で届く

この広大無辺を考えれば
今日歩けなかった距離なんて
悲観することないな

すぐ隣りの銀河はアンドロメダ・・
200万光年・・それで隣りなんだ」 
                 てつ語録 NO25


あるひとがロシアの片田舎を旅した。
泊まるところも見当たらず、
やっと見つけた農家らしき家に飛び込んだ
「今夜一晩泊めてもらえませんか?」。
「いいとも、さあ暖炉のそばにおいで、
温かい食事をあげよう」。
それはもう快く迎えてくれた。

翌朝のこと。
「客人! 折角の出会いだ、
ここらじゃこんなこと滅多にない。
よかったらわしと一緒に
近くにいるおっかさんに会ってくれんか、
きっと喜ぶと思うんだ・・・」。
「昨夜の恩返しに、
そんなことでいいなら、喜んで・・・」。

二人は近くの母親の家を目指した。
それは、汽車で三日の旅だったのだそうだ。
広大なロシア大陸、これくらいは
近所のうちだというわけである。

このエピソード、好きな話である。
アンドロメダは、到底三日の旅ではない。
時々、こんなことを考えると、
たった今に思い惑うことなど、
何とちっぽけなことかと、
少しこころ穏やかになれる・・・。

 
------------------------------------
11年前の今頃・・折々の折りに
こんなこと書いてる・・

どんなに頑張っても
一日で歩ける距離なんて・・大したことない
分っていても・・焦れたりもする
とりわけ・・体に不足がみえてくると
捗らないことが・・大きな不安になるものだ

そういうときの合言葉が・・アンドロメダ
200万光年のお隣りさん
簡単に歩き通せるものじゃない・・だから
今日一日を思い煩うことなかれ・・なのである



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by touseigama696 | 2016-02-10 05:15 | ○折々の折り | Comments(0)
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2005年12月12日・・今から10年前の今夜
それまで書き続けてきたエッセイ「折々の折り」
その千一夜を完結して・・終わりにしたのだった

毎晩一所懸命書いたから・・達成感はあったが
ふと気が抜ける思いだったのを・・覚えている
あれから10年経ったことになる

今書いてるこのブログは・・その翌年からだ
それも10年目に入り・・2、218本書いた
よくも書きつるものよと思うが・・そもそも
近づく老いに備え・・少しでも頭の劣化を防ぐため
一日にひとつくらいは・・しっかりと物思い
それを書くことで・・一助になればが契機だった

今夜・・そんなことを書こうと思ったら
5年前に・・既に触れて書いてある
今でも思いは同じ・・読んでいただけたらと
引用することにした
折々の折り2010/03/10

これもまたひとつの日課だが
根気が続く限り・・続けてゆきたいものである



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by touseigama696 | 2015-12-12 23:31 | ○折々の折り | Comments(0)
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日課の・・4㌔歩行を中止して3週間
原因不明の足首の腫れ・浮腫み・痛みは
少しづつ改善しつつも・・まだ全快ではない

足もとに注意して・・転ばないようにである
だから・・無理に歩くつもりはない
自分の代謝や免疫を信じて・・自然治癒待ちなのだ
来週の外来受診で・・多少変化が判るかも

いつから日課を復活できるか・・気にはなる
こんなことになるとは予想もしなかったが
今までの2年間・・歩くことを軸に
自分の体調は・・記録にとってきた

累積歩行距離・体重・体脂肪・血圧・血糖値・食事内容
面倒でも・・データが効果の根拠である以上
記録することが・・継続そのものだと思うのだ

当然だが・・3週間も中断したら
データがどう変わってしまうのか
それも記録から読み取れるわけで
「歩かず」と書きながら・・その結果は?

幸いなことに・・全てのチェックで
中断前と何も変わっていない
リバウンドと言われるような数値はでてこない

歩き続けてる間は・・3週間休んだら?は
想定外で試すつもりもなかったから
足の異変のお蔭で・・実行したようなもの
やってみれば・・これもひとつの自信になった

2年ほど積み上げれば・・簡単には戻らない
それが習慣の力・・と言えそうだ
これからは・・記録を続けながら
でも・・年齢や体力に合わせて
無理せずに・・ゆったり続けようと
そう考えるようになったのだ
転んだらただでは起きるな!・・である

昨日は・・ご注文を窯に詰めたり
手狭解消になるならと・・
私のロクロを向き合わせに位置替えしたり
歩かないでカロリー消費に努めたのだった




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by touseigama696 | 2015-06-08 05:22 | ○折々の折り | Comments(0)
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山のあなたの空遠く08/08/31

幸運を手にすることだって・・
本当は・・幸運なことなんだろうに
まして・・
その幸運を活かして・・幸福になる
簡単じゃなさそうだ

大臣になるのは・・幸運
国民のために何かができてこそ・・
国民から感謝されてこそ・・
それが・・政治家の幸福なんじゃないかな

幸運を・・幸福と取り違えてしまったツケを
最近は・・目にすることが多くて
山のあなたが・・立て込んでるみたいだ
本当は・・足元にあるかもしれないのにね・・




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by touseigama696 | 2013-07-04 00:04 | ○折々の折り | Comments(8)
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亡父の書斎の整理に追われている
今となっては紙ゴミと化した膨大な書類の山から
この一冊が出てきた

1990年に私が書いたもの・・父に進呈したのだろう
講演を依頼された際に・・記念に配ったもの
ある機関紙での連載を・・
その日のために・・手作りで製本したのを覚えている

2005/12/12の千夜一夜達成を機に休筆したが
後に・・ブログに「折々の折り」を書き始めたきっかけ
それが・・この小冊子だったのだ

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読み返してみたら・・幾つか今でも思いは同じ
ここに紹介してみよう・・ご一読願えればである


「人として生きる上で・・大切なことがふたつある

ひとつは・・自分を活かしてくれる人を見出して
この人を大切にすることである・・そして

もうひとつは・・自分もまた人を活かさねばならない
だから・・活かすべき人を見出すことである」・・1978 T.M. 



「人は多くの場合・・どんな職業を選ぶにせよ
専門家への道を歩む・・そのための修行を積む

しかし・・ひとたび専門家になった時
より優れた専門家でい続けるためには
素人に戻らねばならない

強固に擁壁された専門領域の壁を打破するきっかけは
大抵の場合・・素人のこだわらない大胆な思いつきの中に
発見することが多いからである」・・1984 T.M.



「孤独な時間を愛することは・・ひとを嫌うことではない

孤独が淋しいものであることを知って
ひとを愛しくも思えるのである

いつもひとと一緒にいることを好むのは
結局・・ひとを大切にしているのではなく
自分本位に過ごしているだけなのだ」・・1988 T.M.



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by touseigama696 | 2013-07-03 00:54 | ○折々の折り | Comments(6)