忘れ得ぬあの『夏の日』


追憶に想いを馳せて・・ひとは歳をとる
だが・・そうであったとしても
忘れがたい思い出は・・やはり忘れがたい

以下の一文は
かつてある機関紙に掲載されたエッセイである
その夏の日は・・今を遡ること53年前のこと
そして・・エッセイを書いたのはそれから26年後
更に27年を経て・・今深く蘇ってくる

独り工房に腰を据えていると
ことさらに・・思い出は色濃く鮮やかである
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九十九里浜 白子町


=『読書三昧』=1990

太平洋の荒波を真正面から受け止める外房
九十九里浜の中ほどに白子という町がある
戦前から戦後にかけて この浜一帯はいわし漁で賑わったが
米軍の演習で潮の流れが変わったらしく やがて衰退をたどり
眠るが如く閑かな町になった

この白子の海岸に 
かつていわし漁全盛時代に建築された網元の家がある
今どきこれを建てられる大工もいないだろうと
そう言われるほどに豪壮な屋敷は
既に網元の手を離れ 当時私の両親と極く親しかった
さる老婦人の居宅になっていた

「雨戸の開け閉めはもう私には無理
だから使う部屋以外は閉めっぱなしなの」
独り暮らしの老婦人のそんな話から
「ひと夏でしかないけど屋敷に風通すため
私が書生っぽになって
朝晩雨戸を開け閉めしましょうか」
それが思い出の始り 大学三年の夏休みのことだった


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ひと夏を過ごした網元屋敷


当時は閂で閉ざされた大きな門扉を開けると表玄関がある
平屋なのにたっぷり二階分の髙さがあり
其処ここの梁には割いた巨木が使われ
柱の一本一本は一抱えもある太さだった

十畳間が幾つも連なり 
襖をはずせば直ちに五十畳ほどの大広間となって
いつでも大宴会が開かれる設えだった
一番南に書院造りの奥の間があり
床の間は源氏車の透かし彫りがあしらわれていた
贅沢にもその奥の間をあてがわれた私は
夏休みの一ヵ月を読書三昧に過ごすことになった

大学で法律を専攻していた私は
この夏休みの少し前
敬愛してやまぬある先輩に
「法学部の学生ならロシア文学は読んでおけよ」
そう言われた

今思うと何故それがロシア文学なのか
腑に落ちないでもないが
古典をという意味でもあったろうか

この先輩は江田島の海軍兵学校出身の軍人だったが
戦後医師となり その傍ら趣味でクラシック音楽に精通し
一方で京都・奈良の仏像にも造詣が深かった
亡父の若いころにお弟子さんだったせいもあって
我が家にもしばしばお見えになり
子どもの頃から何かと影響を受けてきたのだった
仏像では叶いっこないと承知して
なら私は庭をテーマにしようと
大学時代の休みは京都通いで
目ぼしい名庭は殆ど訪ねたものだった

同じころ 作家の伊藤整氏が雑誌で
「私は一ヵ月に一万ページの書物を読んでるが
それでも小説を一篇書くのは容易じゃない」
と書いておられた
妙に一ヵ月一万ページが頭に残っていた
昭和39年 大学3年の夏休みは
この屋敷の書生っぽになって
ロシア文学の一ヵ月一万ページ読破を
実行しようと決めたのだった

日中は私ひとりで過ごすこの網元屋敷での日課は
6時に起床して
 屋敷のぐるりを囲むおよそ70枚の雨戸を戸袋にしまう
それから閂を外して表門を開け
門前と玄関を掃いて水を打つ
部屋を掃除して洗面を済ませると7時である

老婦人が作ってくれる朝食をいただきながら
新聞に目を通し テレビでニュースを見る
さて8時から正午までの4時間は
自室の書院の間で姿勢を正して読書である
一日に333ページをノルマにした
一ヵ月で一万ページになる計算である

仕事に出かける前に老婦人が準備してくれる
昼食を独りで食べるのが正午
済ませたらビーチパラソルとタオルと読みかけの本持参で
通りの向こうに広がる浜に行く
当時は殆ど人影もなかった
壮大な海と潮騒に抱かれてうとうとしていると
漁師の大声で目が覚める

砂浜に漁船が上陸してくる
自分のエンジンに端をつないだ鉄ロープを
浜の柱を回して自力で這い上がる
漁師の女房たちが
船の動きに合わせて舳にコロと呼ばれる丸太を置く
その上を砂に潜らず船があがるというわけだ
九十九里の間桟橋のない砂浜であれば
漁船はこうでしか上がれない

船が止まると女房たちは
濡れた着衣を着替えるが
遮るもののない浜で 腰巻一枚を使って
鮮やかに早変わりするのだった

3時頃になると屋敷に戻り、水着のまま
井戸から水を汲み庭に水やりする
結構広い庭だったから何十杯も汲み上げる
読書漬けの体に心地よい運動だった
ついでに自分も水をかぶりさっぱりして
4時から6時まで また本を読んだ
7時までの間に
朝とは逆の手順で70枚の雨戸を閉め
門扉に閂で施錠して終わる

帰宅した老婦人と夕食を共にするが
近所の漁師さんからいただく新鮮な魚が
すこぶる美味で 毎晩贅沢な食事だった
8時には自室にひきあげ 読書を続けて11時半就寝 
判で押したように正確にそうした
後に大学を卒業してからも今日まで
これほどに規則正しい生活をしたことはない
その意味でも貴重な体験だったと思う

この一ヵ月に何を読んだのか
記録のままにかいてみると
プーシキンの「スペードの女王」「大尉の娘」
ゴーゴリーの「狂人日記」「検察官」「外套」「鼻」「死せる魂」
ツルゲーネフは「初恋」「貴族の巣」「その前夜」「父と子」
ドストエフスキー「貧しき人々」「二重人格」「虐げられた人々」
「死の家の記録」「罪と罰」「白痴」「悪霊」「未成年」「カラマゾフの兄弟」
トルストイ「結婚の幸福」「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」
「クロイツェルソナタ」「復活」「死せる屍」
そしてショーロホフの「静かなドン」などで
たっぷり1万ページはあった

勿論これでロシア文学の全てとは言わないが
専門家でもない限りこれでよしだと思った

今思い返して
これらの大河小説の中身の全てを覚えているかなら
残念ながらそうとはいえない

「戦争と平和」「静かなドン」などは全8巻の長編
登場人物にしても「戦争と平和」は500人以上かな
覚えきれるものではなかった

しかし読んでる最中に感じた感想は
その後の人生に何がしかの糧になっているはずである
昨日食べたステーキが 今夜呑んだワインがいつどこで
我が身の肉となり血となったかは判らずとも 
食べて飲んだのは確か それでいいではないか

青春の真っただ中に
脇目もふらず即書三昧に過ごしたあの夏を
私は決して忘れない

-------------

エッセイはここで終わる
しかし忘れ得ぬあの夏の日には
もうひとつ 忘れ得ぬ密かな思い出がある

一ヵ月を独りで過ごしながら
真剣に考え続けたことがあった
それは妻との結婚のことだった

社会人生活への一歩を妻と一緒に
それでいい・・と確信するための時間
それがあの一ヵ月でもあった

大学卒業式の一週間前 我々夫婦は挙式した
だから「行ってらっしゃい!」
妻に見送られて卒業式に出席したのだった

去年
あの日から50年が過ぎて
金婚式を迎えたが
それもあの夏の日に始まったとも思える

アップしてある写真は
九十九里 白子の浜と
思い出の屋敷である
このエッセイに登場する
老婦人も私の両親も敬愛する先輩も
みな既に異郷のひとである

時々白子の浜を訪ねると この屋敷を見る
人間が建てた家だが
人間の寿命を遥かに超えて丈夫である
あの夏のままの佇まいに
人間の儚さを感じるが
それもまた老いの為せる想いなのだろう



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by touseigama696 | 2017-06-21 21:41 | ●エッセイ | Comments(0)
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