カテゴリ:●コレクション( 20 )

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お盆の最中の日曜日
私には普段の一日だったが
夕方・・ふと茶が欲しくなった

そこで自作の茶碗で点て独服となったが


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ふと思いついて・・二服目にこの茶碗を用意した
赤楽の手びねりである
この茶碗で点てるのは・・久しぶり

じっと手にしていると
不思議な情景が浮かんでくる

亡母から譲り受け・・ずっと手許にあるこの茶碗
伝来をなぞれば
近代茶会史に名を残す途方もない数寄者がふたり
この茶碗を挟んで・・茶室に坐する姿が浮かぶのだ

「益田鈍翁」と「森川如春庵」
どちらも
明治以降戦前までの茶の湯の世界では
盛名を馳せた巨星である
三井物産の創始者でもある・・鈍翁益田孝
名古屋の素封家の茶人・・如春庵森川勘一郎
親子ほど年の差がありながら
数寄道を歩む同好としての敬愛に満ちた交流が
この茶碗の見込みに潜んでいる


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先月・・三井記念美術館でこの本を見つけ
思わず衝動買いしたが・・同時に
眠っていた好奇心が目を覚まし・・再び
この茶碗の来し方をつまびらかにしたくなってきた

発端は・・大分昔のことだが
母親が・・こう言ってこの茶碗を私に寄越した

「学校時代の親友が名古屋の素封家に嫁ぎ
何かの折に訪ねたら・・その帰りぎわ
蔵からこれを出してきて・・記念にと頂いたんだけど

書付けはなくて・・言い伝えの由来は
関東大震災の直後・・名古屋に疎開した鈍翁さんが
その滞在中世話をした如春庵さんと
手慰みに茶碗を作り・・茶会で使ったのだそうで
これはそのうちのひとつ・・と聞いてるものだとか」

地震も疎開も茶会も
その時期・・確かにその通りで
その折りの作品であったとして不思議はなく

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鈍翁の箱書きも・・真筆である
ただ伝聞による由来を確かめられない点がひとつあって
それは
作ったのが鈍翁か如春庵なのかが・・定かではない
箱書きの様子からすれば
作ったのは如春庵で箱書きが鈍翁が妥当だろうか
いずれ・・そこらへんを研究してみたいのである


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茶の湯の茶碗という器は
姿形・・加飾焼成などだけで
良し悪しを計り知れるものばかりじゃない

茶碗に歴史あり
その歴史を辿りながら・・茶筅を振る
如春庵が点て・・鈍翁が喫する
その二人の巨星の振る舞いに思いを馳せて
独服するひと時は・・まるで同席のようでさえある
この茶碗を持つ贅が・・茶と共に喉を伝ったのだった





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謎めいた時間を秘する
 ブロンズ色は・・いわくありげだ
だから
造形が深い意味を持つような気がして
珍しく・・シンプルは似合わない


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昨日の夕方・・県美からの搬出の前に
千葉そごうで開催中の・・黒岩達大展を見た
お邪魔した瞬間
きっとどれか欲しくなる・・そう感じた
色も形も・・惹きつけてやまないのだ

結局・・これを頂いたが
形でなら・・もっと好きなのがあった
でも・・これにした
もしそちらを選んだら
影響が大きすぎるかもしれない
理由は・・たったそれだけだが
それほどにインパクトを感じ
自分の個展を前に・・躊躇ったのだった

一昨日の陶葉会の懇親会で
話題になった・・この黒岩達大展
充分それだけの意味のある個展だった



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正確な日付を覚えていないが
7~8年前のことだろうか
日本陶芸展でのこと
私が会場にいた・・ある日

覗き込むようにして熱心に
私の作品をご覧になる外国人女性がおられた
ご挨拶のつもりで声をかけたら
流ちょうな日本語が返ってきた

暫らく質問に答えたりした後
名刺を交換すると
それがアーグネス・フスさんだった

ハンガリー生まれで・・故国の
国立美術工芸大学の陶芸科を卒業した後
長野県に築窯しての作家活動の傍ら
県内の大学で教鞭もとっておられた

ひとしきりして・・別れたが
再びお目にかかる日があるか・・定かではなかった
ただ・・第20回日本陶芸展で
彼女が・・二部の自由造形部門で
賞候補になったとき・・私も
一部の伝統部門で・・同じ賞候補に名前がのり
「あぁ・・あの時のフスさんだ」・・と思い出したが
再会までには至らなかった

だから
今回の柿傳ギャラリーでの陶展を知って
是非にもと・・今日お訪ねしたのだった

初対面でないことと・・作品名を伝えたら
彼女も覚えていてくださったようだ
途端に会話も楽になり
彼女の口から関西弁が飛び出して・・笑った

銅版画作家のご主人も同席されていて
暫らくは工芸論に花が咲いたのだった


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このカップと皿を頂いたのだが
「私の陶芸は・・普通の手順とはまるで違うの」
好意で聞かせていただいた手順のことは
許可なしには・・ここには書けない

常識を裏返してしまう・・思考のフライ返し
伺えばなるほどで・・盲点を突かれる思い
実に分りやすく・・勉強になったのである


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この配色と色のさばき
わざとらしさがなく・・とても自然である
肩の力を抜いて・・はこういうことだと思う

「ビアカップに・・つまみの皿にしようかな!」
(私の場合・・ノンアルコールのことだが)
そう言ったら・・フスさん曰く
「いいじゃん!・・いいじゃん!」・・だと

横浜あたりの方言だと思っていたが
調べたら・・長野でも使うらしい
そういう日本語を話す・・端麗なハンガリー女性
それもいいじゃん!・・である


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先日お邪魔した銀泥彩磁 井戸川豊展15/12/14
この時購入した・・井戸川さんの作品が届いた
箱書きは・・「かいわれ文 ウヰスキー呑」
「盃」と書かずに・・「呑」とある

作家の思いが・・そこはかとなく伝わる
「盃」では叶わぬ大振りな「呑」でこそ
氷の転がる音色が楽しめるのかも・・だ
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それにしても美しい・・実にフォトジェニックだ
だから・・久しぶりに
マクロ・レンズにつけ替え・・お洒落を狙ってみた
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純度の高い銀は・・扱いの難しい彩色
その分だろうか・・上手に使えば品が良い
品性・品格・・突き詰めてゆけば避けがたく
大きな課題で・・受賞の栄もきっとそこにある
井戸川さんの仕事を拝見していて
いつも感じることなのである
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デスクに置いてあるバカラのロックグラス
ウヰスキー呑と並べてみた
こうしてみると・・径も高さも同じようなもの
氷が転がる懐の広さは一緒なのだ
「呑」でなけりゃ・・そういうことに違いない

下戸の私が言うのも・・いささか気が引けるが
酒器は容器じゃない・・多分酒呑みには友だちだ
手にするたびの存在感・・それが友情なのかも
バカラは結構重い・・でも鍵盤の沈み方をみれば
ウヰスキー呑の方が・・僅かに軽い
手にしたときの存在感・・友情の妙はきっとここだ

呑めない私が・・何故にウヰスキー呑を?
これで珈琲を飲んでみようと・・思うのだ
贅沢な朝になりそうである




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『作品は人なり』・・改めてそう思う

「何を表現したいの?」
ひとに聞かれるまでもなく
いつでも自問自答の課題だが
何をどう表現しようとしても
結局・・作品を通して見えてくるものは
作り手の人間性・・「人なり」なのだ
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表題にした「洗練された存在感」
何をどう作ればそうなるか・・
勿論・・予めの答えなどない
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しかし・・ある作品を目の前に
「まさにこれだ!」と思う瞬間
それが「人なり」・・だと思う
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沢山の個展にお邪魔し
折々にいただいてきたカップ
結構沢山集まっているが
その中に・・これを置いて
真っ先に感じたことは・・
繊細な洗練であり
凛とした存在感だった
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お目にかかればすぐに判ることだが
この作品に現れているものが・・
福島善三さんのお人柄なのだ

伝来の伝統に挑む想念は
再現ではなく・・改良であり完成
作品を「月白瓷」・・としたのは
土と釉への深い探究心の表れなのだ

大作ならいざ知らず・・
日常使いの湯呑みひとつにも
隅々に気を配り・・些事をないがしろにしない
誠実な物づくり・・学ぶものは沢山ある



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まだ全部を出し切れてはないはずだけど
今まで手元においてあったコレクション
色々な作家さんの作品である

「今度はどこに置いておこう?」・・とりあえず
テーブルと書架の上段に仮り置きして・・考えた
物の場所についてである

絵を掛けるというなら・・ある程場所は決まる
「然るべき壁」「目につく場所」・・それでいいはずだ
絵は・・鑑賞するためだからだ

しかし・・「やきもの」となると些か違う
鑑賞もできるが・・使うこともある
画家が別の画家の絵を・・手に取って
何かを探るってことはないだろうが
「やきもの」では・・それもある
手に取って感じるものが・・
次の自分の制作の大事なヒントになることは
しばしば経験することである

今にして思えば・・旧居のころ・・
作品を書架の安定した棚に置いてた
言ってみれば・・飾っておくが如きだった
勿論・・時々手にしたり使ったりもしたが
その場所を変えねばならないことは殆どない
仮り置きではないからだ

今仮り置きしてみて・・気づくのは
しょっちゅう触って動かすことになる
仮り置きの故に違いない
とこかに本格的に置いたら・・少なくとも
手に取る機会は・・減るかもしれない

なら仮り置きのままにしておこう
いつヒントが舞い降りてくれるのか
触れてる機会が多ければ多いほど
そのチャンスは増えるはずだ

幾つもの個展に伺い
こころに響くものがあっていただいてきた作品
手に取ってさわっていれば
鑑賞とは異質の「学び」が生まれる

器は手に取るもの・・そして使うもの
そう思ってきたことだが・・改めてそう思う

仮り置き・・人生だってきっと同じ
今の自分は・・仮り置きなのだと思うべきなのだろう
「仮り置き」に対して「本置き」というのがあるとすれば
それが・・「終焉」ってことじゃなかろうか
死ぬまではいつでも仮り置き・・そういうことだ



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使い込まれた何気ない湯呑み
特段に目立つわけじゃない
でも・・長い歳月を潜り抜けた
ゆったりとした風合いが光る
これからは・・私が使おうと思っている

実は・・この湯呑
益子の伝説的陶芸家・・濱田庄司さんの作である
濱田さんの若いころの作と聞いている

我が家への由来は・・うろ覚えで正確に欠けるが
亡母から聞いた話によれば・・

濱田さんの姉君(妹君かも)と・・
私の亡父の姉が・・同級生(?)だったらしく
そのご縁で・・若いころに叔母が頂き
それを・・私の亡父が使っていたとか・・

昔のことゆえ・・後の濱田さんを知らず
日々の器として使っていたようだ
しかし・・器にとっても作家にとっても
それが一番の悦びでもあろうし
そして・・こうして無事に永らえていることが
ご好意への感謝とでも・・思いたい

大枚で購入したわけではないが
それだけに・・異色な贅沢として
私もまた・・伝来に敬意を払い
大切に使ってゆこうと思う



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作者は・・
別の意図でこれを作ったのかもしれない

写真では・・この器の色合いを正確に再現できてないが
目の前にある実物は・・更に品の良い色調である

私の仕事にもつながる波紋に魅かれて
妻が選んだこの色で・・いただいた
そして・・
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私は・・これを平茶碗に見立てた
だから・・古袱紗に乗せてみた
いい感じ・・シックだが存在感がある・・

「透光磁練上茶碗」・・梅澤幸子 作
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袱紗は・・「からせみ」
江戸小紋の人間国宝 小宮康孝 染
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晩秋の碧空に誘われて
妻と・・多磨霊園の妻の実家の墓に詣でた

帰りに甲州街道を走って・・新宿に出た
新宿の様変わりは・・まさしく今浦島
学生時代に馴染んだバラック街は・・今何処

ここだけが・・タイムトンネルのように
伊勢丹が・・くすんで佇んでいる
5階で開かれている・・「茶ガール展」を見た
梅澤さんの出品は聞いていたが
思いがけないチャンスで・・拝見できた

活躍の機会が益々増えて・・
来年が楽しみの・・若い作家さんである




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この茶碗・・
我が家に伝わる伝承によれば
稀代の数寄道 益田鈍翁の手になる茶碗
そういうことになっているが・・
真贋を占う資料は・・多くない

2年前の今ごろ・・このブログでも触れた
お宝の真贋 09/05/07

今朝・・他のことの資料に
このころの記事を再読していたら
このページに・・未読のコメントを発見した

書いてくださった方には・・
お返事もせず・・失礼してしまったが
投稿が去年の秋のこと
今更・・そこに書くこともできないが
それよりも・・そのコメントは
実に大きな進展を促してくださったような気がする

その意味で・・ここで再掲して
成り行きを書いてみようと思うのだ
まずは・・そのままここに転載させていただく

Commented by rosa at 2010-10-16 09:23 x
偶々こちらのサイトを拝見した者です。
このお茶碗の箱書は鈍翁の筆で間違いないと思います。
天狗「岩」という字はどう読んだらいいのか確証が持てませんが、
その後の部分は「如春翁 天狗の一」と書いてあります。
この「天狗」というのは森川如春庵のことで、
参考図版の茶杓の箱にも「名古屋守山大天狗とのへ贈る」とあります。
このお茶碗は鈍翁のものなら
同じ花押がどこかに彫ってあるかもしれません。
ただ、「天狗の一」とあることから、
もしかすると如春庵が造った、自慢の一碗だったもの
(それゆえ「天狗」と書いたのでしょう)に
箱書してあげたのかもしれません。
いずれにせよ良いものですので、
大切にされた方が良いと思います。


このコメントに書いてあることで
私の認識に欠けていた視点
それは・・作者が森川如春庵で
箱書きが・・益田鈍翁という設定である

名古屋時代・・鈍翁の世話をしたのが如春で
その如春に・・鈍翁が贈った茶碗がこれか・・と
そう思ってきたのだったが・・

それよりも・・如春が作った自慢の茶碗を
鈍翁もその秀逸を認めて・・箱書きを与えた
その方が・・自然に思えてきたのだ

天狗は如春のことだが
その天狗作の逸品で・・天狗一
納得できそうな推測に思える

いずれにしても
鈍翁も如春も・・稀代の数寄者
どちらが作って・・どちらが書いたにせよ
この二人の間で生まれた茶碗だとすれば
それは天下の一品と思って差し支えあるまい

二人の深い絆が分かってくると
一椀を挟んで・・物語は膨らんでゆく
鑑定もさることながら・・
まつわるもの・・の深さこそ
この茶碗に耳を傾けるべきもののようだ

かすかに覚えている記憶によれば
私の亡母の学生時代の親友が・・
名古屋の素封家に嫁いだが・・やがて
何かの折に遊びに行った母に
大きな蔵から出してきて・・記念にと
頂いたものだと・・聞いた
色々な情景が・・その符丁を揃えてきた
そんな再発見だったのだ

興味がおありだったら・・ヤフーの検索に
益田鈍翁 森川如春庵・・
どちらでもアクセスしてみてごらんあれ
たっぷりと・・書いてある

rosaさんが書いてくださったように
大事に所蔵するのは・・言うまでもない
今ごろになって・・申しわけないことだが
深い感謝とともに・・お詫び申し上げます
もし・・この記事をご覧いただけたら
また・・ご意見くださいますよう・・多謝
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この茶碗の銘は・・「曙」
じっと色合いを見つめているうちに
思い出す写真があった

5年ほど前に撮ったものだが
富士の五合目からの・・「曙」
相応しい銘だと・・思えた




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寝る暇惜しんでも・・作品に手をかけるのは・・
単純なものを・・複雑にするためじゃない
地味なものを・・派手にするためでもない

精魂こめて・・作品に手をかけるのは・・
見てほしいものを・・ひとつだけにする
そのために邪魔なものを・・全て消し去るため

だから・・
このひとの・・この作品
私は・・とても好きだ
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今年も・・橋本 忍展に出かけた
青山のこじんまりとしたギャラリーに
作家と作品と・・庵主さんが立ったまま
余分なものは・・何もない
それも・・引き算だ
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いっぱい知恵を絞るから
自然で・・細かい貫入が・・
白地に柔らかい温みを醸す

手をかけたのは・・使う者の目には・・
とまらないかもしれないとこ
白と黒のコントラストが
緊張ではなく・・リラックスを誘うのは
きっと・・そのせいだ
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また・・my favoriteがひとつ増えた

いろいろな作家の個展で・・買い求めたもの
この中から・・
毎朝の珈琲のお相伴が決まる

作家の苦労を偲びながら
でも・・盗めるものは・・盗む
それも・・作家魂とでも・・笑


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