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桃青窯696

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50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・

古びた『旅券』

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1965年って・・昭和40年のこと
今から51年前
これが生まれて初めて取得したパスポートだ

まだ学生だったが
この前年・・独りで欧州旅行に出かけたお袋が
よほど感銘したんだろうか
「旅費だしてあげるから・・お前もいっといで!」
何とも贅沢なプレゼントだった
あとで聞いたら・・株で儲けた一部だったらしい
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古い写真を入れっぱなしにしてあった化粧箱
「古いパスポートがでてきたよ」
妻から手渡されたのが・・旅券の束だった
昨日のことである

この当時・・複数年有効の数次旅券はあったが
滅多にもらえるものではなく
取材で度々出るといっても・・支給対象ではなかった

だから・・その都度申請手続きが必要で
緊急の出国が・・極めて不自由だった
今日では・・10年有効だろうか
隔世の感ありなのだ
おまけに・・1㌦360円換算
持ち出しドル制限つき・・日本はまだ貧しかった

私が取材に出向いたころの1965~70年
年間渡航者数は・・ほぼ50~60万人だったらしい
それが・・今では1700万人とか

皮肉なことに
海外渡航自由化が進み始めた1970年
私の取材旅行は・・終わった
機上で起こした発作で・・心臓を傷め
アラスカでの入院以来
狭い機内が苦しくて・・飛行機の旅を嫌うようになった
三島由紀夫さんの・・あの事件を
パリで知って驚愕した晩秋が
最後のヨーロッパだった
それ以降・・未だに台湾以遠に飛んだことはない

今でもあるのかどうか
手前の赤いカードは・・ユーレイルパス
欧州内は乗り放題の列車パス
狭いヨーロッパでは・・点で繋ぐ飛行機より
線でつながる汽車の旅のほうが便利でもあった
パリからブラッセルへの青々とした田園風景・・今でも覚えている
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職業欄には・・PRODUCERとある
今までも・・時折り当時のことを書いてきたが
経歴詐称してないのが・・お分りいただけそうだ

転居の際の断捨離を逃れた・・古い旅券たち
色々なものが不便で不自由で貧しかった時代だったが
そのなかで・・携帯もパソコンもないままに
金は耐乏生活で補い・・情報は足で集め
言葉は通訳を使わぬことで覚え
ありったけの知恵を絞って・・取材した旅
20代半ばの青春は・・実にキラキラしてた
好い時代に・・好い思い出を沢山もらった

贅沢な旅は・・案外覚えていない
貧しかったから・・何もかもが忘れ難いのだ



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by touseigama696 | 2016-05-10 11:07 | ●エッセイ | Comments(2)
Commented by BBpinevalley at 2016-05-10 12:19
こんにちは。
懐かしい時代に思いを馳せながら、読ませていただきました。
1ドル360円時代、覚えています。
私が初めて旅券を取ったのは、touseigamaさんより少しあと、14歳の時でしたが、あの時まだ260円だったのかなぁ…
まだ経済観がなかったのですね、覚えていません。
留学した時には280円で、父には負担をかけたなと、今更ながらに思います。
touseigamaさんの旅券はみんな紺色ですね。
私のは、えんじ色だったり紺色だったり…
以前、アラスカで入院されたと書いておられましたが、心臓を悪くされたのですね。
機内で発作を起こされたとは、さぞ怖い思いをなさったことでしょう。
月面着陸、ケネディー暗殺、東京オリンピック、三島由紀夫氏事件、浅間山荘事件、よど号事件……
その間に、日本人はどんどん外へ。
歴史の歩みを感じますね。
なんとも言えず昭和というのか、人間臭い時代でしたね。
Commented by touseigama696 at 2016-05-11 06:31
BBpinevalleyさん
ありがとうございます
あなたのworld wideなキャリアに比べれば
湖を海だと言い募ってるようなものですが
それでもあの時代の旅は楽しかったです
世界中が今より貧しかったけれど
どこか穏やかで温かでした

アラスカでの入院も少しも不安はなく
とてもよくしてもらいました
とりわけ看護婦の手厚い看護は嬉しかったですよ(笑)

さて今・・読んでいます
タピラポアンに着いたところです
今ではもっと便利な(?)な冒険になってしまいそうな旅
ここにも時代を感じます
寝る前の時間を使って
楽しみながら読み進めています
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