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桃青窯696

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50歳からのプロ・・・ここでは陶芸家らしく・・

名碗・・『無一物』

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昨日は・・快晴の天気につられて
青山の根津美術館にでかけた
館蔵品の茶碗を観ようと思ってのことだ
でも・・その話題は明日にでも・・

と言うのは・・
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帰宅したら・・この本も届いていた
9月28日に書いた・・名碗「無一物」が
この本に載っている・・著者は林屋晴三氏

無一物だけでなく・・全22碗が選ばれてる
誌上名碗の旅・・というわけだ
むさぼるように・・読み見つめた
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これが・・長次郎作赤楽茶碗「銘 無一物」
実にきれいな茶碗である・・そして静かだ
特別な線を使ってるわけじゃない
言い方は悪いかもしれないが
変哲のない・・とでも

だからこの碗を目の前に置いて
土に向かえば・・もしかしたら写せる
そんな気がするほど・・自然で無作為だ
でも・・仮にやってみて
姿は近づけても・・この存在感は写せない
無作為であればこそ・・写せない

似顔絵描くなら・・独特の顏がいい
極々変哲のない普通の顏は
似顔絵かきには・・難題のはず

長次郎が・・無一物を作ったとき
写せるものは眼前にはなかったろう
あったのは・・利休居士の願望だけ

言葉を形にして・・それでいて無作為
考えられるとしたら・・自我を捨て
利休の願望に添うことだけが・・頭にあった
もし長次郎が・・自我を生かそうとしたら
利休の思いは・・その分消えて
写しやすいものになってしまったろう

利休さんが長次郎から得たものは
長次郎の手が・・利休の心になったということ
だから・・この茶碗の存在感は
きっと利休の存在感そのものなのだ
利休好み・・無私の長次郎であればこそ
それが解っていたに違いない

「要るものは外すべからず・・しかして
要らざるものは入れるなかれ」
私見で・・それが自我の客視だと書いたのは
無作為に近づける道だと思うからなのだ

この名碗「無一物」は・・
兵庫県の頴川美術館に収蔵されている
近いうちに・・必ず観に行くつもりでいる




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by touseigama696 | 2015-10-05 04:02 | ●エッセイ | Comments(4)
Commented by kuma at 2015-10-05 18:34 x
無作為でありながら、存在感のある器…
自我を捨て、思いを形にするということ。
私にはちと深すぎて…笑
Commented by touseigama696 at 2015-10-06 05:17
kumaさん
有り難うございます
茶碗だけは・・器でありながら
器とは別の何かを求められる世界で
やるならそれも含めて考えないと・・と
思ってることです

自分を出すことと・・出さないこと
その塩梅が厄介なことです
簡単に考えたいけど・・
そうもいかんかもです(笑)
Commented by broccoli1105 at 2015-10-06 08:04
先日は久しぶりに研究会でお目にかかれて嬉しかったです。

千葉県展授賞式、おめでとうございます。企画展の件と言い波に乗ってきたようですね、流石です。

ところで「名碗を観る」・・・実は私も持っていまして、ビックリ!
写真が奇麗なので今でも良く見ています(読んでないけど >>笑)。

それではまた
Commented by touseigama696 at 2015-10-07 23:05
broccoli1105さん
ありがとうございます
一昨日・・出向いてお話しし決めました
これだけ時間もらったことでもあり
きちんとした仕事しなきゃと・・勉強も始めました
また色々と教えてくださいな・・お願いします

「名碗を観る」・・勉強になるね
今ベッドのサイドテーブル・・資料で一杯
毎晩眺めて・・頭に叩き込んでます(笑)
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