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カテゴリ:○未分類
  • ニュートラル・ゾーン
    [ 2011-09-25 01:14 ]
  • 正確なもの・・
    [ 2011-09-06 01:18 ]
  • パシフィック・ホテル茅ヶ崎
    [ 2011-09-03 00:54 ]
  • ワークショップ・・笠間
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    [ 2011-07-31 01:30 ]
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    [ 2011-07-14 01:11 ]
  • あれから・・5年
    [ 2011-06-12 21:33 ]
  • 老中・井上河内守正直
    [ 2011-05-20 22:32 ]
  • became a G~gi
    [ 2011-05-19 00:18 ]

2011年 09月 25日
ニュートラル・ゾーン

攻めるでもなく・・守るでもなく・・
笑うでもなく・・泣くでもなく・・
進むでもなく・・退くでもなく
仕事するでもなく・・遊ぶでもなく
はしゃぐでもなく・・落ち込むでもなく

どちらでもない時間・・それが
ニュートラル・ゾーンだ

数学に・・ゼロがあるなら
ものごとにも・・ゼロがありそうだから
ニュートラ・ゾーン・・もしかしたら
それが・・そうかもしれない

悲喜こもごもの日々の中で
悲喜の狭間に見出す・・
どちらでもない時間
それが・・とても大事な時間だと
そう思うようになってきた

穏やかで・・静かで
落ち着いて・・ゆったりと

ニュートラル・ゾーンの心地よさ
若いころには・・気づかぬことだった

仕事するでもなく・・さりとて眠るでもなく
深夜に・・独り佇むこの短い時間に
ひとは・・自分を取り戻すような気がする

独りきりの時間・・
それもニュートラルなのだろう・・



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by touseigama696 | 2011-09-25 01:14 | ○未分類 | Comments(6)
2011年 09月 06日
正確なもの・・

昭和36年の春・・高校を卒業した
私は浪人したが・・親友は東大に合格した

何か祝ってやろうと・・思った
自分の金があるわけでもない年代
知恵と足で・・プレゼントを探した
そして・・決めた

銀座の鳩居堂で色紙を買って
世田谷あたりだったような気がするが
さる文豪の自宅を訪ねた
それが・・作家井上靖さんの家だった

面識があるわけでなく・・
約束をとりつけてもいない
不躾も夥しいが・・若気の至りだ

「親友が東大に合格できました
彼の将来の・・座右に置くべき言葉を
先生に書いていただきたくて・・
お邪魔しました」・・正直に話した

玄関で出迎えた夫人が・・
「ちょっと待ってくださいね・・」と引っ込まれた
しばらくして・・
「井上が・・承知したと申しています
一週間ほどしたら・・いらっしゃい」

不躾は承知のことだったが
にもかかわらず・・受けてくださった
帰り道・・深い感激を味わった

約束の日にいただいた色紙には
「私には
 正確なものだけが 美しく思われる」

そう揮毫されていた

正確には筆ではないから
揮毫とは言わないかもしれない
ことによると・・
日々の原稿に使われているものだろうか
極く太い柔らかな・・万年筆の筆跡だった

将来の応用化学者を目指す彼に
「正確なもの」は・・必須の視点だろうに
しかし・・なおそれが「美しい」と書いてくださった意味

文学者が・・将来の科学者たらんとする青年に
科学だけが正確を求めているわけじゃないよ・・と
教えてくださっている・・と実感したのを覚えている

正確な言葉・・精緻な文章
井上文学に一貫した哲学だと感じたのだった
親友へのはなむけは・・同時に
私の人生にも・・大きな示唆をもたらした

「正確なものは・・美しい」
深夜の工房で悪戦苦闘しているのも
少しでも・・近づきたいからに違いない




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by touseigama696 | 2011-09-06 01:18 | ○未分類 | Comments(12)
2011年 09月 03日
パシフィック・ホテル茅ヶ崎

正確な順序で書くと・・
結婚式を挙げて・・一週間後
大学の卒業式に・・出席した
それからまた一週間後
社会人一歩をテレビの世界で・・歩きはじめた
卒業・就職・結婚の三つが・・半月の間に全部
慌ただしい春・・昭和41年のことだった

それから多分2年くらいしたころのこと
仕事でつき合っていた・・さる広告代理店の課長から

「車・・買わない? ちとポンコツだけど
長いことウチの社長が乗ってて・・その後
おれにお下がりが回ってさ・・
今乗ってるけど・・買い変えしても二束三文・・
なら・・誰か知ってる奴に乗ってもらえばなんだ
ポンコツだけど・・とりえは冷房がついてるってこと!」

最後のひとことで・・見ずテンで買った
冷房車・・魅力的だった
仰せの通りポンコツだったが・・黒塗りのセドリック
腐っても鯛・・だった
自分の金で買った最初の車
親父に頭をさげなくても・・済むようになった

その車で最初に出かけたドライブが・・
湘南茅ヶ崎にあった・・ホテル・パシフィック
上原謙・加山雄三親子が所有してたホテル
そこのプールで泳ごうと・・
まだ新婚だった妻を乗せて走ったのだ

冷房(エアコンとは言わなかったな・・)つきだから
窓を閉めて走る・・回りは開けっ放しの窓で
渋滞のなか・・ゆでダコみたいだった
冷房車なんて・・
確かに社長専用車くらいだった時代
腐っても鯛は・・美味しい鯛だった

ホテル・パシフィックは・・
加山親子のこともあって・・人気スポット
プールサドに個室のリゾートテント(名前は忘れた)があって
着替えも昼寝も・・ひと目を気にせずできた
ルームサービスで飲んだり食べたりもできて
新婚さんには・・ふたりっきりのプールサイドだった・・笑

ふたりでプールって・・多分あれが最初で最後
何故って・・後でわかったことだが
そのとき・・妻は娘を宿していたからだった
だからその後は・・親子の海はあっても
夫婦の海は・・記憶にない

ついさっき・・テレビが
加山の湘南ビーチ・ライブを放映してた
海の唄を聞きながら・・
遠いあの日を思い出していたと・・いうわけだ

夕方からの半日足らずで
裏面・・貼り終えた
昨日書いたように・・想像通りだった





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by touseigama696 | 2011-09-03 00:54 | ○未分類 | Comments(6)
2011年 08月 08日
ワークショップ・・笠間

全部で42枚の・・「糸抜き線紋皿」ができた
参加者は・・初めての経験だったようだが
びっくりするほど・・糸を貼りこなしていた

笠間・陶芸の丘にある体験工房
茨城県立陶芸美術館主催の
お約束だった「ワーク・ショップ」

30名募集の予定だったが
実際は42名・・と聞いてほっとした
折角の企画が・・閑古鳥だったら・・
不安は消えた

殆どの方が・・作陶の経験者
プロの陶芸家もおられて
私の方が恐縮でさえあった

お二人は・・窯も持ってるからと
作品持参で・・帰られた
冒頭の写真は・・だから40枚なのだ

午前と午後の二部開催
研修所のプロが予め挽いてくださった皿で
それぞれに・・線紋を描いた

冒頭に・・私の波状紋の実践をご披露したが
それにこだわらず・・自分の模様がテーマ
20cmほどの皿に・・思い思いの挑戦だった

夏休みだから・・お子さんが多いかと思ってたが
意外にひとりだけ・・あとはみなさん大人

自分の作陶のヒントにと・参加されたようだ
そのせいか・・結構細かいご質問もあって
技法への関心の深さを・・垣間見る思いだった

毎日新聞の記者さんも来ていて
カメラで取材していたが・・
いずれの日にか・・紹介されるのかもしれない

こうした企画では・・
作家が参加者を指導する・・と思いがちだが
実際は・・こちらがヒントをいただく機会が多い

みなさんの作品を眺めていて・・
「なるほど・・そう来るかぁ~」
勉強させていただいた

美術館の学芸員のみなさんも
参加者の世話で・・慌ただしかった

学問的な研究だけでなく
こうしたイベントを通して
陶芸の発展を促す姿勢に
同じ道を歩く作家として
頭の下がる思いでもあった

私の教室の生徒さんも・・二人参加した
帰りは一緒・・眠くなりかけると
後ろの席から・・肩揉みなどして介助してくれた

だから地元に戻って・・行きつけの店で
ラーメン&餃子をご馳走して別れた
私は・・いつもの冷やし中華のひと皿

またひとつ懸案の課題が済んだ
とりあえず・・もうひとつある
そちらへ・・切り替えて頑張らねばなのだ





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by touseigama696 | 2011-08-08 01:10 | ○未分類 | Comments(12)
2011年 08月 04日
セレンディピティー

我が家の息子が・・大学受験の朝
生憎の雪だった・・よくある話

無理かも・・迷ってるみたいだったから
「お前と同じように迷って・・
パスする奴多いかもな・・
ならチャンスだ・・行け!」

結局・・その大学に入学した
パスしてたら・・西の大学ではなく
もうひとつ合格してた北の大学に行ったろう
そしたら・・その後どうなったろ
「あの時歩かなかった・・もうひとつの道」
それも人生だが・・どっちにせよ
ちょっとした偶然が・・
「あの時歩いた道」・・を決めたことになる

「計画的な人生設計」・・それを
賢さの証しみたいに言うひとはいるが
ほんとにそうだろうか・・?

未熟な時代にたてた計画が
後に少し熟達するかもしれない人生を
担保しきれるとでもいうのだろうか

実人生は・・多かれ少なかれ・・
予期せざる偶然に翻弄されながら
その偶然を生かして・・僅かでも
実りを実感したいと願う・・長い旅だ

この旅に・・最も大事な資質は
狭い計画や設計にこだわる知性ではない
広々と天空を徘徊する・・「好奇心」
いつもそう思ってきた

実利だけで・・旅を企画するなかれ
旺盛な好奇心に響く「偶然」をこそ
見逃すべからず・・そう思う

予期せざることは・・不運の始まりではない
予期し得るものの狭さに比べたら・・
遥かに幸運ではないか
活かせば・・それが個性だからだ
好奇心は・・そのための有効な触媒

「何・・なに・・なに・・?面白そう~!!」
案外そんな振舞いが・
思いがけない幸せにつながる
そんな気がするのだ

予期せざる偶然を活かす能力・・
それをセレンディピティーという
人間工学では・・真面目に議論されるテーマ

好奇心を・・
単なる気まぐれで終わらせないために
必要なフィルターが・・セレンディピティー

「釣りは好きじゃなかったんだけどね・・
折角のお誘いだから・・船に乗った
案の定・・船酔いで参って
釣りどころじゃなかったんだけど・・
気の毒だからって・・看病してくれた女性がいてさ
彼女が・・後にうちのカミさん・・なのさ・・笑」

これが・・セレンディピティーである
こんな偶然・・計画できる・・?

分かることは・・ひとつ
釣り船に乗らなきゃ・・起こらなかった「偶然」
目的達成が・・計画だとすれば
計画通りではなかったが・・別の価値との遭遇
人生を支える大事なチャンスじゃないか・・

52歳で始めた私の陶芸
思えば・・これもセレンディピティー
計画や設計なら・・無謀でしかない
偶然がかきたててくれたもので歩いてる
予期せざる晩節・・受け入れて感謝なのだ

今度の日曜日に・・笠間の陶芸美術館で
糸抜き技法のワークショップを担当する

参加者にお目にかけるためのデモ作品
途中まで貼って・・あとは会場で
何しろ・・笠間でのイベント
同業プロもご覧かもしれない
一所懸命やらねば・・失礼になりそうだ
丁寧に準備しようと・・思う




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by touseigama696 | 2011-08-04 00:37 | ○未分類 | Comments(12)
2011年 07月 31日
晩学のすすめ

私の親父は・・94歳で死んだ
「俺って・・死ぬのを忘れたのかもしれない・・」って
還暦を過ぎた息子を脅したりもしてた
「そんなこと言ってると・・息子が先になるぞ!」
「それでも・・いいの?」
そんなやり取りしてたら・・ほどなく死んだ

自分の身体の総てを・・献体したから
再会したことはないが・・大学のどこかで
学生相手の標本になってるかもしれない

この親父の晩年を偉いと思ったことが・・ふたつある
ひとつは・・80歳を過ぎたころから
フランス語を勉強し始めたことだ

医者だったから・・英語とドイツ語は必要だった
「でも・・フランス語って洒落てるもんな・・
一度勉強してみたかったけど・・現役時代は無理だ
閑になったから・・やってみるさ」

ペラペラになったわけじゃないが・・
その意気ごみは見事だった
勿論・・大学を引退してからのことだった

同じように・・自宅の書斎を仕事場にして
かなり大部の医学専門書の翻訳を始めた
それも・・80歳を過ぎてからのこと

「この本は・・私の若いころには必須の一冊だった
でも・・どういうわけか優れた翻訳がない
さりとて・・今これを日本語にしたところで
最新の医学には無縁だ
ただ・・歴史的には名著だから・・残しておきたいんだ」

日中はしっかりと書斎にこもって
ワープロ3台・・乗りつぶした
そして死んだ時・・ほぼ完成していた

僅かな未完は・・関係者の尽力で埋められ
いつだったか・・学会誌で報告されていた
地味だが・・立派な仕事だと思った

この親父の何が偉いか・・っていうと
自分の歳を忘れて・・何かを始めることだった
どちらも・・残された時間では無理だと
諦めてしまいそうなことだが
それを・・平然と始める
決していい加減ではなく・・
本気で達成しようと努力する

現役を退いてれば・・
日々は・・結構ゆったりと過ごせる
慌ただしいのは・・毎日のことではなく
残された時間の乏しさのことなのだ

しかし・・それが決して長くないからといって
日々を慌てる必要もあるまい
いつ終わるか判らない命だけど
それまでは本気で・・そこが偉いと
一目置いて・・見習うつもりになったりもした

52歳からの陶芸
これだって・・似たようなもんだ
晩学なのは・・承知の上で
だから・・本気で!
親父から学んだ最大の教訓かもしれない




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by touseigama696 | 2011-07-31 01:30 | ○未分類 | Comments(8)
2011年 07月 14日
奏楽堂

陶芸に関わっていればこそ
上野は・・無縁で過ごせぬメッカでもある
今・・改装中の都美術に通った数だけでも
覚え切れるものではない

昔から気になっていながら
入ったことのなかった場所が・・ここ

旧東京音楽学校奏楽堂・・
東京芸大の中核の建物だった
明治の西洋音楽は・・この舞台から

私にとっての身近な西洋音楽は
日比谷公会堂で始まったが・・
それより半世紀近くも古い
何しろ・・
滝廉太郎がここでピアノを弾いてるとか

今でも・・現役のコンサート・ホール
芸大の学生たちにとっては・・
ここでデビューすることは
きっと名誉なことなのだろう

すぐ近くの・・
東京国立博物館の中にある日本工芸会の事務局に・・
明日までの締め切りに間に合わせて
伝統工芸展の出品申し込み手続きに行った今朝

急いで帰宅しなきゃ・・と思いつつ
ふと思いたって・・立ち寄った
15分ほどしかいられなかったが
客席に立つと・・
荒城の月・・が聞こえてきそうだった



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by touseigama696 | 2011-07-14 01:11 | ○未分類 | Comments(2)
2011年 06月 12日
あれから・・5年

2006年6月19日・・
この日・・信州の旅から帰ったが
車を車庫に入れ・・一本の煙草を・・
深々と吸ったのを思い出す

この日が・・喫煙最後の日だ
あと一週間ほどで・・丸5年になる
その間・・遊びで吸うこともしなかった
今では・・習慣性は完全に消えた

そのときの・・3本を残したひと箱と・・
封を切ってないひと箱
記念に・・日付を入れてデスクの隅に置いた
そのまま・・今でもそこにある
「吸いたくなったら吸えばいい・・それでよければ」
悲壮な覚悟は未練を生む・・そんなことを考えていた

5年前の・・あの頃
浅草の主治医Dr.秋〇から
「少し血圧が高いね・・薬を処方しようか・・
不整脈にも・・関わりかねないからね」

アラスカで闘病した若い日の・・
あの苦い記憶は遠のいていたが
心臓に既往症がある以上・・
血圧の管理は・・必須と思うべきこと

長いこと慣れ親しんだ喫煙だが
潮時と思うことにして・・信州へ出かける日に
独りで走るこのドライブの終わりを
禁煙の始まりと・・決めていたのだった

日ならずして・・Dr.秋〇からもらった処方箋で
生きてる間中服用する・・新しい習慣を始めた

死んだ親父が禁煙したのも
同じような理由で・・似たような年齢の頃だった
パイプをくわえたまま居眠りするほどに
ヘビーだった煙草を・・ある日決然と止めた
できれば同じように潔く・・そう願って
幸いにも・・そうなった

禁煙の成功は・・健康のためではあるが
同時に・・意志の自覚と自信を生む
これは大きい

自分の意思ではじめた習慣
止めるなら・・それも意志でなけりゃ
今どき・・禁煙外来ってのがあって
健康保険を使って治療できるらしい

どこかおかしい・・
病気に感染したわけじゃない
仮に治療の領域があるにしても
保険外治療じゃなかろうか・・

がんになってから治療するより
禁煙治療でがん予防するほうがエコノミー
それが・・コンセプトのようだが
それでも・・どこか変だと思えてならない

禁煙治療したが・・再発で喫煙してしまったら
そして・・挙句にがんになってしまったら
最初の治療費は弁済・・?
覚せい剤の再犯なら・・執行猶予は取り消しだ
そんな厳しさは・・聞いたことがない

昨日の僅かに緊張する窯焚きにまぎれて
血圧の薬を飲むのを忘れた
そのせいか・・ちょっとした違和感があって
測ってみたら・・やはり少し高い

睡眠不足もあることだしと・・
今日の仕事は全て止めにして・・部屋に戻った
早目に寝る・・それが一番のはずである



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by touseigama696 | 2011-06-12 21:33 | ○未分類 | Comments(8)
2011年 05月 20日
老中・井上河内守正直

老中というと・・幕閣で大老に次ぐ要職
徳川300年で26人しかいないらしい
井上河内守正直は・・幕末期に老中だった

遠江浜松藩最後の城主だが
この城の祖は家康だから・・
幕閣にふさわしい由緒ある藩である

この城で・・井上河内守正直に仕え
年寄りにまで昇りつめた老女が
実は・・我が家の初代である

お役御免になって・・城を下がり
名字をもらって一家を為したが
後・・河内守が転封した上総鶴舞藩の
若侍を養子にして二代目
多分・・夫婦養子だったのではなかろうか
そこで誕生したのが・・私の曽祖父三代目

祖父・父・私と継いで六代目
数日前に誕生した・・初孫は
初代年寄りはまさんから数えて・・
八代目というわけである

大震災があったからとも言えるが
少し・・身辺を片づけようと
亡き父母の遺品を・・整理していたら
色々先祖につながる品が出てきた

「旧主井上正直筆」とある掛け軸も・・そうだ
これは・・初めてみた
詳しいことも・・真贋も定かではないが
海老と鼠(?)・・何やら縁起物なのだろうか
没骨描きの海老と・・骨描きの鼠
門外漢だが・・下手とは思わない
旦那芸ならぬ・・殿さま芸だろうか

この端切れの着物地は・・
初代はまさんの・・うち掛けの一部と伝わっている
金糸で刺繍の鶴に・・染め抜きの青海波
ありゃ・・糸抜き波状紋・・もしかしたら
私の仕事は・・はまさんのお導きとでも・・

その端切れは・・この急須と一緒に伝わっている
これは・・私も若いころから知っていた

やはり・・殿さま拝領の書きつけが残っている

150年前・・幕末とはいえ江戸の世である
なんとモダンなデザインではないか
手にすると・・実に薄手の染付けである
どこの誰に作らせたものか・・残念だが分からない

今更・・何代目がものを言う時代ではない
まして・・一業を連綿と繋ぐわけでなく

初代はお城務めの年寄り・・二代目はお侍
三代目が警察官で・・四代目は銀行家
五代目が医者で・・六代目は陶芸家
七代目が建築技師で・・さて八代目は・・?
(七代目には姉がいて・・今式なら彼女も七代目
五代目同様・・医者である)

ひとりひとりが・・自分の人生を完結すればいい
家を守るのではなく・・自分の名誉を守ればいい
誰のためでなく・・自分が存在した証し
後を継ぐ世代に伝えるべきがあれば・・きっとそれだ

近いうち・・遠江浜松 上総鶴舞
先祖の足跡を探して・・歩いてみようかと
思い始めている




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by touseigama696 | 2011-05-20 22:32 | ○未分類 | Comments(10)
2011年 05月 19日
became a G~gi

教室で・・みんなと昼食を食べ終わったころ
携帯が鳴って・・息子からでした
「・・無事生まれました・・!」・・北九州からです

初孫が誕生しました・・男の子
5月9日にも書きましたが
我が家8代目の誕生ってわけです

母子とも健康・・それが何よりでした
「・・おまえたち夫婦も親になったわけだから
子どものために・・注意深く暮らせよ・・」
そう言って切りましたが・・大きな責任です

昨日からはじめた・・このベースに
紐作りで・・花器を作ろうとしています

ロクロと違って・・全てはゆっくり
勢いではなく・・考え考えゆっくりです

乾燥を待ちながら・・丁寧に積んでゆきます
今日は・・ここまでにしました



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by touseigama696 | 2011-05-19 00:18 | ○未分類 | Comments(26)